11 マリーを知った
「それはどういう、」
「そのままの意味でございます」
「マリー様は、常に暗殺者から旦那様を守っておられました」
ある日突然寝室に現れた暗殺者。
それを取り押さえた執事が放った言葉に、俺は動揺を隠せなかった。
「マリー様は恐らく、国を敵に回しても旦那様を守りきれるだけの強さをお持ちです」
「強…マリーが、」
僕の父が「転生者」の知識を生かして築き上げた莫大な富と名声を持つ商会。父の死後そのオーナーの座を巡ってかなりの血が流れたとか。
僕が商会を引き継いで10年近く経った今でも暗殺者が送り込まれる程度には、親戚や従業員はこの座を狙い続けている。
(あの華奢なマリーが戦う、など、想像できない)
僕の脳内では頭だけマリーの綺麗な顔を貼り付けた屈強な軍人がカクカクと剣を振り回していた。
◆◆◆
また別の日。家に科学者だという男性が訪ねてきた。
「…勲章、ですか」
「マリー殿のこと、誠に残念だ。しかし名声は後世に語り継がれていくであろう」
渡された書類には見たこともない大量の薬草の種類と効能、そしてそれを用いて発明されたという新薬の説明が書き込まれていた。
(この癖のない柔らかい字。マリーの字だ)
「これだけではなくてだな―――」
僕は次々と挙げられていく功績に呆然と相槌を打つことしかできなかった。
◆◆◆
「師匠が亡くなったと!?私は信じません!!」
「君は…」
「師匠の一番弟子、アロエでございます!…くっ、私が海外公演などしているうちに…」
名を聞かずとも知っている。
彼女は若くして世界的な音楽家となった天才ピアニストだ。作曲や他の楽器にも精通しているとか。
「師匠の方がもっともっとすごいんですから!!『海辺』はご存知ですよね?あの曲を作曲しただけでなく、あらゆる楽器で突出した才能が…『弾ける』だけの私なんかとは大違いでして!」
王室の音楽団が演奏し、市民にも広がった曲、『海辺』オペラ座では歌詞を付けて歌われ愛されているラブソング。
(じゃあ歌詞のモデルは、なんてね…)
新婚旅行の港町が思い浮かび、すぐに頭を振って消す。
◆◆◆
甘い蜜をぎゅっと集めたような淡いふわふわの髪、
長いまつ毛に囲まれた瞳は幻想的で宝石のよう…
彫刻やドールを遥かに超越して整った顔の造形に劇団のスカウトが絶えないと聞いたこともある。
(さすがに多才すぎるだろう。君は本当にすごい人だったんだね、マリー)
弔いで我が家に訪れるビッグネームは口々に称賛を述べて涙を流していく。しかし、それを見ても恋しくなるのは僕の知る彼女だ。
帰ったら笑顔で出迎えてくれる。『疲れましたよね?』そう言って温かくて美味しい紅茶を書斎まで差し入れに来てくれた。
(マリーは間違いなく美しい。でも僕が一目惚れしたのは…)
豊かで美しい、彼女の生き様を体現したような表情。一瞬一瞬が全部絵画みたい。愛おしい。何度一目惚れしても足りない。
◆◆◆
それから少しした頃。様子を見に訪れてくれたのはマリーの両親だった。その頃になっても絶えないビッグネームの嵐に2人は苦笑いをしている。
「マリーを幸せに、お嫁さんにしてくれてありがとうね、ノア君」
「こちらこそ…僕の妻でいてくれて本当に光栄だし、感謝しています」
「―――にしても、本当にすごいわね」
「花嫁修業、という名目だったなどと言っても誰も信じないだろうな…」
◆◆◆
(マリー、愛しているよ。ずっと)
あと少し…




