10 マリーに、会えたんだ
この話はフィクションであり、実際の史実と異なる部分があります。
僕がマリーに会えた次の日。
彼女は息を引き取った。
◆◆◆
『ノアさん、少しお休みになってください』
『でも…』
『愛しています。あなたを』
マリーはよいしょっと上半身を起こし、
僕の唇をふさいだ。
『…っ?!』
『これで、私の心残りは一切ありませんから』
ぽふんっ
僕の首を抱きしめたまま身体を倒した彼女に引っ張られた僕はもう一度、彼女に口付けた。
『ふふっ、お休みなさい。ノアさん』
『おやすみ、マリー』
そうやって僕は、いたずらっぽく笑った彼女にブランケットを掛けられ、ほぼ強制的に寝させられたのだった。
◆◆◆
朝目が覚めると、まず感じたのは首の痛みだ。彼女のベッドに突っ伏して寝ていたからだろう。
次に感じたのは指先の冷たさ。
彼女がいない。そう気付いたのは巡回の看護師さんが病室に入ってきた時。
「旦那さん、残念ですが」
「…。」
マリーガイナイ
マリーハドコダ?
マリーハモウ、
マリーハ…
マリーガ、シンダ
事実がゲシュタルト崩壊しているみたいだ。
どれだけ見つめて何度確認しても事実と認識できなくて。
「こちらで手続きをお願いします。サインを」
ノア
マリー
並んだ2つの文字の下に、続柄を書く。
夫婦
「すみません、読めませんよね。書き直します」
布団の上で書いた文字は形を留めていなかった。
「大丈夫。読めますよ」
その後の事は覚えていない。
気が付くと僕は手に、一束の手紙を持っていた。
暗い部屋の中、ろうそくの弱い光を頼りに1つ開いて読んでみる。
◆◆◆
本当に、ありがとうございます。
僕がこうして手紙が書けるのも、手紙を出せるのもマリーさんのおかげなのです。
よかったらこの住所まで―――
息子が―――
母が―――
◆◆◆
大量の手紙には、感謝の言葉とともに住所と連絡先が書かれている。
(行ってみよう)
光を遮っていたカーテンを開け放つ。
(白い。雪だ。こんなに季節が移り変わっていたのか。何から…?あれ)
目からぬるい涙が溢れてくる。
目が腫れて開かないくらい、眼球が溶けそうなくらい。喉が詰まって声も出ないくらい。
「マリー、君はもう―――いないんだね」
自分のかすれた声に、脳裏に焼き付いた記憶にもっと涙があふれてくる。
なんとかドアを開くと、執事が立っていた。
「っ、ぅ…」
「旦那様。馬車のご用意はできております」
「ありがとう…」
◆◆◆
『旦那さん、マリーさんは生前、自らの身体を提供なさりたいと言っておられました』
臓器提供。それはまだ実用化されて間もない夢のような技術だ。
彼女の死後、なぜ会えないのかと取り乱す僕をなだめてくれた医師の言葉がようやく飲み込めた。
「僕ね、見えるんだ!」
目を輝かせる少年。
「まさか普通に暮らせるようになるなんて思わなかったよ」
そう言って楽しそうに働く男性。
「もうガンの薬を飲まなくてもいいんだって!」
髪の毛を編んで自慢げに見せてくれた少女。
どこか、彼女の雰囲気を感じさせる声で歌う女性。
心臓の音を聞かせてくれた青年。
その帰り。いつかのカフェに立ち寄った。何気なく手に取った新聞には大きく見出しが。
『新進気鋭の画家による稀代の名作、美術館にて展示開始』
「お待たせしました。ショコラケーキでございます」
「あれ、今日のケーキはチーズケーキだと…」
「オーナーからこちらをお出しするようにと」
遠くにいるオーナーは、僕に優しく微笑んだ。
「美術館、この近くだな」
◆◆◆
チケットを買って長蛇の列に並び、入った館内には目玉として1枚の絵が飾られている。
「君は本当に、綺麗だね。一目惚れをしてしまったよ。また。」
完結まであと少しです。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。




