プロローグ
生まれ変わったら何をしたいか。
燃えるような恋はいかが?
たくさん努力して強くなる?
時間に追われない、自由な暮らしは?
———私ですか?
私は…素敵なお嫁さんになりたいのです!
◆◆◆
「ただいま、マリー」
「ノアさん!おかえりなさい。寒かったでしょう?」
玄関で出迎えると、ノアさんは鼻の先を少し赤くして寒そうだ。
上質なコートを受け取るとひんやりしている。
こうして出迎えて、一緒に食堂まで行く。これが私達の日課。
「聞いたかい?来月この町にサーカスが来るそうだよ」
「わあっ、素敵ですね!…火の輪をくぐる獅子がいるって本当でしょうか?」
「うーん…僕も見たことがないんだ。マリー、今週末は空いてるかい?」
彼はニヤリと口角を上げてカードを2枚、ひらひらと振ってみせた。
「まさか…!」
「久しぶりのデート、楽しみだね」
◆◆◆
完璧なお嫁さんになる。
そう私が決心したのは5歳のときだった。
親戚のお姉ちゃんのウエディング・ドレス姿に感動したのだ。
真っ白で艶々なシルクのドレス
パールと白い花で飾られた彼女は圧倒されるくらい美しかった。
(およめさんって素敵なお仕事だなあ…)
『お姉ちゃん、私も「およめさん」になれる?』
『マリーちゃんならなれるわ。…だってこんなに可愛いんだもの!』
『ふぐっ』
お兄ちゃんと目が合う。助け———
『こらマリーの頬が減るだろう?俺の分も残しとけよ』
『減らないわよ』
『…。』
たった5歳の頃の決意。だけどそれは私の人生の指針となる。
やると決めたら徹底的に、トップを、目指すんだ。
その日から花嫁修業を始めた。
『ママー!お裁縫を教えて』
『あらマリー。急にどうしたの?』
『私ね、完璧なお嫁さんになるの!』
『『ゴフっ』』
新聞を片手にコーヒーを飲むパパと、学校の宿題をしていたお兄ちゃんが咳き込んだ。
『マリー、その、ちょっと早くはないか?』
『僕が家を継ぐからマリーはずっとこの家にいてもいいんだよ…』
2人はこの家の最高権力の冷たい視線に口を閉ざしたのであった。
私の家はワインを扱う商人だ。
裕福な方で、家には使用人が5人いる。
そのうちの1人、メイドさんに美味しい紅茶の淹れ方を教わった。
『お嬢様、葉っぱが舞ってから3分。これだけは忘れてはなりません』
『はい!』
庭師のおじさんと一緒に花について勉強。
『これはチューリップと言いまして』
おじさんは周囲を見回して小さな声で囁いた。
『好きな人へのプレゼントにぴったりですぞ』
ちょうどお兄ちゃんが通りかかった瞬間、背筋がひやっとしたのは気のせいだろう。
料理人さんにはとっておきのお菓子のレシピを。
執事さんには勉強を教えてもらって、いつもヘアメイクをしてくれるメイドさんにはお洒落の仕方を。
学校に通うようになってからはありとあらゆる技能を身に着け
15年後。
20歳になった私は、絶望していた。
『お嫁さんって、恋人がいないとなれないのでは!?』
家族や使用人さんたちに残念な子を見るような目で見られたのは、また別のお話。
◆◆◆
「マリー、準備はできたかい?」
「はい。参りましょう!」
コティの香水を1滴。白粉をはたいて口紅を薄く。
メイドさんにふんわりと髪も結ってもらった。とっておきのお洒落。
「すごくきれいだ。そのドレス、よく似合っている」
「ありがとうございます!ノアさんも新しいハットがとってもお似合いです」
「ありがとう」
サーカスは街の劇場であるそうで、近くの通りまで馬車に乗る。
「まだ時間があるからカフェにでも入ろうか」
「っ!ノアさん、さては天才ですね?」
チリンチリンっ
「いらっしゃいませ」
「ケーキセット2つと、ベネディクティンを」
「あら!お昼からお酒を飲んで平気ですか?」
「一杯くらいなら平気だよ。マリーもどう?」
スイーツと一緒にいただくリキュールの幸せたるや。
にこにこしたノアさんの悪魔のささやきに、私はあっさりと屈したのだった。
「…飲みます」
テーブルで向かい合って到着を待つ。
久しぶりなせいか、なんとなく落ち着かなくて辺りを見回すと恋人が多く目についた。
「僕達も出会った頃にカフェに来たことがあったよね」
「はい。懐かしいですね…」
(もう、あれから7年も経つなんて)
私達が出会ったきっかけは、一瓶の香水だった。
お読みいただき、ありがとうございます。




