01 塹壕の空
アンソニーは真っ黒な空を見上げ倒れていた。辺りには仲間達の亡骸が転がり、砕け散った、身体、腕、内臓が泥と共に塹壕を沼のようにしていた。
ちょうど一年前、
アンソニーは仕官学校を卒業後、軍人になる道を捨て、ふるさとの小さな農村にかえってきていた。
アンソニーに家族はいなかったが、彼を父親代わりに育てた、隣にすむ、ジャンじいさんはアンソニーが帰ってくると喜び、その孫娘のマリーも、幼馴染が帰ってくることを心から喜んだ。ずっとまえから、マリーはひそかにアンソニーに恋していた。
村に帰ってくるとすぐに、アンソニーは年老いたジャンじいさんの農場の仕事を手伝いだした。
ジャンじいさんは年のせいか、だんだんと、ここのところ目が見えづらくなっていた。
ジャンじいさんは黄金色に輝く小麦畑の中で、鎌をゆっくりと振るい、麦を刈りながら、村に伝わる古い民謡をしわがれた声で歌いだした。
遠く遠くかなたには青い山脈が見え、空はどこまでも澄み渡り、鳥の囀るこえがこだまする。
遥か東の地では、終わることの無い、長い戦争が始まっているとは思えないほど、平和な光景だった。
しかし、やがて、戦況は激化し、アンソニーが暮らす、この小さな村の若者たちも徴兵され始めた。
アンソニーにマリーは真っ白な手袋を渡す。
「あなたが帰ってくるのを待っているわ。」
汽車が汽笛を上げる。物悲しく、勇ましく、戦地に行く男達はみな家族に手を振り、子供の頭を撫で、女たちの中には涙を流すものもいた。
真っ白な光景、雪が降っているわけではないが、真っ白な光景。ただ朝早いというだけだが、なぜか青さよりも白い光景。
アンソニーとマリーはくちづけを交わす。
生まれて初めて、マリーからの・・・・。
無常にも汽車はゆっくりと、走り出す。
・・・結ばれぬことが運命だとすれば?いや、俺はかえってくる。
アンソニーは自答する。
加速を増していく、汽車は東に向かう。たった数ヶ月で人が人で無くなる場所へ・・・。