ロックアップ
今夜の会場はやけに暗い。テレビ中継無しのハウスショーのようだ。
こころなしかマットも硬いし、ロープの張り具合もいつもと違うぞ。
見覚えのないリングアナウンサーが対戦相手の紹介をしている。
我に返ってみると俺は忍者の格好をしていない。
今夜の俺はメジャー団体の意気の良い若手ということではなさそうだ。
そこに対戦相手が登場した。
紫色のタイツとリングシューズを履いた男は三十歳前後かなあ。
少し年上のように思えるそのレスラーは、俺より背は低いが筋肉質の良い体で、特に背筋が素晴らしい。
良く見せるための筋肉ではなく戦うための筋肉だ。
悪党レスラーのようにこちらを睨みつけるわけでもなく、俺の足元に目をくれている。
試合開始のゴングが鳴った。
対戦相手には隙がまったくない。
第一印象の通りかなり強い選手に違いない。
以前に戦ったおっさんレスラー達とはかなり格が違うようだ。
低い位置からタックルを狙っているようだから、グランド勝負か。
学生時代にかなりまじめに道場通いをしたから少しはつき合えるだろうが、関節技で勝負しちゃいけない相手と見た。
相手の上体が少し起きて重心が上がったので、組み合ってみることにした。
ロックアップしてみるとその力強さに驚かされた。
背筋だけでなく上腕の力や握力も凄まじい。
「こいつ、アンドレでも投げそうだ。」
次の瞬間俺の体はふわりと浮いて前方に投げ出された。
上腕の力で俺の体を引き付けて浮かせ、背筋で後方に投げる。
きれいなスープレックスだ。
硬いマットはダメージを増幅する。
すぐに起き上がりたいところだったが、痛みが激しく反応が遅れてしまった。
カバーに来たのは返したものの、グランド・レスリングに引き込まれてしまった。
股裂きと膝固めと足首固めを一度にかけられた。
ジャべみたいな技で身動きひとつ取れないのだが、すべての関節が順関節、つまり曲がる方向に曲げられているのであまり痛くない。
しかし恥ずかしい格好のまま動くことも出来ない。
たぶん後ちょっとだけ力を加えれば悲鳴を上げさせられるのは承知の上で加減しているのが分かる。
一先ずロープに逃れ立ち上がろうとしたら膝が飛んできた。続いて肘打ちだ。
ナックルは使ってこないが、体の硬い部分で打撃を打ってくる。
しかし打撃戦になればこちらにも打つ手はある。
水面蹴りで足元をすくいエルボードロップ。
こんな動きを見たことがないのか、観客席が沸いている。
打撃戦の距離で間合いを取り睨み合った時に気がついた。
対戦相手、金髪の巻き毛でハンサムな顔立ちなのだがどうやら右眼が義眼のようだ。
試しに左のハイキックを打ってみた。
ヒットした。これで少しは試合を組み立てられそうだ。