5 血の色のルージュ
『マリー。とっても老けたわね』
学校の夏休み明け。ばっさりとそう言い捨てたのは私の友人、アンナだった。
『やっぱりそう見える?』
まだらに日焼けしてカサカサの肌、ぱさついた髪、荒れた指先、紫色のクマ。
(修行の代償。ある意味…名誉の勲章なのでは?)
修行———今まで鍛えてきたお嫁さんスキルを試すために森に籠もっていた。
身一つでナイフすら持たず、獣や天気といったあらゆる試練を乗り越える。
夏休みの間ずっと。
『森では外見に気を配れなくて』
『…そう』
久しぶりに学校で会った彼女は、げっそりと頭を抱えた。
『マリー。今日の放課後、空けておいて?』
◆◆◆
「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか?」
「真っ赤な口紅が欲しいんです」
「いくつかご用意しております。少々お待ちを」
実家を後にした私が訪れたのは、行きつけの化粧品店。
品揃えがいいだけでなく店内のおしゃれな雰囲気が気に入っている。
(懐かしい…学生時代にアンナと来たこともあったよね)
夏休みの間ずっと森で修行していた私のボロボロ具合を見かねて、
『マリー、宝石は磨かないとただのクズ石よ』
そう言ってこの店で化粧品やらケア用品やらを見繕ってくれた。
もともと実家には美容に詳しいメイドがいるので一通り揃ってはいたが、自分で選ぶ楽しさを知れたのは大きい。今では自分で化粧からドレスアップまで楽しめるようになった。
「お待たせいたしました。こちらが我が店が取り扱うルージュです」
(すごい…)
広げられた箱にはぎっしりとキラキラした口紅が並んでいる。圧巻の光景。
「これを2つ。1つはプレゼント用に包装してください」
「かしこまりました」
選んだのは血のように赤いリップ。クリスタルで装飾されたケースはアクセサリーにも劣らない。
(アンナにとっても似合いそう)
◆◆◆
「アンナ、久しぶり」
「マリー!珍しいじゃない。よく来たわね」
アンナの家は貿易商で、外国の本を主に取り扱っている。
幼い頃からの婚約者と結婚して家を継ぎ、既に2児の母なのだ。
「ちょっと遠くに旅行に行くから、顔だけ見たくって」
(とか言って、次の行き先も決めていないのだけれど)
とにかく、ノアさんから、アンナや家族を含めた大切な人たちから離れたくって。
「いいわね。気をつけて行ってらっしゃいな」
アンナと世間話をして、口紅を渡すと早速塗ってくれた。
「どう?似合うわよね?」
「もちろん。私が選んだもん」
本当に綺麗。
真っ赤な血の色。生命力、命の美しさを感じる。
◆◆◆
適当に行き先を告げ、馬車に揺られ、小さな手鏡を持ちながらアンナとおそろいの口紅を塗ってみた。
真っ赤な血の色。ゾッとするような毒々しさと、今にも壊れそうな脆さを感じる。
(アンナはこれからも生きていく。私は、これから死に向かって時間を費やしていく)
私はそっと、革のキャリーケースから帳面を取り出した。
そこには私が昨晩なぐり書きした文章がある。
◆◆◆
〜理想の死に方〜
1人で、悲惨さも苦しさも知られずに消えたい。
でも死んだことは知ってほしい、そして前に進んでほしい。
誰よりも綺麗に人生を終えたい。
死ニタク、ナイ———
◆◆◆
『転生者』の死に方は一通りではない。
病気みたいだけど、病気じゃない。ある、決まった運命の名前みたいなもの。
事故死から他殺まで。どんな死因が訪れるかは分からず、ただ30歳で死ぬ。
メカニズムも治療法も一切ない。
私には前世の記憶がある。
それだけ。
それだけで、寿命が決まっている。
「その瞬間」には口紅を塗ろう。人生で一番きれいな自分で。
ルージュ
口紅。唇を赤く見せる化粧品。フランス語で「赤い」を意味し、赤ワインを指す言葉でもある。




