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『雪上の人間ミサイル、深夜の湿布と秘密協定(後編)』

前編の「のり塩ダイブ」でゼミ仲間との距離を縮めた主人公・静香。後編は、いよいよ白銀のゲレンデから幕を開けます!

「雪山は庭」と豪語していた彼女ですが、いざスキー板を履けば重力に逆らえない「人間ミサイル」へと一直線。全身湿布だらけの惨憺たる結果に終わります。

しかし、本当のドラマは夜の女子部屋で待っていました。才色兼備に見えた同級生・エリとの秘密の恋バナ。学歴やコンプレックスという鎧を脱ぎ捨て、等身大の女の子として心を通わせる二人の姿は必見です。

雪山の寒さを溶かすような、温かくて少し甘酸っぱい深夜のガールズトーク。ドタバタ青春劇の結末を、どうぞ最後までお楽しみください!

第一章:ニュートンへの反逆


結論から言おう。

佐藤静香のスキーは、スポーツではなかった。それは「落下」だった。


「いやああああああっ! 止まらんっちゃあああ!」


ゲレンデに絶叫が響き渡る。


昨晩、「雪山は庭みたいなもん」と豪語した静香は、リフトを降りた瞬間から重力の奴隷と化していた。


タケダが熱弁した「美しいシュプール」など夢のまた夢。

静香が描いたのは、直滑降で暴走し、雪だまりに頭から突っ込むという「衝突実験の軌跡」のみだった。


「佐藤! 『ハの字』だ! 板の先を閉じろ!」


タケダが並走しながら叫ぶが、パニック状態の静香には届かない。


「無理無理無理! 板が勝手に! 誰かブレーキ踏んでぇ!」


ドサッ。ズザーッ。


三回目の盛大な転倒。

新雪の中に顔面から埋まり、足だけが空を向く「犬神家」状態。


「……大丈夫か、佐藤」


佐々木が呆れ顔で覗き込む。

静香は雪の中から顔を出し、ゴーグルについた雪を払った。


「……前言撤回する。雪山は庭やない。地獄や」


結局、静香はその日一日、滑る時間よりも転がる時間の方が長かった。

全身打撲に近い痛み。

そして何より、ゼミの仲間(特に男子)に見せつけてしまった圧倒的な運動音痴という事実。

プライドは粉雪のように砕け散った。


第二章:シップの匂いと美容パック


夕食後。

男子たちは部屋で麻雀を始めたが、静香は早々に女子部屋へと撤退した。


全身の筋肉が悲鳴を上げている。これ以上、重力に逆らう活動は不可能だった。


同室のエリと二人きり。


六畳の和室に布団が二つ。

静香は湿布を貼りまくっていた。


「……あいたたた。背中も、足も、全部痛い」


「ふふ。派手に転んでたもんね、静香ちゃん」


エリは洗面台の前で、高級そうなフェイスパックを顔に貼り付けていた。

彼女はスキーも上手かった。ウェアの着こなしも完璧で、ゲレンデの華だった。

それに比べて、私は……。


静香は自分の湿布だらけの脚を見て、少し惨めになった。


「笑ってええよ。運動神経の回路が断線しとるんよ、私は」


「ううん。笑ってないよ。むしろ感動した」


「へ?」


エリがパックを貼った白い顔で振り返った。


「だって、何回転んでも立ち上がるんだもん。私なら三回目でロッジに逃げ込んでる。静香ちゃん、根性あるよね」


予想外の言葉だった。


エリは、ただの「キラキラ女子」だと思っていた。

昭和恐慌の研究をしている才女だが、私とは住む世界が違うと勝手に線を引いていた。


「……根性しかないんよ。田舎者やけぇ」


静香は布団の上に座り込んだ。


「エリちゃんこそ、凄かったやん。勉強もできて、スキーもできて、おまけに美人で。神様は不公平やわ」


「そんなことないよ」


エリはパックを剥がし、丁寧に肌に馴染ませた。


「私なんて、コンプレックスの塊だよ」


第三章:偏差値の裏側


部屋の灯りを豆電球にし、二人は布団に入った。

外では風が唸りを上げているが、布団の中は暖かい。


修学旅行の夜のような、秘密めいた空気が流れる。


「コンプレックスって、エリちゃんが?」


静香が寝返りを打って聞いた。


「うん。私ね、高校はずっと附属だったの。周りはみんな、親が医者とか弁護士とか。私は普通のサラリーマン家庭で、勉強についていくので必死だった」


エリの独白は意外だった。


「東大に入ったのも、『ナメられたくない』って一心だったかも。ブランド品持つのと同じ感覚で、学歴が欲しかったの。……静香ちゃんみたいに、純粋な『知への飢餓感』がある子が羨ましいよ」


「私だって、最初は復讐心みたいなもんやったよ」


静香もポツリと語り出した。

下関の山間部。都会への憧れ。

淳という戦友と、電車の中で単語帳をボロボロになるまでめくり続けた日々。


「へえ……。岩井くんって、あの物理の人だっけ? ほんとに『戦友』なんだね」


「そうよ。色気も何もない。あいつとは、泥水を啜り合った仲やから」


「ふふっ。なんか、いいな。そういうの」


エリがクスクス笑った。

その笑い声には、昼間のすました感じはなく、年相応の女の子の響きがあった。


第四章:古傷のカルテ


「ねえ、静香ちゃん」


エリが小声で言った。


「……恋とか、してる?」


出た。女子会の鉄板テーマ。

普段なら「そんな暇ない」と一蹴するところだが、この非日常的な空間と、さっきの身の上話で心のガードが下がっていた。


「……なんで?」


「いや、なんとなく。静香ちゃん、最近綺麗になった気がするから」


ギクリとした。

上野のヤッちゃんにも言われたが、エリにまでバレているのか。


「エリちゃんは? モテるやろ」


静香は質問を返した。

エリは少し黙って、天井を見上げた。


「……私ね、二年生までは付き合ってた人がいたの。他大の医学部の人」


「へえ、ハイスペックやん」


「うん。でもね、振られた。『お前と話してると疲れる』って」


エリの声が少し震えた。


「私が昭和恐慌の話とか、経済の話をすると、嫌な顔するの。『女はそんな難しいこと考えなくていい』って。……私、悔しくて。自分の知性を否定されたみたいで」


「なんて奴……!」


静香はムッとして起き上がった。


「そいつの頭が悪いだけやん! エリちゃんの話、面白いのに! 私なら三時間でも聞くわ!」


「ありがとう」


エリが枕に顔を埋めて笑った。


「でも、それがトラウマでさ。自分より賢い女は可愛くないのかなって、ずっと思ってた」


「アホか。賢さは武器やけど、邪魔にはならんよ。それを受け止めきれん男の器が小さいだけや」


静香は断言した。


「……強いね、静香ちゃんは」


エリが顔を上げて、静香を見た。


「で? 静香ちゃんの番だよ。好きな人、いるんでしょ?」


第五章:年下の重力


逃げられない。

静香は観念した。

この雪山の夜、お互いの傷を見せ合った今、隠し事をするのは野暮だ。

それに、誰かに聞いてほしかった。

淳にも言えず、一人で抱え込んでいたこの甘い痛みを。


「……おるよ」


静香は小さな声で言った。


「年下。……高校生」


「えっ!?」


エリが布団から飛び起きた。


「高校生!? うそ、犯罪? いや、静香ちゃんが?」


「犯罪やないわ! ちゃんと一線は引いとる!」


静香は慌てて弁明した。

家庭教師先の生徒であること。

一緒に志望校合格を目指して戦ったこと。

雨の日に鞄を拭いてくれた優しさ。

そして、合格発表の日にされた「予約」。


「……『四月になったら、一番にデートしてください』かぁ」


エリが夢見るように溜息をついた。


「何それ、マンガ? 尊すぎるんだけど」


「茶化さんでよ。こっちは真剣なんよ。……卒業までは先生と生徒やし、大学生になったら彼の方がモテるやろうし。私みたいな地味な年上、すぐ飽きられるんやないかって」


「バカね」


エリが静香の肩を叩いた。


「飽きるわけないじゃん。静香ちゃんのその『一生懸命さ』と『ギャップ』は最強だよ。今日のスキーの転び方見て確信したわ。あんなの見たら、男子は放っておけないって」


「それは褒め言葉として受け取っていいんか?」


「もちろん。……いいなぁ、純愛だなぁ」


エリは優しい目で静香を見た。


「大事にしなよ。学歴とか、年齢とか、そんなスペックじゃないところで繋がってる関係なんでしょ? 私の元カレとは大違いだ」


「……うん」


静香は頷いた。

誰かに話して、肯定してもらえるだけで、こんなに心が軽くなるなんて。

湿布の匂いが充満する部屋の中で、静香の胸の奥だけがポカポカと温かかった。


第六章:秘密の雪解け


「ねえ、静香ちゃん」


「ん?」


「この話、内緒ね」


エリが小指を立てた。


「私の元カレの話も、静香ちゃんの年下彼氏の話も。この部屋だけの秘密」


「当たり前や。ゼミの男子共に知られたら、末代までネタにされる」


静香も小指を出した。

指切りげんまん。


「ふふ。なんか、女子高生に戻ったみたい」


「ほんとやね。……東大生も、皮を剥げばただの女子ってことか」


二人はクスクスと笑い合った。


昨日の「のり塩事件」も、今日の「人間ミサイル」も、すべてはこの夜のための伏線だったのかもしれない。


「明日は筋肉痛で動けんかもしれん」


「私も。明日のゼミ、座ってるだけで精一杯かも」


「教授に『思考停止してる』って怒られるわ」


「そしたら言おう。『先生、これは恋の悩みです』って」


「ぶっ。絶対言えんわ!」


夜が更けていく。

窓の外の吹雪は止まないが、部屋の中には確かな友情が芽生えていた。

これまで「戦友(淳)」しか持たなかった静香に、「女友達」という新しい回路が開通した夜。

静香は布団に潜り込み、目を閉じた。


全身の痛みはまだあるけれど、心は驚くほど軽かった。


東京に戻ったら、蓮くんに会おう。


そして、いつかエリにも紹介できたらいいな。

「私の大切な友達」として。


雪山の夜は静かに更け、二人の秘密を真っ白な雪が優しく覆い隠していった。

(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

前半のゲレンデでの激闘(?)から一転、後半はしっとりとした女子会へ。完璧に見えたエリの意外なトラウマや、静香が秘めていた年下男子・蓮くんへのピュアな想いが交差する展開に、私も思わずキュンとしてしまいました。

「知の巨人」を目指す東大生たちも、皮を剥げば恋や進路に悩む等身大の若者たち。二人の間に芽生えた「秘密協定」という名の友情は、これからの学生生活をきっと彩ってくれるはずです。

東京へ戻った静香と蓮くんの再会も気になりますね!

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