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10 ときめく景色の中で

 

 ◇◇◇


 それからひと月後、仕事の引継ぎを全て終えたイヴェルノは、小さな鞄一つを手に、アークレン家を後にした。


 彼の示した離婚の条件は────


 一に、リエタの不貞行為による離婚ではなく、円満離婚とすること。

 二に、共同名義になっている貸衣装業の店舗を、全てリエタの名義にすること。

 三に、アークレンが所有しているモウセム島を、イヴェルノの名義にして欲しいということだった。


 モウセム島は、叙爵した時に国王陛下から賜った領地の一つだが、本土からは船でしか移動出来ない上に、作物の育ちにくい土壌である為、アークレン家が扱いに困っていた離島だった。島民はほとんどおらず、何の生産性もない上、税金を納めなければならない。いわばお荷物と言っても過言ではないこの島を、イヴェルノは自ら引き受けると言うのだ。


 さすがにそれはとリエタは首を縦に振らず、話し合いは難航する。

 結局、一番売り上げの良い首都と、モーリー伯爵領の貸衣装店二店舗をイヴェルノの名義にすることで、譲歩する形になった。



 アークレン家を出たイヴェルノは、早速モウセム島に渡り、この土地を活かす方法を模索する。そこから十数年の年月を経て、国内有数のリゾート地へと生まれ変わらせるのであった。此処で得た利益の一部は、毎月アークレン家に送られ、それはイヴェルノとリエタが亡くなった後も、子孫へとずっと続けられることとなる。


 離婚から三年後、リゾートホテルの着工を機に、イヴェルノは一旦モーリー伯爵邸に戻り、手紙で連絡を取り続けていたレンティと再婚した。

 親戚の中には義妹との再婚を反対する者も居たが、モーリー伯爵領を見事に復興させたイヴェルノの必死の説得により、ほとんどが賛同し祝福してくれた。


 四年後、二人は最後まで再婚に反対していた親戚から養子を迎え、モーリー伯爵家の跡継ぎとして大切に育てていく決心をした。

 愛する妻と可愛い子供、そして前妻からの贈り物である仕事と真心。イヴェルノは様々な色に囲まれながら、天寿を全うするまで充実した生涯を送った。




 一方リエタは、イヴェルノとの離婚から一年後に、ハリーフと再婚した。

 成り上がる為だけに分不相応な結婚をして、挙句伯爵令息を捨てた。やはり平民には平民がお似合いだのと、面白おかしく噂をする者もいたが、幸せの前では実にちっぽけなこと。堂々と振る舞っている内に、次第に誰も何も言わなくなっていった。


 首都に拠点を起きたいと考えていたリエタと、首都の騎士育成学校で、剣術の講師をしないかと王室から誘いを受けていたハリーフ。

 結婚と同時に、二人は生まれ育った地を離れ、首都に移り住む決意をした。


 移り変わりが激しいこの場所で、リエタは新しい商品をどんどん生み出しては、女性実業家リエタ・アークレンの名と共に全国に広めていく。

 また数十年の後、優秀な王宮騎士を多く育成したとして、ハリーフは国王陛下から勲章と準男爵位を賜るのだった。



 再婚から五年後────

 実家のアークレン家の中庭よりも狭い庭。そこでは今日も、明るい笑い声が響いていた。

 ハリーフの逞しい両腕にぶら下がる、双子の息子達。くるくる回され、朱色の髪がふわりと春風になびくのを、リエタはブランコベンチに腰掛けながら、にこにこと眺めている。


「父上! 次は葉っぱで遊ぼう!」

「よし」


 ハリーフは汗を拭いながら、一本しかない庭の木に手をかざす。淡い桜の花がハラハラと散った後、鮮やかな秋色の葉が現れた。更に季節を移し、その葉を全て地面へと落とせば、子供達は大喜びだ。山にして潜ってみたり、腕に掬って投げてみたり。

 しばらく一緒に遊んだ後、ハリーフは朱い葉を一枚手に取り、リエタの隣に座る。彼女のショールにそれを飾ると、臨月の腹を優しく撫でながら語り掛けた。


「母上! お腹が空きました!」

「何か食べたい!」


 夫とよく似た顔で、ニカッと笑う息子達。朱い頭に付いた花びらを、リエタは指でそっと取り、幸せな気持ちで掌に握る。


「お家に入っておやつを食べましょう。今日は苺のドーナツよ」

「やったあ!!」


 家の中へと元気に駆けて行く双子。可愛い背中に向かい、「ちゃんと手を洗うのよ!」と叫びながら、リエタもゆっくり立ち上がった。

 背中をしっかり支えてくれる手に、リエタは安心して身を預ける。彼は良き主であり、良き夫であり、良き父親だ。それでも時には、幼い頃のように悪戯を仕掛けてみたくなる。


「あ、貴方も髪に花びらが付いているわ」


 取ってあげるという風に手で示すと、素直に腰を屈め、つむじを見せるハリーフ。その浅黒い頬に、リエタは弾けるように唇を落とした。不意打ちに驚いたハリーフは顔中に笑みを浮かべ、お返しとばかりにリエタを抱き締めては、恋人らしい切ない唇を落とす。

 腹の子に抗議されると、ハリーフは漸く離れ、くすくす笑う妻の小さな手を握り歩き出した。


 繋いだ指の隙間から、桜の花びらがふわりと零れ、風に舞う。ときめく景色の中を、ひらひらと心地好さそうに泳いで行った。




 ~ 完 ~


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
完結おめでとうございます! .・゜✭・ ついリエタに感情を持っていかれてしまいますが、誰が悪いとも云えないのだろうなぁと。 イヴェルノの態度には途中に「こんにゃろめ」とも思いましたが。笑 感想欄を拝…
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