7 私から贈るパンジー
(ここは、?そうだ、頭が痛くなって倒れて…)
朝特有の白い光と小鳥のさえずりに目が覚める。
だけど、とんでもなく頭が重くて体を動かすことができない。
「お目覚めですか?」
現れたのは聴診器を首に掛けたおじいさん医師。
私が上半身を起こすのを手伝ってくれた。
「お嬢さん。落ち着いて聞いて下さい」
ふわふわした白いひげのおじいさんは苦しそうに眉を寄せる。
「余命は、もって1ヶ月。そして、もう歩くことは叶わないでしょう」
脳腫瘍で、手術はリスクが大きくて。そんなお医者さんの説明は全く頭に入ってこなかった。
「そんな…」
(3年じゃなくて?しかもずっと寝たきり?)
連絡を取りたい人はいるかと訊かれたが、答えられず、少し1人にしてほしいとお願いする。
(私はどうするべき?
本当は、人生が終わる瞬間まで、ノアさんと一緒にいたかった。
一度は逃げてしまったけど…帰れなくなると、帰りたい)
絵描きの青年にもらった絵がベッドの横のテーブルに置いてある。
手を伸ばすが力が上手く入らなくて届かない。
(会いたい…会いたいし、死にたくないっ——!)
故郷から遠くて知人もいない地で余命宣告をされた。
死を悟られたくない、とか変な意地を張ってしまったせいで最愛の人はここにいない。
生きていられたら見られたはずの景色が思い浮かんでしまう。
チリンっ
ナースコールを鳴らし、看護師さんに来てもらった。
「あの、最後にお願いがあって———」
◆◆◆
それから2日後の夜。
ダダダダッ、ガコンっ
「マリーっ!」
慌てるように革靴が走る音と、ドアを外す勢いで開ける音がした。
最愛の人の声といっしょに。
「のあ、さん。どうして…」
まだ、連絡をしてもらう決心も付いていなかったのに。
いつもスマートな振る舞いの彼が焦っている様子に泣きそうになる。
(ダメだ今は耐えろ。残り少ない私の記憶を、笑顔で埋めてみせる)
「大丈夫なのか、?いや、違うよな、余命って…」
「へへっ、すみません!でもほら、全然平気——っ!?」
抱きしめられる。力強くて、温かい。愛おしい。
「ごめんな。気づけなくて。ごめんっ、」
(謝らないでください。私、自分でも気付いてなかったんですから)
そう喉元まで返事は出てきているのに、一声でも出せば涙が出てしまいそうで。
服がちぎられそうなほど強く、でも私を守るように優しい彼の腕。
肩に、暖かい雫が落ちてくるのを感じた。
しばらくすると、ノアさんは鼻をすすって私をそっと解放し、微笑む。
「なにか欲しいものはないか?食べられそうなものは?したいことは?あ、林檎は好きかい?」
その時、巡回中の看護師さんが入ってきた。
「あら旦那さんですか?椅子を持ってきますね」
「すみません、おねがいします」
看護師さんが退出。私はなんとか声を絞り出した。
「ノアさん、好きです」
「へっ」
目を丸くするノアさん。そういえば愛情をこうやって口に出したことがあっただろうか。
しかし何となく気恥ずかしく、私の口は勝手に意地を張ってしまうのだった。
「りんご…が」
「あ、ああ。買ってこよう」
(あなたが、大好きです)
パンジー
花の名前。カクテル名にもなっており、アブサンを60 ml、グレナディンシロップを6ダッシュ、アンゴスチュラ・ビターズを2ダッシュで作られる。




