蛇の穴
こちらが極められて身動き出来ないながらも、試合は膠着状態だ。
蛇のように相手の手足が俺の体に絡み付いてくるのを防ぐ手立てがない。
ルチャの関節技のように思っていたが、巧くてこの原理を応用して極めてくる。
硬いマットやだらだらのロープ、薄暗い証明。
そしてえげつないスープレックス。
ここはヨーロッパのリングということか。
「蛇の穴」俺はランカシャーレスリングのマイスターにもてあそばれているようだ。
それでも簡単には負けられない。
何とかスタンドの打撃戦に持ち込もうと、ロープエスケープから一度場外に出て一息入れた。
相手はリング内でここから入って来いとトップロープとセカンドロープを開いている。
リングに戻り間合いを取って睨み合う。
右へのフェイントからの飛び後ろ回し蹴り。
綺麗に決まった。
俺も初体験の関節技に面食らう試合展開だが、相手も俺の出す技は見たことがないものが多いようだ。
それは観客の反応からも間違い。
反動を利用するのは難しそうなロープだが、俺は数歩後ずさりすると、立ち上がった相手の顔面にフライング・フォアアーム。
体が勝手に反応し始めた。
この感覚は以前にもあった感覚だ。
誰かが俺に乗り移ったかのように、使った事もないような技を繰り出し始める。
追い風が吹き始めたようだ。
自分が何を始めるか分からないけど、楽しみでワクワクする。
うつ伏せにダウンした相手に馬乗りになって肩の関節を極めている。
俺の膝が支点になり相手の手首が力点で肩が作用点。
理に適った関節技だ。
肩から頚椎、背骨にまで負担をかけるように、流れる様に相手の体をコントロールしていく。
今度は向こうがロープに逃げる番だ。
クリーン・ブレイクの後、スタンドのままヘッドロックに捉えた。
次の瞬間足元をすくわれたような感覚で、下半身が宙に浮いた。
まるでスローモーションのようにゆっくり体が浮き上がったかと思うと、そのまま上昇し続ける。
驚いたことに左腕一本ですくい上げられているだけだ。
絶妙のタイミングで重心を移動させなければ出来ない芸当だ。
上死点に到達したのが分かったと思ったら、一気に下降をはじめ俺の背骨は相手の膝に叩きつけられて粉砕した。
悲鳴も出ない。硬いマットが恋しいくらいだった。
死に体の俺にダブルアーム・スープレックス。
完膚なきまでに叩きのめされた。
完敗だ。
本物のレスラーに手厳しい稽古をつけてもらったってことか。