獲物
バイクの排気音が徐々に大きくなるにつれ、圧縮された空気が逃げ場を失ったかのように風が吹き始めた。
風の音と共鳴する大音響はもうすぐそこまで来ている。
音量の変化とともに、舗装路から逸れたバイクは時折後輪を空転させ、跳ね上がった回転数が新しいアクセントを与えるようになった。
低いサドルに長いフォーク必要以上に太い後輪のホットロッドはエンジンも含めて漆黒のマシンだった。
ライダーは大男で優に2メートルを超す体躯はタトゥーで埋め尽くされている。
すぐそこで止まったバイクから降りてこちらに向かって歩いて来る男は、視界に入ってから一度も俺から視線をはずしていない。
まるで俺は奴の獲物のようだ。
逃げようとしても確実にまた捕獲されるのだろう。
それならば当たって砕けろだ。向こうの出方次第では窮鼠にでも何にでもなってやる。
指先から稲妻を放たれたら勝ち目は無いが、その前に少しくらいは言葉を交わせるのだろうか。
展開を予想することすら出来ずに立ち尽くすしかなかった。
ほんの数秒の事のはずなのに、こちらに向かってくる奴の足取りがあまりにもゆったりしていて、いつまで経っても終わらない。
こちらに向かって延々と重く歩を進めて来る。
時間の流れが濃密になってしまったのか。
いや、時間だけではなく空気までもが濃密になり重くのしかかってくる。