1-3 犠牲
氷の妖精とよくつるんでいるというやや大柄な妖精。
目撃例は多いが、意外にも本名は不明。
「大妖精」と呼ばれているが、妖精たちを取りまとめているリーダー…というわけではなく、人望はともかく統率力はほとんど無い。
戦闘力も皆無に等しく、敵に襲われても逃げるか、わざと死んでしばらくした後に復活する、というくらいのことしか出来ないようだ。
「…」
凛は霊力の治癒効果が効かなかった事に驚き、また、目の前の命を救えなかった事を悔やんだ。
「どうして…どうして…?」
命石はノワールのものなので、この世界の住民には効かないものだった可能性もある。
しかし、さっきの女は?
多くの人間がいる中で人に襲いかかり、喰い殺すなんて。
さすがにそんな事が当たり前、なんて事はないだろう。
とすると…?
「凛さん!無事ですか!?」
阿求の声が飛んできた。
「阿求さん!どうして?」
「悲鳴が聞こえたから、気になって来たんです。って、え…」
凛の後ろの惨状に気づいたようだ。
「…その女が、店員に噛みついたのよ!だから…」
「殺したんですか?」
「…仕方なかったのよ!店員は助けようとしたけどダメだった…。こいつに喰い殺されたのよ!」
「そんな…うっ…!」
阿求は突然口を押さえ、店の外へ走っていった。
(ショックを受けたのかしら…それとも…)
店内には噎せかえるような酷い臭いが充満している。
その主は羽の女だった。
よく見れば、羽の女の肌は所々変色して腐っている。
臭いの原因はこれか。
しかし、どうしてさっきは臭わなかったのだろうか。
「凛さーん?いるー?」
あおいの声が飛んできた。
「あおいさん!きて!」
「何よ?…うっ、この臭い…待ってて、今すぐ行くから!」
「ずいぶん早かったわね?」
「ちょっと厄介事に巻き込まれてね…あなたが心配になって戻ってきたのよ」
「そうだったの…そうだ、阿求さん見た?」
「見たわよ。川辺で吐いてた。一体何があったのか聞いたら、本屋で恐ろしいものを見たっていうから…」
「…」
「これは…」
「こいつ、いきなり店員に噛みついたみたいなのよ。そしてそのまま、喰い殺してしまった。やめさせようとしたんだけど、力が異様に強くて全然…」
「へえ…」
あおいは2つの屍をじっと観察する。
「何かわかる?」
「…そうね、何となくわかった。まずこいつらは、小鈴と大妖精」
「この二人、そう言う名前なの?」
「そうよ。喰われた方が小鈴、凛さんが殺ったのが大妖精」
「妖精?妖怪とか言うやつじゃないの?」
「小鈴は人間、大妖精はそのまま妖精よ…妖怪は…まあ、とりあえず今は関係ないわね。で、大妖精がこんなになった理由は見当がつく」
「本当!?なんなの?」
「ウイルスよ。それも恐らく人工の、新型のウイルス。
こいつ、というより妖精全体が感染したんじゃないかしら」
「なんでそう思うの?っていうか、他に妖精がいるの?」
「ええ。こいつのお友達にチルノって奴がいるんだけど、さっき街の東でそのチルノに襲われたの。あいつは通行人にいきなり襲いかかって肩を食い散らかした。そして、頭を破壊するまでしつこく襲ってきた」
「…」
「面白いのはここからよ。そいつに喰われた人間と、うちらの近くにいた複数の人間も似たような化け物になって襲ってきた。状況的に、ウイルスが原因だと考えるのが妥当じゃない?」
「確かに、ウイルス感染と同じ感じだけど…でもそれだと、誰かがこの世界で生物テロを起こしてるってことになるわ。誰がそんな事を…?」
「それはわかんない。けど、とにかくまずい事態なのは確かよ。このままだと、いずれここは壊滅する。そうなる前に…」
ここで、店先に誰かの気配を感じた。
阿求が立ったままカタカタと震えていた。
「い、今のお話は…」
「今の、って?」
「ここが、壊滅するって…」
「あー、それはね…ちょっと長くなるんだけど…要は、誰かがばらまいた、見えないモノによって皆死ぬって話よ。妖精たちもそれのせいで…」
「…」
「んでも大丈夫よ。必ず、私達が食い止めてみせるから」
もう阿求は、葵の話など聞いていなかった。
そして、
「ううっ…痛い、!」
胸を押さえて座り込んでしまった。
「ちょっ!?大丈夫!?」
苦しむ阿求の目は充血し、血管が紫に変色していた。
凛はそれに気づいていなかったが、あおいは気づいていた。
そして…
突然、阿求は頭を垂れて大人しくなった。
「…大丈夫?」
少しの沈黙の後、凛が声をかけると、阿求は顔を上げた。
…しかし、何かがおかしい。
次の刹那、
阿求は凛に掴みかかっていた。
…紫の眼をぎらつかせ、歯を剥き出しにして。
「っ…!?」
とっさの事に驚いたが、噛みつかれるギリギリで受け止めた。
しかし向こうは力が強い。このままでは…
「はっ!」
素早く蹴りを入れて突き放した。
すると阿求は玄扇を取り出し、それを振り上げて走ってきた。
素早く剣を抜いて攻撃を受け止め、阿求を弾き飛ばす。
そして続けざまに、
「剣技 [ハイスピード·スナイパー]」
高速で阿求の胸を突く。
しかし阿求は構わず噛みつこうとしてくる。
「っ!」
すぐに剣を抜き、今度は口に刺す。
剣は阿求の後頭部を貫通し、息の根を完全に止めた。
「はあ…危なかった…」
「手伝うまでもなかったみたいね」
「ええ、何とかね。…」
「仕方ないわよ、やらなきゃあなたが殺られてた。
それに、わかってるでしょ?「異常区画」では、これがルールなのよ」
生きて帰りたいなら、何が何でも生き残る。
感染したなら、たとえ仲間であっても殺す。
それが、あおいの言う「ルール」だろう。
「…そうね。これは…仕方ないのよね…」
「こういう所では、他人に変な情けをかけないほうが身のためよ。別れが辛くなるからね」
あおいは殺人鬼だ。他人に愛着や興味を抱かず、深い関係を築かない。そして、人を傷つけても何も思わない。だから平気でそんな事が出来るのだろう。
しかし凛は違う。
とは言えもしウイルスや細菌などが原因なら、特効薬か何か発症を防ぐ方法があればよいのだが、それがない以上は殺す他ない。
寧ろ、感染した仲間は殺してやるのが最大の情けであるという考え方もある。
最も、これもまた殺人鬼の考え方だが。
「…凛さん、行きましょう」
「ダメだったか…」
「そりゃあね。妖精と人間で奴らをやれる訳がない」
「いいや、そんな事はない。人選をちょっと間違えただけだ。次はもうちょい強いのを送りつけてやるさ」
「それでやれると思うの?あいつら、下手な妖怪より強いと思うんだけど」
「心配すんな。あの雑魚どもを送ったのは、小手調べをするために過ぎない。あいつよりもう少し強い奴はいるからな」
「あんたの事?」
「…残念だけど違うな。私は私で、始末しなきゃない奴がいるんでね。次は、例のあいつを奴らによこす」
「…はあ、もういい。ま、取り敢えず好きにすれば?
私もそろそろ行きたいからさ」
「そうか。鱈腹喰ってこいよ」
「勿論よ」
「行ったな。さて、私もそろそろ準備しないとな」




