2-1 惨劇の記憶
北西へ暫く進むと、森が見えてきた。
「あそこね」
早速入り口を探し、入ろうとするとあおいに止められた。
「待って」
「何?」
「ここで、何か感じない?」
意識を集中すると、何かの気配を感じる…という訳ではないが、森の中から花粉のようなものが漂ってきているのが見えた。
「花粉みたいなのが漂ってるけど…これがどうかしたの?」
「これは花粉じゃなく瘴気…というか毒キノコの胞子ね。まあ毒って言ってもごく弱いものだし、うちらに影響があるかはわかんないけど…さっさとお尋ね者を見つけて、出ましょう」
そそくさと森に入るあおいを追い、凛も森に入っていく。
森に一歩踏み入れた途端、酷い腐敗臭が襲ってきた。
「…っ、なんて臭いなの」
「これは、人間の肉が腐った臭いね。多分この辺とかに…」
あおいが臭いの中心となっている茂みを漁ると、原型がわからないほど腐り、一部が溶けだしていて、あちこち変色して虫がたかっている肉塊が出てきた。
それと共に、さらに強烈な臭いが襲いかかる。
「うっ…!」
そのあまりに醜悪な外見と臭いに凛は吐き気を覚え、口と鼻を押さえた。
「なかなかね…ここまでだと、見た目では人間かどうかすらわかんない。さすがに菫子ではないと思うけど…」
こんなおぞましいモノを前にしても、あおいは割と平気そうだ…
「ねえ…もう行きましょう…?」
凛は声を絞り出すようにして言った。
正直このままだと、いずれ吐くか気絶してしまいそうだ。
「だいぶキツそうね…ま、慣れてないと仕方ないわね。
ここで吐かれたりしても困るし、そうしましょうか」
…という事は、あおいはこの臭いに慣れているという事だろうか。
凛には、それが一番恐ろしく感じられた。
それ以降、あちこちで様々な死体を見つけられた。
男、女、若者、老人、子供…それらは、年齢性別関係なしに存在していた。
そしてそのいずれも、体の一部が食いちぎられていたり、ぐちゃぐちゃに引き裂かれていたりとかなり凄惨な事になっていた。
始めはそれらを見るたびに気分が悪くなっていたが、幾度も見るうちに何とも思わなくなってしまった。
臭いにも慣れてきたのか、だいぶ平気になってきた。
これは良いことなのか、悪いことなのか…
それは凛にはわからなかった。
「ちょっと、見てよこれ」
あおいは、腹が割けた少年の死体を指差した。
「何…?」
「この死体、何か変だと思わない?」
「何が変なのよ?」
「腹が裂かれて、内臓が綺麗にくり抜かれてる。こんな事ってある?」
「まあ…普通はない…でしょうね。でも、こういうとこなら…」
「いや、内臓だけ抜きとってく化け物なんて聞いたことない。少なくとも、人間や異人が元の化け物ではね。妖怪ベースの化け物って可能性もあるけど、あいつらはこんな器用な事しないだろうし。…この感じだと、雑魚どももなかなかに面倒かもしれない。こんなになってる死体、見たことないもの」
あおいが言うのだから、これは余程特殊な事なのだろう。
「面倒、ってどういう事?」
「知能が高いとか、戦闘力が高い奴が出るかも知れないって意味よ。場合によっては、近づくのも危険かもしれない。当然のことではあるだろうけど、遠距離の方がよさそうね。あと…あっ」
あおいはまた一つの死体を手に持った。
「これよこれ。ここにはこいつみたいに、妖怪って言われるやつも出てくる。基本的にはやれると思うけど…一応気をつけてね。奴らの中には、ちょっと面倒な奴もいるから」
「面倒って?」
「上位の妖怪よ。下位の連中に比べれば数は少ないけどね。あーそれと、もし怖いとか、不安だとかいう気持ちがあるなら、きっぱり捨てた方がいいわよ。あいつらは恐怖って感情から生まれた化け物で、恐怖や不安、悩みを持つ者に引き寄せられるから。戦いをハードモードにしたくなければ、余計な感情は抱かないことね」
あおいは殺人鬼という種族であり、恐怖や後悔を感じない。また精神力も非常に強く、誘惑や気絶といった精神への攻撃にもほとんど完璧な耐性を持っている。
「簡単に言わないでくれない?あなたはそういう気持ちがないからいいだろうけど…」
と、ここで奥の茂みからがさがさと音がした。
音は少しずつ近づいてくる。
そして…
茂みから、一人の女が口を開けて飛びかかってきた。
凛は素早く剣を抜き、女の頭部…口から首までの部分を斬った。
女は空中で絶命し、凛が回避したのでそのまま飛んで行って地上に落下し、頭部がばっくりと割れた。
凛は僅かに返り血を浴びた。
「こいつは…」
あおいは女をじっと見る。
その背には、鷲のような翼が生えている。
「人間じゃないわね。これが妖怪?」
「そう。でも、こんな感じの妖怪は多くないわ。人間とほぼ同じ姿のやつの方が断然多いのよ」
と、今度はさっきよりも広範囲の茂みががさがさと音を立てた。
「…っ!」
「行きましょう。ここは危ない!」
凛を筆頭に、二人は走り出す。
しばらく走ると、気配はしなくなった。
途中、またしても内臓が抜かれた死体を見つけた。
今度は少女。胸が抉られ、全ての臓器が抜かれていた。
「うわっ…なかなかキツいわね…」
凛
「そう?あたし達は結構な割合で見るけどね。でも、臓器だけ綺麗に抜かれた血まみれの死体ってのはなかなか見ないわ。…なーんかおかしいわね」
「何が?」
「考えてみてよ。血まみれの臓器を取り出すにしろ、それを持って行くにしろ、どこかに多少なりとも血痕が残るでしょ?それが全くない、ってのはなんか変よ」
「いや、どこを見てるのよ…」
しかし、確かに何か違和感を感じる死体ではある。
こんな無惨な姿になっているのに血痕が全くない。
「…言われてみれば変かも。内臓だけじゃなくて血も抜かれてるのかしら」
「試してみましょう」
あおいはナイフを造りだし、死体の左腕を切りつけたが血は出なかった。
「あなたが正しいみたい。しかし血を吸い付くしていくなんて、あたかも吸血鬼の仕業ね。というか…」
「こんなとこで何やってる?」
「え?」
二人に、魔女のような格好の女が話しかけてきた。
(え…?誰?)
凛は驚き、また、困惑した。
「ここは最近、変な怪物が出るって噂の場所だぞ。誰だか知らないが、死にたくなきゃ早く帰れ!」
よくわからないが、取り敢えずこいつは忠告をしてくれているようだ。
「え、そうなの…?」
「あらあら、ぶしつけねぇ。私はともかく、凛さんはあんたを知らないってのに」
「んな事どうでもいい。私は、こんな所で訳もわからず死んで欲しくないんだ」
「ん?どういうこと?」
「この辺は、私らですら正体を掴めてない怪物がうろついててな…そいつはここに来た多くの者を殺し、内臓と血を抜き取っていく。その死体どもが証拠だ。奴は今、私らが必死で情報を集めてる。…とにかく、そいつらと同じ姿になりたくなきゃ、さっさとここから立ち去れ!」
魔女?はとにかくここは危ないから去れ、と訴えてくる。
「よくわかんないけど、心配はいらないわ。あたし達なら大丈夫だから」
「そう言って死んでった奴が山ほどいるんだよ!これ以上、人間の数を減らすわけにはいかない。例えよそ者まともな奴の数を減らす訳には…!」
「あたし達は人間じゃないんだけど。そしてあんたはうちらの心配出来るほど強いっけ?それに今のセリフ、矛盾してない?あんたも人間でしょ、魔理沙」
魔女は、眉をひそめた。
「っ…お前も私を知ってるのか…」
「も、って事は…?」
「さっき、知り合いの家で変な男二人組に会ってな。そのうちの片方が、何故か私らの事を知ってた。初対面なのに名前を読んでくれやがったぜ。丁度、お前みたいにな」
「ふーん。で、その二人は今どこに?」
「どこかに行ったよ。行き先は知らんが、情報を集めてるって言ってたから、里に向かった可能性が高いと思うな」
「里、ね。わかった、ありがとね」
「…。ま、とにかく早くここからいなくなった方が身のためだ。私は忠告したからな!」
魔理沙はそう言い残し、去っていった。
「はあ…里かあ…」
「戻る事になるのよね。でも、これで姜芽に会えるなら…」
「旦那に会いたいがためにそこまでする?ま、あたしもあいつの顔を見たいけど。変な化け物もうろついてるみたいだし、遭遇しないうちに行きましょう」




