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運ばれてきた鉢植えの雪月草と向き合う。
(どのくらい冷たい水が好き? 赤紫の石はどうすればいい?)
問いかけると、すぐに反応があった。
(雪が溶けたばかりの水。すごく冷たいの)
そして、赤紫の石を地中で何本もの根が包み込んでいるイメージが浮かんでくる。
「辺境伯様、葡萄のように深い赤紫色の石をご存じですか? 出回っている宝石ではないようで、わたしは見たことがなく、名前もわからないのですが」
「それはおそらく我が領で採れる〝ネイヴェリル〟という石だ。まだ半年前に見つかったばかりで、名前も父がつけたから、あなたが知らないのも無理はない」
(その石と冷たい水を用意すれば、花が咲くのね? どれくらいかかるかしら?)
試しに聞いてみると、はっきりとした答えが返ってきた。
(石といっしょなら、満月の夜に)
(わかったわ、ありがとう)
雪月草が見せてくれたやり方を教え、満月の晩に花が咲くと告げると、ルーファスはすぐに鉢を抱え、飛び出していった。
***
二週間が過ぎた。
暦によれば、十日前が満月だったはずだ。
ルーファスから何の知らせもなく、クリスティアは不安な日々を送っていた。
もし、咲かなければ〝豊穣の手〟を使おうと決めていた。
自然に咲かせるよりも薬効は落ちるだろうが、それでも、治療薬の研究の手助けになるかもしれない。
だが、翌日には待ちかねたルーファスからの便りがあり、満月の夜に雪月草の花が咲いたと知らされ、クリスティアは領主の城へ呼ばれた。
案内されたのは別館で、様々な書物や実験器具が置かれた部屋に通された。
そこにはルーファスと、銀色の髪に青みがかった灰色の目をした二十歳ぐらいの男がいた。
丈の長い、フード付きのローブを着ているから、おそらく魔法師なのだろう。
「紹介しよう。レーヴェ家専属の魔法師、モリスだ。優秀なヤツでね、治癒の魔法と時魔法の両方を使えるんだ。おまけに薬草にまでくわしい」
「父が薬師だったもので」
「すごいですね」
生まれつき魔力を持っている者だけが魔法師になれるが、系統の違う二種類の魔法を使いこなせるというのは稀有な存在だ。
しかも、時魔法の使い手というのだから珍しい。
時魔法は文字通り、時を操ることのできる魔法だが、よく知られているのは、現在起こっている出来事を映像や音声で記録できるという能力だ。
他にも、過去を再現したり、数秒間だけ時間を止めたりする魔法もあるという。
「残念ながら、僕の治癒術も瘴気病にはほとんど効果がなくて、時魔法でお嬢様の成長を止め、病の進行を抑えることしかできませんでした。ですが、あなたのおかげで、瘴気病の薬を作ることができました。これでお嬢様を助けることができます」
モリスがいかにもほっとしたように笑みを浮かべるのを見て、クリスティアもうれしくなった。
「良かった。無事に咲いたと聞いて、わたしも安心しました。あなたが処方をご存じだったのですか?」
「処方といっても、花びらを煮出すだけなのですよ。亡くなった父が古い文献からみつけたものです。たった一度だけ、雪月草の花を手に入れたことがあって、実際に瘴気病の患者に使ってみたら、確かに効果があったそうです。ただ、雪月草の花を見つけるのが困難で治療を続けることができなかったと」
「でも、もう大丈夫だな」
ルーファスの声が弾んでいる。
「これからもっと多くの雪月草を栽培して、領地の人々にもなるべく安く薬を提供できるようにしたいんだ。それで、あなたにも手伝ってもらえたらと」
「もちろん、喜んでお手伝いさせていただきます。でも、わたしは神殿預かりの身なのに、そんなに頻繁にこちらにうかがっても良いのでしょうか?」
「ああ、それは問題ないよ」
ルーファスはこともなげに言った。
「この別邸の一部を神殿に寄付するからね。神官も派遣してもらうから、あなたもここにいれば神殿にいるのと同じだから大丈夫」
「はあ? 魔法師の僕に神官といっしょに生活しろと?」
モリスが顔をしかめる。
「いったい、どうしてそんな話になったんですか?」
「とりあえず、雪月草の薬が効くとわかったから、聖水の購入を今までの半分の量に減らすことにしたんだよ。そうしたら、神殿長に理由を根掘り葉掘り尋ねられてな」
「それで全部しゃべったんですか?」
呆れたように聞くモリスに、ルーファスは笑顔で首を振った。
「いや、雪月草で薬ができたことは言ったけど、花の咲かせ方までは教えてないよ」
「ですが、関心を持ったからしつこく聞いてきたんでしょう?」
「というより、聖水の売り上げが減るのが嫌なんだろう。神官を派遣して、悪しき物ではないか調べさせると言うから、めんどくさくなってな。別館の一部を寄付するから好きにしろと言ったら、ようやくおとなしくなったよ」
「何もそこまでしなくても……」
「ちょうど良かったじゃないか。クリスティア嬢がこちらに来てくれればいろいろ手伝ってもらえて助かるし。あなたもずっとあの部屋に閉じ込められるより、ここにいるほうがいいでしょう?」
「はいっ」
思わず力強くうなずくと、ルーファスは吹き出し、モリスも苦笑した。
「でも、神官たちに雪月草の花を咲かせる方法がばれたら、また金儲けしようとするんじゃないですか?」
「たとえ方法がわかったところで、ネイヴェリルが出るのは、今のところうちの所有する鉱山だけだし、当然、専売してる。あいつらが薬を作ろうとすれば、ずいぶんと高くつくぞ。俺はあの石を安売りするつもりはないからな。儲からないとわかれば、あいつらは首を突っ込んでこないよ」
「そうですね。王都には瘴気病の患者はほとんどいないと聞きます。貴族相手のお高い商売が大好きな中央神殿が興味を示さなければ、レーヴェの神殿長も何もできませんね」
「そういうことだ」
ふたりが神殿を悪しざまに言うのを聞いて、クリスティアは少なからず驚いた。
(エオス神殿がお金儲けに熱心だって、ただの噂かと思ってたけど、本当だったのね)
「そんなことより、あなたにぜひお聞きしたいことがあったんですよ。もちろん、いろいろ事情がおありなのは承知していますし、気を悪くなさらないでほしいのですが……」
モリスは言いづらそうに、
「じつは〝豊穣の手〟についてなのですが、その力を使えば、雪月草の花をいつでも好きな時に、好きなだけ咲かせることができるのでしょうか?」
「もし、それができるとしたら、どうされますか?」
「王都に行って、リリアナ・デイル侯爵令嬢にお願いします。レーヴェ領に来て、たくさんの雪月草の花を咲かせていただきたいと」
「モリス、よさないか」
「リリアナ様はクリスティア嬢の助命嘆願をなさったほど、慈悲深い方だと聞いています。病で苦しんでいる人々のためならきっと、願いを叶えてくださるはずです」
クリスティアの唇に苦い笑いが浮かんだ。
(そうよね、何も知らなければそう思うわよね)
不思議なほど怒りも苛立ちも感じなかった。
ただ納得しただけだ。
だが、意外なところから、否定の声があがった。




