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第42話 フォトビジョン

作者: 山中幸盛

 今から二年余り前の八月に、息子の携帯電話が壊れた。この四男坊はしっかり者で、上の三人の兄たちとは違い、抜け目なく幸盛の携帯電話の家族割引を利用していたので、買い替えるには幸盛の同意が必要だった。今の時代、携帯が壊れたら大変なことになる。ことに若者にとっては死活問題だ。翌日が日曜日だったので、早速息子と二人で名古屋高速を使って栄にあるソフトバンクに向かった。

 久屋大通公園駐車場に入れるつもりだったのが長蛇の列だったので、近くの有料青空駐車場を探して駐めた。そのおかげで、歩道を歩いてソフトバンクに向かう途中、ちょうどこの日は世界コスプレサミットがあったのでコスプレ姿の多くの若者たちとすれ違った。そのうちに、見たことあるようなコスプレの女の子がやって来るので息子に確かめた。

「あれはドラゴンボールZの孫悟空じゃないか?」

「ちがうよ、○○する前の悟飯だよ」

 と息子はつぶさに蘊蓄があるところを示す。幸盛は感心しながら立ち止まり、急いで携帯電話を取り出して写真を撮ろうとすると、若者は歩みをゆるめながら笑顔で手を振ってくれた。息子はあきれ顔で首を横に振っていた。


 ソフトバンクでは三十分近く待たされやっと順番が回ってきた。息子は店員に矢継ぎ早に質問をしてさっさと機種を決めた。店員は書類に記入し終えると、カウンターの横に展示してある物体を手に取っておもむろに言った。

「このフォトビジョンはいかがですか」

「何ですかそれ」

「携帯電話のカメラで撮った写真をこれに送ると、複数の写真が一定の時間間隔でスライドショーをしてくれるという写真立てです」

「どうやって送るの?」

「一台一台に携帯電話番号のようなものがあって、その番号宛てのメールに添付して送るんです。二年経てば解約もできます」

「なるほど」

「おもしろいから買おうよ」

 と息子は言うが、幸盛は気乗りしなかった。

「さっきそこでコスプレの若者を撮ってきたんで、試しにこの機械に送ってみてもいいですか?」

「申し訳ありませんが、このフォトビジョンには番号がありません」

「それは残念。おたくに悟飯を見せてあげたかったのに」 

 こんな物買ってもすぐに飽きてしまうことは分かりきっているのだが、幸盛はどうしても、病気になる前の元気な母親を知らずに育った末っ子には甘くなる。まあ、二年後に解約すればいいか、としぶしぶ購入したのだった。


 そして二年が過ぎた。今年で定年退職を迎える幸盛は、来年四月から給料が激減するのでその準備を始めている。まず、NHKの放送受信料を節約するためにBS放送の契約を打ち切った。次に、一万円を毎月の給料日に自動積み立てしてきたのだがそんな余裕はなくなるので止めた。また、全労済の掛け捨て保険料毎月千八百円も切った。案の定、フォトビジョンに写真を送ったのは最初の一カ月間に十枚程度で、同じ写真が台所の食器棚の上でむなしくスライドショーを繰り返してきた。そして、今から半年くらい前には電源コードをコンセントから抜いた。無用の長物と化したフォトビジョンのために毎月支払う四百五十円などもってのほかだ。

 という次第で、フォトビジョンを解約するために、日曜日は混雑するので十月四日の仕事帰りに蟹江町のソフトバンクに寄った。幸盛はイスに腰かけるや若い女店員に言った。

「フォトビジョンですが、二年経てば解約できるということだったので、切って下さい。それでですね、もし万が一また観たくなったら使えますか?」

 店員は事務的な口調で答える。

「解約してしまうと二度と写真を送れなくなりますが、SDメモリーカードで観ることはできます」

 店員は幸盛の携帯電話の番号をパソコンに入力し、そして事も無げに言った。

「契約月の八月を過ぎておりますので、契約解除料として九千八百円いただきます」

「はあ?」

 幸盛は店員が言っていることの意味が理解できなかった。しかし店員はこの用件には慣れているようで、書類に印刷された略図を見せながら説明する。

「このように二年ごとに契約月というものがありまして、お客様の場合は八月でしたので、八月中に解約されなかったので自動更新ということになって、二年後の八月までの基本使用料をいただくことになります」

 幸盛はむらむらと怒りが込み上げてきて怒鳴りつけたくなったがこの店員に罪はない。だがどうしても腹の虫が治まらないので、ドスの利いた低い声で吐き捨てるように言った。

「契約書をよく読めばどこかに書いてあるんだろうけど、ソフトバンクは悪どい商売をするねえ。だったら最初からそう説明するべきじゃねーか、このぼったくりヤロー!」



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