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別邸の一部が神殿のものとなり、別館と呼ばれるようになると、ふたりの神官が常駐するようになった。
ひとりは監視のためクリスティアに張り付き、もうひとりはモリスの実験室に居座った。
うんざりしていたが、ありがたいことにひと月ほどでいなくなった。
クリスティアが邸内の庭園に植えられた雪月草の世話、モリスは花びらのオイルを使った実験と、毎日判で押したように同じことを繰り返しているうちに、ふたりとも神殿に呼び戻されたのだ。
もともと辺境の神殿は予算が潤沢なわけではない。いつもぎりぎりの人数で業務をまわしているから、おそらく人手が足りなくなったのだろう。
***
モリスから報告があった。
「クリスティア嬢のおっしゃるとおりでした。〝豊穣の手〟に頼ることなく、地道に育てます」
やはり〝豊穣の手〟で咲かせた花から作った薬は、薬効が落ちるようだ。
明らかに香りが薄く、ネズミで実験したところ、瘴気を浄化する力も半分ほどになっていたらしい。
今は本邸と別邸の間に広がる庭園の半分を雪月草の栽培に充てている。
モリスはもっと広げたかったようだが、ネイヴェリルの供給がまだ追いついていない。
採掘されたネイヴェリルのうち、大きくて質の良いものは研磨し、宝石として売り出されていたが、ルーファスは販売を取りやめ、採掘されたものをすべて自邸に運ばせることにした。
石は磨かれていなくても問題ないようだが、どれくらい使えば花が咲くのか、なるべく少ない量で効率よく咲かせるべく実験中だ。
また、冷たい水を大量に用意するのもたいへんだった。一日一回ですむのはありがたいが、雪月草はそれを完全に日が沈んでから撒けという。これをふたりの使用人と手分けしてやるのだが、なかなかにつらい作業だった。
それでも努力の甲斐あって、満月の夜、二回目の花が咲いた。
月の光をいっぱいに浴びてもらい、日が昇り始めた頃に収穫する。いくつか花を残して種が取れるか試すことにした。
作業を終え、仮眠を取った後、再び雪月草の様子を観察する。
ここに植えてあるのは領内の森に自生していたのを採取したものだ。
地下茎を伸ばして増えるということ以外、雪月草の生態はあまり知られていない。
試しにいろいろ質問してみたが、植物は自分がしてほしいことしか伝えてこないので、すべてが手探りの状態だ。
「ふうっ」
(監視の目がないだけで、こんなにも気分が違うものなのね)
開放感から思わず大きく伸びをしてしまう。
「お疲れ様」
いきなり後ろから声をかけられ、びくりとして振り向いた。
「ルーファス様」
「すまない、驚かすつもりはなかったんだが」
「いえ、大丈夫です」
淑女らしからぬところを見られてしまったと赤面する。
「いや、ここでの暮らしに慣れてくれたのかとうれしくてね。あなたのおかげで薬が完成して、驚くほど妹の容態は良くなったんだ。本当に感謝してる」
「わたしはたいしたことはしていません。薬ができたのはモリスさんが優秀だからですよ。それに、辺境伯様には申し訳なく思っているんです。初めてお会いした時にネイヴェリルのことをお伝えしていれば、もっと早く薬を作ることができたはずです。本当にごめんなさい」
「あなたにも事情があったのだろう? すべて聞いたわけではないが、あなたの人生は制約が多く、つらいものであったと理解している。本来なら、客人としてもてなしたいぐらいなのに、立場上、そうできないのがもどかしいよ」
「客人だなんてとんでもない。じゅうぶん良くしていただいていますわ」
「仕事はきつくないか? 貴族の令嬢だった人に、ここまでさせるつもりはなかった。本当は雪月草の状態を見守ってもらうだけのつもりだったのだが……」
「お気になさらないでください。やりがいがあって楽しいです」
「それならいいが、くれぐれも無理はしないように」
「はい」
「じつはあなたに妹を紹介したくて、迎えにきたんだ」
「えっと、わたしは罪人ですので、ご令嬢にお目にかかることなどできませんわ」
「あなたが無実だということはわかっている。自分のことを罪人だなんて言わないで欲しい」
ルーファスは少し怒ったような顔をした。
「ごめんなさい」
あわてて謝ると、ルーファスもすぐに表情をゆるめ、
「いや、こちらこそすまない。怒ったわけじゃないんだ。妹も命の恩人に会いたいと言ってるし、嫌じゃなければいっしょに来てもらえないだろうか」
「命の恩人だなんて……」
「謙遜はなしだよ。さあ、行こう」
案内された部屋の前にはモリスがいた。
「まだ眠っているか?」
「いえ、じきにお目覚めになりますよ。昨日から時魔法は使っていませんので」
時魔法で体の成長を止めると、ほとんど眠っている状態になり、一日のうち二、三時間しか起きていられないのだという。
「もう使わなくて大丈夫なのか?」
「はい。雪月草のお薬を飲むようになってから、体内の瘴気の反応が少しずつ小さくなっているんです。痛みも和らいだようで、お食事もいつもより多く摂られました。時魔法を使うとかえって治癒の妨げになると思いまして」
「そうか。良くなっているんだな」
ルーファスがうれしそうに顔をほころばせた。
*
シャーロットの部屋は日当たりが良く、さまざまな香草が混じり合っているような、嗅いだことのない爽やかな香りがした。
天蓋付きのベッドはカーテンが開けられ、横たわる少女の姿が見える。
柔らかく波打つ栗色の髪に、陶器のようになめらかな白い肌。
やつれてはいるが、目鼻立ちの整った美しい令嬢だ。
似ていない兄妹だと思ったが、ふいに開かれた瞳は、ルーファスと同じ鮮やかな青だった。
「ああ、お兄様、お客様とごいっしょなのね」
侍女の手を借りて半身を起こし、クッションを背中にあてがってもらうと、少女はふうっと息を吐いた。
「ああ、おまえの希望通りお連れしたぞ。起きても大丈夫なのか?」
「ええ、最近はずいぶんと楽になったから。それより、早く紹介してちょうだい」
「そう急かすなよ。こちらはクリスティア嬢。雪月草の花を咲かせてくださった方だ」
「シャーロットです。お目にかかれてうれしいですわ」
「こちらこそ、お会いできて光栄です」
互いにあいさつを交わした後、シャーロットにベッド脇の椅子をすすめられた。
「ごめんなさいね。もっと近くでお話ししたくて」
「お加減はいかがですか?」
「雪月草のお薬を飲むようになってから、ずいぶん楽になったの。何より、痛みがうんと減ったのがうれしい。夜も長い時間眠れるようになったわ」
シャーロットが微笑む。
クリスティアは胸がじんと熱くなった。
「良かったです。ほんとに良かった」
「あなたのおかげだと聞いたわ。ありがとう。どんなに感謝しているか、直接伝えたくて来ていただいたの」
「本当に、ここまで効果があるとは、期待以上だよ」
ルーファスがにこにこしながら言う。
「あらためて我が家の書庫にある古い文献をあさってみたんだが、ネイヴェリルのことらしい赤紫色の石についての記述があったよ。その石には魔気を吸い取る性質があるが、一定量を超えて吸い込み続けると砕けてしまうんだ。昔は地表によく転がっていたから、その近くに雪月草が生えて花も咲いていた。ところが、魔獣が増え、多くの魔気をまき散らすようになると、それを吸い取って砕けてしまい、徐々に地表から消えていったそうだ」
「そうやって失われてしまったから、今では地中深くから掘り出すしかないし、雪月草の花も咲かなくなってしまったのですね」
「ああ」
クリスティアの言葉にルーファスがうなずく。
「だが、雪月草の花を咲かせる方法がわかったんだから、もう心配はいらないよ、シャーロット。薬を飲み続けていれば、きっと病気は治るから」
「お兄様、わたし、必ず元気になりますわ。そうしたら、素敵なドレスを贈ってくださいね」
「ああ、まかせておけ」
ルーファスは軽く胸を叩いた。




