2-4 竹林
二人はアリスの家を後にし、東へ向かった。
「はあっ!」
うろつく化け物を斬り倒し、ため息をつく。
「ちょっと待ってよ…」
凛達は、とある竹林に来ていた。
「なんで竹林があるのよ!しかも無駄に広いし、例のごとく化け物もいるし!」
凛は若干焦っているが、それも仕方ないだろう。かれこれ一時間はこの竹林でさまよっているのだから。
「凄いわね、本当に道がわかんない。出られなくなるってのも頷ける話ね、これは」
あおいは呑気なものだ。
「…あおいさん、あなた何呑気な事言ってるの!?このまま出られなかったら、どうするつもり!?」
「心配いらないわ。霧が出てないから、少なくとも本当の意味で迷う事はないはず。陽が出てるうちに、東に進むわよ」
あおいはときどき襲ってくる化け物を殴り倒し、凛を引っ張るようにして、ずけずけと奥へ進んでいく。
この広大な竹林の出口…もといそこに繋がるルートが、あおいにはわかるのだろうか?
「あ!あれは…」
「出口が見えてきた?」
「うーん…まあ、そんなとこね。
あれ」
あおいが指差すのは、茅葺きの一軒家。
「あの古民家がどうかしたの?」
「ええ、あれが見えたってことはもうゴールしたも同然よ。里までもそう遠くないはず。急ぎましょう」
とりあえず、凛はあおいの後を追っていく。
入ってみると、家というよりは何かの店?に近い事がわかった。
入り口に変な模様が書かれた暖簾が垂れていたし、中には座椅子とカウンターらしきものがあったからだ。
「ここは…何かの店っぽいけど…」
「店…とはまた違うわね…とりあえずあいつの顔を見にいきましょう」
そう言って部屋の奥へ続く暖簾をくぐろうとした時、
「しゃがんで!」
突然響いた声の言う通り凛はしゃがみ、あおいは軽く腰を落とした。
その直後、二人の頭上を何かが掠めていき、後ろで何かのうめき声とそれが倒れる音がした。
振り向くと、外にいたのと同じ化け物が倒れていた。
化け物の額には、一本の矢が刺さっている。
「…!」
「いきなり叫んでごめんなさいね、大丈夫だった?」
二人に声をかけてきたのは、青と赤のチェック柄という奇抜な服を来た女。
手に弓を持っていたので、今の矢を放ったのもこの女で間違いない。
「ええ…ありがとう」
ゆっくりと立ち上がり、凛はそう答えた。
「助かった。相変わらずお見事な腕前ね」
やはり、あおいはこの女を知っているらしい。
「とりあえず奥に来なさい。話を聞かせて」
奥へ通され、一つの座椅子に座らせられた。
「ねえ…」
凛は、女に声をかけた。
「なにかしら?」
「あなたは、ここに住んでいるの?」
「ええ、そうよ。私は…」
「八意永琳、月の姫に仕える医者。
そうでしょう?」
あおいが口を挟んだ。
「よくご存知ね。
でも、その言い方はちょっとよくわからないわ」
「え?何で?」
「私は、月とは何の関係もない。永きに渡って、地上で人間達を守ってきた…
ただそれだけよ」
それを聞いたあおいは、目付きが険しくなった。
「へえ…?じゃ、姫様とかそのオモチャの事も知らないの?」
「…あなたもそれを言うの?悪いけど、何の事だかさっぱり」
「じゃ、あんたのお友達は?家畜は?」
「友達はまだしも、家畜って…そんなのいる訳ないわ。私は天涯孤独の身なのよ?」
「…あっそう。じゃ、あなたは今何歳?」
「明確には覚えてないけど…だいたい5000万歳って所かしら」
凛は、この世界に来てから一番驚いた。
5000万年。10億年と言われているノワールの歴史の20分の1であり、凛の生きてきた年月をはるかに上回る時間だ。
いや、ノワールにも長生きしている者はいるが、凛が知っている限りでは長くても2000万年ほどだ。その2.5倍とは…
しかもその直後、
「それは変ね。あたしの知ってる所じゃ、あんたはその倍は生きてるはずなんだけど」
などという言葉があおいから飛び出したのだから、心臓が飛び出そうになった。
(倍、ってことは一億年!?)
凛の経過年齢が10000歳だから、その10倍だ。
これまでの凛の認識では、億単位の寿命を持つものなんて空の星くらいだったのだが…。
「…はあ。というかあなた達、もしかして彼らの知り合い?」
「彼らって?」
「名前は聞き忘れちゃったんだけど…どこかあなた達と似た雰囲気の、二人組の男がさっき来たのよ。確かノワール…とかいう世界から来たって言ってたわ」
「それ、多分姜芽と龍神ね」
あおいが答えた。
「あの二人、そういう名前だったの?
それで、あなた達は彼らと何の関係が?」
これについては、凛が説明した。
「姜芽は私の、龍神は彼女…あおいさんのパートナーなの。私達は彼ら二人を追いかけてきた。あ、私は凛よ」
「へえ、あなた達が彼らの…残念だけど、私は彼らが里のどこかにいる、って事以外知らないわよ」
「そう、残念ね。というかあんた、本当に月の連中の事覚えてないの?」
あおいがしつこく聞く。
「さっき来た二人の片割れにもそれを聞かれたけど、本当にわからないのよ…ただ、今の私に何かが足りない気はする。もしかしたら、それかもね…」
「もしかしなくてもそれよ!あんたには仕えてた人が、家畜が、お友達が、いたでしょ!」
あおいの熱弁に、永琳は少し引き気味のようだ。
「…それより、あなた達に聞きたい事があるんだけど、いい?」
「何?」
「最近、街で人間が突然暴れだして他人を食い殺す事件が起きてるのを知ってる?」
知らないはずがない。目の前で見たのだから。
「勿論よ。街で最初に知り合った人が、目の前で…」
凛は辛そうに語る。
「そう…それは、驚いたでしょうね。その事件についてなんだけど」
「何か知ってるの?」
「まず、あれは1ヶ月ほど前から起きていた事件なの」
「それは知ってる…」
「そう。あ、それと一つ確認だけど、あなた達は…多少残酷なものは大丈夫?」
その言葉を聞いて、凛は若干身構えつつも答えた。
「勿論よ」
「ならついてきて。見せたいものがあるの」
彼女はそう言って立ち上がり、さらに奥へ歩いていく。
『経過年齢』
実際に生きている年月で数えた年齢。
ノワールの異人は数年ごとに一つ加齢する「数年の命」を持つため、実際に生きた年月を表す経過年齢と、肉体の年齢を表す実質年齢の2つを持つ。
なお、異人によっては非常に長い寿命を持つものや極端に肉体の老化が進行しにくいものもおり、凛の種族である「霊騎士」もその一つ(凛は経過年齢10000歳で、実質年齢は25歳だが、その肉体は18歳の時のまま)。
『迷いの竹林』
この世界のどこかに存在すると言われる、未開の竹林。
非常に複雑かつ広大で、初めて訪れた者はほぼ確実に迷うと言われる。
怪しげな霧がかかっていることが多く、一説ではこれこそが来る者を迷わせているのではないかとも言われている…。




