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3 嘘つきのブーケ・ドール

『転生者』その言葉に希望を持つ人のほうが多いのだろう。

だけど、実際は違う。


その言葉は、先天性の、致死率100%の病の名だ。


ある日突然自覚して、ぴったり30歳で死ぬ。


(ただ、何の役にも立たない他人の記憶があるだけなのにね)


◆◆◆


「ノアさん、すごかったですね!まだ鳥肌が立ってます」

「ああ。…次は4年後に来るそうだよ。また一緒に来よう」

「はい!」


馬車の中。私は微笑む彼からそっと目を逸らした。

(嘘を、ひとつ付きました。私の寿命はあと3年です)


「夕食は済ませて帰ろうか。この近くに鴨のコンフィが有名な店があるんだ」

「楽しみです」


馬車で数分。


獅子が大きかった、ピエロが可笑しかった。

そんな他愛もない話をしているうちにレストランに到着した。


「ようこそ。ごゆっくり」


店内はアットホームな雰囲気だが、掛け時計もナプキンも、上質でこだわり抜かれている。


「わぁ。素敵なお店ですね…よく来るんですか?」


ノアさんは少し視線を左下を落として、口元に笑みを浮かべる。

「たまにね。父さんの行きつけでもあったから」


彼が左下を向くとき。それは悲しい、辛い、寂しい…そんな気分のとき。


「そう、なんですね」

「—いや、ごめん、気を遣わせるつもりはなかった」


彼の父も『転生者』だった。

だから彼は怯えている。


どうか、自分の周囲の人が『転生者』ではありませんように、と。


◆◆◆


「美味しい。さすが街一番の老舗だ」

「ノアさん、このスパークリングワインもすごく合いますよ」

「じゃあ一杯だけ」


マッシュポテトが添えられた鴨のコンフィは看板メニューらしく次々と注文の声が聞こえる。


本当に美味しい。

ぱりっと焼き上げられた鴨をマッシュポテトと一緒に頬張ると、じゅわっと幸せを体現したような味が広がる。ほのかに果物の風味がするワインでさっぱりと中和させながら食べる至福。


帰り道。


サーカスとディナーの余韻に浸りながら、少し散歩することにした。

「幸せすぎて肥えてしまいそうだ」

(この顔ならあと数十キロ太ってもお美しいでしょうに)


「わぁーっ!お姉ちゃんたち『かっぷる』?」

「お花いかがですか?」


大きな噴水のある広場で幼い姉妹が花を売っている。

ぴょんぴょん跳ねる妹と、にっこり花束を差し出す姉。これは買ってしまう。可愛すぎる。

私達は顔を見合わせてくすりと笑った。


「ひとつくれるかい?」

「まいどっ!」


ノアさんが受け取る。

庭師のおじさんと勉強したから花のことなら任せてほしい。これは家の庭園にもあった。

「きれいね。パンジーかしら」

「すごいお姉ちゃん!よく分かったね!」

「花言葉は確か—」


「愛」

「えっ」

彼は私にそっと花束を差し出した。

「僕は花言葉を知らない。だから作ったんだ。…受け取ってくれる?」

「ふふっ、なんですかそれ」


「いちゃいちゃしてるー」

「またお越しください」


パンジーの花言葉は、『愛の告白』


そして


———『ひとりにしないで』


きっと私はノアさんを1人にしてしまう。

(嘘を、もうひとつ)


「もちろん。ありがとございます」


彼から花束を受け取った。


◆◆◆


『いらっしゃいませっ!!』


これは結婚式の日の夜。

夫婦一緒の寝室に訪れたノアさんに私が放った言葉だ。


『ふはっ…くっ、息が苦しい…、出迎えありがとう…』


緊張していた。初めて同じベッドで眠るから。

2人で天井を見上げながら話した。


『ゆっくり仲良くなろう』


一般的には、恋人として愛を深めてから結婚するけど…僕達は逆でもいいじゃないか、と彼は語る。


『まだ、きっと人生は長いからね』

9年。長いけれど、人生の残り時間としては少し頼りない。


『そうですね』


(そうやって、あの時も嘘を付いたんだった。)


ブーケ・ドール・ブラン

辛口のスパークリングワイン。花梨などの果実味が特徴。「黄金の花束」という意味。

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