2-3 濃霧
長らく「正体不明」とされてきた、不気味な触手を有する化け物。
しかしその正体は、それ自体は蜘蛛のような見た目で、他者に自身の胚を植え付け、寄生し、やがて宿主の肉体を食い破って新しい個体が生まれる…というサイクルを続ける妖怪の一種。
当然ながら、未確認飛行物体や超常現象とは何の関係も無く、かつてこの地で起きたという異変の黒幕とも一切関係はない。
少女とはぐれないようについていくこと数分。
「まだなのか?」
「もうすぐだよ」
龍神を前にして、二人は歩みを続けていた。
しかし…
何分、視界が悪い。
濃霧と化した霧のせいで、2メートル先も見えない。
「なんか、はぐれそうだな…」
姜芽はそんな事を言いながら歩いているうち、龍神の姿を見失った。
「…あれ?龍神?どこ行った?」
「何言ってんだ、俺はここに…」
彼は振り向いたが、後ろにいたはずの姜芽の姿が見えなくなっていた。
それどころか、声も聞こえなくなっている。
(…あれ?後ろを歩いてたはず…)
姜芽の気配はなくなっていた。
しかも、気づけば先程の少女も消えている。
(変だな…)
ここで、龍神はふと思いついた。
(ん?そう言えば…)
相手を完全に消す、いや、正体を消す力。
名前は出てこないが、そんな力を持つ者の話を聞いたことがあるような…
そんな気がした。
と、そこへ姜芽が走ってきた。
「姜芽!」
「よかった…ビビったよ。あれ、あの娘は?」
「申し訳ないが、はぐれてしまった。とりあえず、霧を抜けよう」
龍神が前、姜芽が後ろをゆく。
(しかし、あいつの名前…。あと少しで思い出せそうなんだが…。えーと、何だっけ…)
考えながら歩いていた龍神は、自然に猫背になってゆっくりと歩いていた。
その時、複数の刃物のようなものを振り上げる影が地面に映った。
見るが早いか刹那の速さで刀を抜き、振り向きつつ後ろにいたものを斬りつけた。
「ぐっ!」
「っ…!」
そこには姜芽ではなく、先端がナイフのように尖った、青と赤の翼のようなものを生やした化け物がいた。
青い翼?の先は切れ、青い血を垂らしている。
「思いだしたぞ…お前はぬえ、だったな!
あの娘に化けて、俺を殺すつもりだったのか!」
「もう少しだったのに。それより、なぜわかった?」
「影がバッチリ見えたんでな…」
「ちっ、ぬかったわ…」
「姜芽をどこにやった!」
「教えたところでどうせ見えないのだ、知る必要はない。
それより、私を斬りつけておいてタダで帰れると思うな!」
「心配すんな。タダで帰れるなんて思っちゃいない。
お前こそ、余計な事をしたことを悔やませてやるよ!」
まず、龍神が刀を構えて飛びかかった。
しかし、ぬえは容易くそれを交わし、すれ違いざまに攻撃をしてきた。
しかしそれは計算済みで、触手を三本まとめて受け止めた。
それを見たぬえは、もう片方の触手を伸ばしてきた。
龍神はこれも受け止め、電撃を流した。
そして、ぬえが感電している隙に触手ごと振り回し、近くの岩壁に投げつけた。
「ぐっ…!」
「まだまだだ。…そういや、お前はオカルトと関係があるんだっけか?
そういうのは大好きなんだ。なんなら一度生で見てみたかった。是非見せてくれないか?」
龍神の問いかけに対し、ぬえは、
「ふふ…そうか…。
いいだろう、見せてやろう。
その代わりに…」
そして、
「貴様の命を貰おうか!!」
と、飛びかかってきた。
これには対処が遅れ、龍神はモロに体当たりを喰らい、吹き飛ばされた。
そして、そこを逃さんと飛びかかってきたところを身をよじって交わし、再び触手を斬りつけた。
「!!」
右の触手を斬りおとし、赤い血が迸った。
「おお、右も左も一本ずつ…
なんか、それみたいのを見ると斬りたくなるんだよなぁ!」
そして龍神が再び斬りかかる。しかし今度はガードされた。
さらにその状態で蹴られ、またもや龍神は飛ばされた。
しかも今回は後ろに木があり、全身をしたたか打ち付けた。
「ぐほっ…!」
ここで怯む訳にはいかない。
動きを止めれば、大きな隙になる。
しかし、龍神は動こうとしなかった。
そこを見逃さず、ぬえはまたもや飛びかかった。
と、その時。
「かかったな」
龍神が怪しげに笑った。
その直後、
「!?」
ぬえは突然現れた、光り輝く檻に閉じ込められた。
「なんだ…これは!」
「電気の檻だよ。出ようとして柵に触れれば感電する。
触らないほうが身のためだぜ?」
ゆっくりと起き上がった龍神がそう言う。
「小賢しい技を使われると面倒だからな、気絶したふりをして誘き寄せて閉じ込めた。
あっさり引っ掛かりやがって」
龍神は柵の外で嘲笑う。
「き、貴様…!
私を出せ!この!」
暴れていると、柵に触れた。
高圧電流が流れ、ぬえは苦しんだ。
触手を失い、更に戦いによって傷ついた彼女に、もはやこれ以上暴れる力はなかった。
「さて、幾つか聞かせてもらおうか。まず、お前は何で俺達を襲った?」
「…食事のため」
「何だと?」
「生きるため!あんた達を食べるため!」
「他に餌はいなかったのか?」
「今どき、どこ行っても誰もいないのよ!
だから、勝手の効かない余所者ならと思って…」
「…ほう。じゃ次だ。どこで俺達の存在を知った?」
「知らなかった…ただの偶然!
森であんた達を見かけて、流れ者の外来人なら喰っても問題と思った。だから、引き離して一人ずつやろうと思ってたの!
なのに…あっさりバレて…」
「なるほどな。じゃあ、最後だ。本当の姜芽はどこだ?」
「さっきも言ったはず…。
どうせ見えないんだから、あんたが知る必要はないわ。
どうせあんた達は…ぎゃあああああ!」
「答えろ」
龍神は、鋭く冷酷な目で妖怪の首に刀を突きつけた。
「さっきいたあたり…里の近くにいるはず。
まあ…今頃はどっか行っちゃって、見つからないでしょうけどね!」
「ほう。…これでおしまいだ」
「そう…なら、さっさと出してよ!」
「出したら俺を喰うだろ?…まあそれも面白い、やってみてもらおうじゃんか。
お前にそんな事が出来るかは知らんがな…」
龍神はまた何か術を唱えた。
そして、
「ほらよ、出してやるよ」
と言って、指を鳴らした。
すると、柵が電気からレーザーに代わり、みるみる縮み初めた。
「ちょっと…!何す…!」
レーザーはぬえの体を焼き切り、縮みきると消滅した。
そして、ぬえは全身が檻の形にそって切り分けられた無数の肉塊と化し、その場に崩れ落ちた。
龍神はその中の一つ、顔だったと思われる部分を拾いあげた。
怒りに満ちた顔だった。
「化け物の癖に、小綺麗な顔しやがって」
龍神は刀を振り上げて電気の力で軟化させた。
そしてそれをローラーの様に変形させ、
「殺人技·[生体ローラー]」
ローラーのように転がして、肉塊を全て押し潰した。
おびただしい量の肉片と血が飛び散る。
目の前には血にまみれた、潰れた肉片が大量にあった。
その肉片の中から臓器だったと思われる物を取り出し、握り潰す。
ニチャニチャという生々しい音が響き、手は血の色に染まる。
「この感触…久しぶりに一仕事したって感じだな」
霧のかかった、無人の荒野。
無数の肉塊と、おびただしい量の血。
その中で、龍神は怪しげな笑いを浮かべた。




