1-5 お約束
「ねえ」
凛は、あおいに声をかけた。
「何?」
「今、どこに向かってるの?」
「博麗神社ってとこよ。幻想入りしたら、まずはあそこに行くもんだからね」
「幻想入り…って何?」
「外からこの世界に来ること。まあ、厳密にはちょっと違うんだけどね」
「ちょっと違う、ってどういう事?」
「基本的には、この世界に来る方法は紫って奴に連れてこられることだけなのよ」
「紫?」
「ちょっと説明が難しいんだけど…ま、簡単に言えば、この世界の表向きの支配者ね。そいつは外とこことの境界を弄くれる能力がある。それを使って、外から色んな奴を連れ込んでくるのよ」
「その人は人間なの?」
「まさか。妖怪よ。それも、大妖怪って言われる存在。平たく言えば、強大な力を持つ化け物ね。…言っとくけど、この世界に人間なんてほんの少数しかいないからね?」
「え?じゃ、さっきの女性は?」
「あー、アリス?あいつは魔法使い。元々人間だったらしいけど、今は人間とは別物」
「魔法使いって、種族名なの?」
「そうよ。他に蓬莱人、吸血鬼、仙人、悪魔、神、妖怪、邪仙、鬼、妖精、亡霊、幽霊、魔界人、月人…ま、ここに存在する種族はこんなとこね。人間が元の種族も結構いたはず」
「へえ。…あれ、じゃあなんで人間は少ないの?」
「単純に戦闘力が劣るっていうのもあるけど…一番は、奴らの餌になってることでしょうね」
「餌…!?」
「ええ。奴らの大半は、人間を喰う種族。しかも外見は普通の人間とさほど変わらないから、事前知識がないと訳もわからないまま喰われる事になるわね」
「何それ…そんなの、異形と同じじゃない」
異形とはノワールに蔓延する、いわば「魔物」や「モンスター」と呼ばれる存在の総称。
多くは人を喰らい、殺し、理性を持たずに憎しみと殺意だけで生きており、異人でも人間でも他の動物でもないとされる。
「そうね、異形に近い存在だとも言えなくはないわね。けど、あたしは奴らを一括りにして「化け物」って呼ぶのが確実だと思うわ。ノワールの異形と東方の化け物は、色んな意味で全くの別物だからね」
「…ていうか、あなたはなんでそこまでここの事を知ってるのよ?」
「昔やってたからね」
「やってた、って何を?」
そんな会話をしているうちに、目的の場所についた。
「ずいぶん長い階段ね…登ってくのは大変そうだわ」
「越えてけばいいだけじゃない?」
あおいは頂に見える木の枝にモーニングスターを投げて鎖を巻き付け、鎖を収縮させて登っていった。
「いつも思うけど、よくあんな事やれるわね…」
凛は体を霊気で包んで浮かび、頂上へ向かった。
頂上には神社があった。
そして境内であおいが何か、キョロキョロしていた。
「何か探してるの?」
「ここの巫女を探してるんだけど…あ、そうだ」
あおいは本堂に近づいていき、おもむろに賽銭箱に小銭を投げ込んだ。
「何してるの?」
「呼び鈴代わりにやってるの」
「え?」
凛が知る限りでは、今あおいがやったのはお参りという神聖な行為の手順の一つのはず。
それで人を呼ぶとは一体?
「今ので人なんて呼べるの?」
「まあ見てなさい…」
数秒後…いや、数秒もしないうちにか。
本堂の裏側から、何かが猛スピードでこちらに向かってきた。
「誰!?今の!」
声の主はあおいを見て、無表情で聞いた。
「今の、あなた?」
「ええ。あんた…」
「っ!!」
女はあおいに飛びついた。
「誰だか知らないけど、最高ね!私、お参りしてくれる人だーい好き!!」
「…相変わらずね。まず、離れてくれる?」
「はいはーい!」
女はあおいから離れた。
改めて見ると、この女はかなり派手な格好だ。赤と白ベースの服、顔ほどもある赤いリボン…こんな格好の者は、ノワールではまずいない。
「それで、あなた達は誰?」
「見ればわかるでしょ」
「いや、わかるわけないでしょ…強いて言えば…外来人?」
「そうそう…で、私達はあんたと話をつけたくて来たの」
「何?何でも言って?」
女は随分とご機嫌なようだ。
「じゃ…霊夢、今回の事件について何か知ってる事はない?」
あおいは唐突に女の名前を呼んだ。
それを聞いた女は瞬時に落ち着き、同時に目付きを鋭いものに変えた。
「…なんで私の名前を知ってるの?ま、初めてじゃないからいいんだけど」
「初めてじゃない、ってどういう事?」
今度はあおいが鋭い目付きで霊夢を見る。
「さっき、あなた達と同じように私の名前を知ってる外来人が来たの。空から降ってきて、本堂を盛大に壊していったわ。…その後メチャクチャ頑張って、今はほぼ直し終わったけどね」
「そいつらはどんな奴らだった?」
「ちょうど貴女達みたいな変な格好をした、二人組の男よ…うち一人が、私…いや、幻想郷の事を知ってたわね」
「それって…!」
凛もあおいも、それとなくわかった。
「その二人、名前を名乗ってた?」
「確か片方は…姜芽?とか言ってたかしら」
それを聞くや否や、凛は霊夢に一歩歩み寄った。
「姜芽に会ったの?ここで!?」
「何?あなた達の知り合い?」
「私の夫よ!彼を追ってこの世界にきたの!」
「え、そうなの?」
「ええ。ついでにその二人のもう一人はあたしの男よ。
どこに向かったかわかる?」
「それはわかんないわよ…あ、でも、さっき文が森で変わった男二人組を見たって言ってたから、それかもね」
「森って言うと…魔法の森か。あの二人、あんなとこで何するつもり?あそこにいるのなんて《《物好き》》と《《こそ泥》》、あとは…」
「何を一人でぶつぶつ言ってるの?」
「…あ、ごめんなさい。まず、その二人は森に行ったのね?」
「らしいわよ。追うんなら追えば?貴女達の旦那なんでしょ?」
「その森はどこにあるの?」
「北西に行けばあるわよ」
「え、ここから北西?」
あおいは首をかしげた。
「…言いたいことはわかるわ。でも最近は集落や山、屋敷がまるまるキロ単位で移動してるからね…」
「そういや里でもそんなこと言われたっけ。てか、あんたは動かないの?」
「どういう事?」
「そのままの意味よ。異変が起きてるのに、何もしないの?」
「…しない。というかできないわよ。私はただの人間でしかないんだから」
「え?」
子供のように素朴な疑問を投げ掛けるあおいの目を見て、霊夢ははあ、とため息をついた。
「…その目、あいつとおんなじね。あいつも私が飛べるだとか、強いだとか、訳わかんない事ばっか言ってた。バカじゃないの?って話よ。異変解決できる程強かったら、今ごろこんな所でこそこそ隠れてなんかないっつーの」
「…それもそうね」
あおいは意外とあっさり引き下がった。
「じゃ、行ってくる。あんたのお友達にもよろしく言っとくから」
「はいはい」
…と、ここで思わぬ訪問者があった。
「聞かせてもらいましたよ」
「ん?」
「誰よ?今取り込み中なんだけど」
「それは失礼しました。…用のある方がここにいらっしゃると聞いたので」
階段を登ってきたのは、白リボンを巻いた黒い帽子を被った、茶髪の女だった。
「なに?この二人に用があるの?」
「ええ。最初は霊夢さんに頼もうと思ってたんですが、お話を聞かせてもらった限り、このお二人の方がよさそうなので」
「何よそれ!」
「唐突ですがお二人さん、私が誰かわかりますか?」
そんなこと言われても当然、凛にはわからない。
「わかる訳ないでしょ…」
「ええわかるわよ。宇佐見蓮子、うちらと同じく外から来た人間の占星術師。これでいい?」
あおいは違ったらしい。
「結構です。
やはり私を知っているのですね…」
「当然よ。で、何の用?」
「お二人はこれから魔法の森に行かれるそうですね。なら、そのついでに探してきて欲しい人がいます」
「誰を探せと?」
「貴女、私や霊夢さんの事をご存知なら、菫子の事は知っていますか?」
「そんな奴もいたっけ。あいつがどうかしたの?」
「彼女は3日前に魔法の森へ向かって以降、行方不明なんです。泊まってくるとも言っていませんでしたし、現地の者に聞いても知らないと言っていました。もしかしたら森の中で迷っているか、あるいは妖怪に襲われたのかもしれない…。心配ですが、不用意に森に入れば私も危ない。なので、貴女方にお願いしたいんです」
「そういう事ね。わかったわ」
凛がそう答えると、蓮子はありがとうございます、と深く礼をした。
「ふう…余計な仕事が増えそうね」
あおいはあまり気が進まないのか、億劫な様子だった。




