No.0《プロローグ》
この地から遠い遠い、遥か遠くの何処か。
かつて地図に名を刻まれていたはずの場所。
今はもう、国境も、国名も、呼び方すら意味を失った土地。
荒れ果てた大地には、文明の残骸と呼ぶにはあまりにも無言な瓦礫が転がり、崩壊した一国の隅で――ひとりの、女の子が泣いていた。
僕はその子の前に立ち、静かに手を差し出す。
かつては無数の未来を俯瞰し、選択肢を記録するだけの存在だったが、今は違う。
もう、世界の行く末を“見る”ことは出来ない。
それでも、手を取ることは出来た。
これは同情や偽善じゃない。ましてや救済でも、英雄的行為でもない。
ただ―――それが、自分たちに割り当てられた役割だった。
世界が終わらないように。
誰かが泣き続ける理由が、これ以上増えないように。
与えられた役割を、最後まで遂行した。
それだけだ。
「▇▇▇、▇▇▇▇▇……?」
女の子は、怯えたように僕を見上げ、何かを訴えかけていた。
その声音には、怒りも、責めもなかった。
ただ、必死に縋るような響きだけがあった。
生憎、僕の母国語が日本語だったが故に、その子の言葉は何一つ理解出来ない。
かつてなら、意味も、背景も、感情の揺らぎさえ把握出来ただろう。でも今は、それは出来ない。
何度も何度もその子の言葉を理解しようと努めたが、やはり分からなかった。
「▇▇………▇▇▇▇▇▇▇……」
言葉は、瓦礫に吸い込まれるように消えていく。
その直後、女の子の頬を、一粒の雫が静かに伝った。――泣かせてしまった。
そう思った瞬間、胸の奥が僅かに軋む。
ついさっき世界を救ったというのに、目の前の女の子を泣かせた事で喜びよりも焦りが先に募る。
僕は慌てて膝を着き、同じ高さまで視線を下げる。
そして、片手でその涙を拭った。
その仕草は、不器用で、ぎこちなく、
かつて神と呼ばれた存在のものとは程遠い。
それでも――この世界には、もうそれで十分なのだと、誰に告げられるでもなく、僕は理解していた。
この世界は、《守護者》を必要としていない。




