夫が愛人を連れて帰って来ました。彼女、スーパー家政婦なんですけど!
「夫が愛人を連れて帰って来ました。
そう聞いたら、次は『彼女を傷付けるな!』とか言われると思うでしょ?
でも、夫は『彼女を見習え』と言って来たんです」
お茶会に参加している皆様たちが驚きの声を上げます。話している相手以外も、夫が愛人を連れて帰って来たなんて聞いたら、そっちに意識が持っていかれますよね。
会場中の皆様の注目を浴びながら、話を続けます。
「彼女の何を見習えって、皆様が思い当たることは一つだけでしょう?
ですが、彼女は違ったんです!
彼女、スーパー家政婦だったんです!
家政婦にスーパーも何もない、と思われるでしょう?
ところが、家政婦にはランクがあって、彼女はスーパー家政婦だったんです!
掃除から洗濯、料理もシェフが裸足で逃げ出す腕前。フラワーアレジメントなんて、この前の夜会、話題になりましたよね? あれ、彼女が手伝ってくれた結果なんです」
皆様も我が家で開かれた夜会を思い出して感嘆の声を上げます。
「そうなんです。素晴らしい出来だったでしょう?
その上、家計も領地経営も出来て、はしたない話ですが、私たちのする仕事は跡継ぎ作りと社交だけなんじゃないかと思うほどで。
それはもう、家政婦じゃない?
私もそう思います。
でも、彼女は家政婦だと言うんですよ。
夫との関係は本当に愛人なのかって?
夫は不在がちなので、それがわからないんです。
愛人の名目でスーパー家政婦連れて来られたとしか思えないんですよね。
あ。手土産のお菓子も彼女が作ってくれたんですよ」
驚きの声を上げる皆様。どこのパティスリーなのか訊いていましたものね。
「皆様のお聞きになりたいことはお話しできませんが、私、彼女を見習っていこうと思います。
皆様は私の成長を見守ってくださいませ」
拍手が送られ、我が家の催しに招待して欲しいと声をかけられました。
◇◆◇
「それからの我が家の催しはスーパー家政婦がコーディネートしたとあって、話題沸騰。招待客の選定が大変でした」
領地の大規模な夜会は50人程度でも、王都は300人以上、来てもらえなければ失敗と見做されます。その上、招待状の宛名以外の連れの食べる分も考えて、余り物を平民に施すつもりで用意しなければなりません。この施しの量が少なければケチな家だと噂を立てられ、多すぎても孤児院や貧窮院に持っていかなければいけません。
領地ではオーケストラができる人数の音楽家を雇うことは困難ですが、わざと余らせてる施しをする必要はありません。王都とは異なり、朝から晩まで農作業に従事する平民は、領主の館まで往復三十分も歩く余裕がないからです。
その代わりに、領主の妻子が老人や病人、働き手を失った家庭に、焼きたてのパンや薬を届けます。
大規模な夜会はこのような事情で開けませんが、招待客が決まっているお茶会や、軽食が足りなくても良いサロンなどは何度も開けます。
人気のある催しを開催していれば、家の評価は高くなります。
人気のある人物が来てくれれば、参加者が少なくても催しは大成功になります。誰だって人気者とお近づきになりたいので、そのチャンスとなる催しの開催家の評価も上がるのです。
「そして、夫に言われた通り、彼女に教えを乞うて、私の開催した催しは大成功。
我が家の催しは大人気となりました」
◇◆◇
「そして、お迎えの来た彼女は去って行きました。
隣国の王太子の元婚約者で、公爵令嬢だったそうです」
スーパー家政婦の正体が隣国の公爵令嬢!!
「浮気王子に婚約破棄されて、国境の森まで運ばれて、ひたすら歩いてこの国の村に保護され、領主だった夫に連絡が入ったそうです。
それだけでも酷い話だというのに、王妃教育と称して家事までさせられていたそうです。
スーパー家政婦誕生秘話が悲しすぎます。
公爵令嬢として、蝶よ花よと乳母日傘で育てられるはずが、家事までさせられて、スーパー家政婦と呼ばれるようになるなんて。
涙無しには語れない話です。
そんな彼女を夫の愛人だなんて誤解して、恥ずかしい」
「夫は彼女の存在を国に報告して、なんやかんや大変だったそうです。
無事、彼女の親族のいる国と連絡が取れて、そちらとの養子縁組が終わって、迎えに来たそうです」
「国外追放とはいっても、貴族の場合は目障りだから追い払う程度で、数年で戻れます。
それが身元を保証する物も追放中の生活費もないまま連れ出すなど、死ねと言っているに等しい行為です。
そのせいで、彼女の身元の問い合わせも、養子縁組も遅れたそうです」
「最後にしたお辞儀は、それはそれは見事でした。夫が見習うように言うだけありました」
悪役令嬢の国外追放後の隣国での出来事でした。