レフェリーのいないリング
戸惑いながらも、どこかで好奇心がもう一人の俺の力量を肌で感じたがっている。
俺は腹をくくってリングに上がろうとしていた。
そこにもう一人のベテランが近づいてきた。
「おいおい、それはまずいぞ。」
「PPVも近い、タカにやらせるわけにはいかん。」
リングに上がって様子を窺っているもう一人の俺に向かって
「俺が相手するからちょっと待ってくれ。」
気が抜けたような、ほっとしたようなおかしな感じだ。
しかし、トライアウトということを考えれば、彼がスパーリングの相手をするほうが自然だ。
現役バリバリとはいかないベテランレスラーだが、トレーナーとして若手を鍛えながら自分のトレーニングも怠らない人物だ。
先のテクニシャンとは違い、頑丈な体が何よりの売り物で、太った体からは想像出来ないキレのある動きで飛び技も器用にこなしてみせる。
アマレスの下地は無いがストリートファイトで鍛えたタフとガッツで乗り切るタイプの選手だ。
観客を惹きつけるのが上手くて、間の取り方や試合に抑揚を付けるセンスが抜群だから、トレーナーとしても評価をされているレスラーが、観客無しでどう戦うのか興味深い。
スパーリングとは言え、格闘技の経験がある素人相手に制約のある戦いをしなくてはならないプロには厳しい戦いになりそうだ。
二人の男がレフェリーのいないリングにいる。
緊張感が高まる。
5分間のスパーリングの開始を告げるゴングが鳴った。