1-2 街
人間の里の中でも有力な一族の血を引く者。
生涯のうちに経験したことを決して忘れない能力を持っており、その能力を活かして作家として活動している。
転生も出来ると言われているが、その能力の代わりに短命な一族であり、自身の余命もそう長くは無い。
里の外れで本屋を営む人物。
里で唯一の書店であり、訪れる者も少なくないというが、当の本人はただの人間に過ぎない。
申し訳程度に「本に記されている絵を飛び出させて操る」という能力を持っているが、そもそもの書物が少ない上に絵がない本だと力を発揮できないため、他の能力者と比べるとやや物足りない。
万年氷に魂が宿った「妖精」の一種。
天然で無邪気かつ単純なことから、様々な所で愛されている。
多少氷や冷気を操れる程度で、熱にはめっぽう弱く、高い再生力などがあるわけでも無く基本的には非力だが、妖精の特性上耐久力は異様に高い。
凛に声をかけてきたのは、花柄の髪飾りをつけた和服の少女だった。
「立てますか?」
「え、ええ…」
少女のさしのべた手を掴み、立ち上がった。
「ありがとう」
「いえいえ。ところで、あなたはどこからきた妖怪なんですか?」
「妖怪?」
「え?妖怪じゃないんですか…?」
「まさか。私はそんなものじゃないわ」
凛は、服についた土をはらいながら言った。
「とすると、外来人でしょうか?」
「外来人…」
「別の世界から来たんですか?って事です」
「それなら多分当たりね。私は、ノワール界って世界から来たのよ」
「ノワール…聞いたことないですね。
私は阿求。ここは幻想郷という世界です」
「幻想…阿求…どっちも知らない名前ね…」
本当に別の世界に来てしまったらしい…。
長らく何もないとされてきた狭間の東の果てに、こんな世界があったとは。
「そうだ、あおいさんは!?」
「あおい…って、もしかして…」
阿求が指差す方に倒れていたのは…
「あおいさん!」
すぐに駆け寄る。
息はあるようだ。
「あおいさん!起きて!」
「ん…あ、凛さん。大丈夫だった?」
「私のセリフよ!大丈夫なの!?」
「ええ…怪我もなさそうだし。ん…」
あおいは阿求を見た。そして、
「阿求…?って事は、ここは幻想郷?」
と言った。
「!?」
凛と阿求の二人は驚いた。
「なんで私の名前を…?それに…」
「あ、驚かしちゃった?ならごめんね。まあ、話せば長いんだけど…要はね、あんた達は外で創作の登場人物として知られてるのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ま、うちらがいた世界でここを知ってる奴はほぼいなかったけどね」
確かにそうだ。
凛はこれまで、沢山のノワール界のゲームや漫画、小説を見てきたが、こんな格好の人物が出てくる作品や阿求、幻想郷という名前は聞いたことがない。
「じゃ、今ここで何が起きてるかも…?」
「それは知らない。何か異変でも?」
「はい…。異変、というか、ここ最近色々と妙な事が起きているんです…」
「何それ?」
そして、阿求は語った。
半年前から異常な程の地殻変動があちこちで起きていること。
3ヶ月前に狂妖病と呼ばれる新種の病気が流行ったこと。
1ヶ月前から一部の人間が突然凶暴化し、他の人間や妖怪を襲うという怪事件が多発していること。
「…そういうわけなんです。ですから…今は…」
「みんな警戒してて、よそ者は白い目で見られる、と?」
「そうです。なので、あなた達のような方がいると…」
凛は辺りを見渡す。
確かに、通行人たちは彼女らを変な目で見ている…
「…行きましょう」
「え?ちょっと、どこ行く気なの!」
「みんなに疑われるなら、どこか他の所に行けばいいだけでしょう?」
「なんでそうなんのよ!無実の罪で罪人扱いされるのを受け入れるの?少なくとも、あたしはそんなのごめんだけどね」
「…」
そこに阿求が割り込む。
「あの…」
「何?」
「ここは人通りが多いので、西通りに行きませんか?あそこなら、人もあまりいませんし…」
「わかった。そこに行きましょう」
阿求の案内で西通りへ向かう事にした。
しかしその道中、あおいは何か喋ったり、首をかしげたりして、どうも落ち着かない様子だった。
「つきましたよ、ここが西通りです」
そこは川を横にみてまっすぐ伸びる街道だった。
「なんか、あたしの知ってる通りと違うわね…」
「そうでしょうね。何しろこの街は、元の場所から移転して作られたものですから」
「え?そうなの?」
「はい。さっき言い忘れていましたが、元の里は地殻変動の影響で住めなくなってしまったんです。なので、里から少し北の平野に新しく『街』として集落を作りました。それがここです」
「へえ…?」
あおいはまだ何か疑問があるようだったが、それを言う事はなかった。
「それで、ここは何で人通りが少ないの?」
「単純にメインの入り口から遠いというのもありますが、一番は、ほぼ何にもないことでしょうね。この通りの店は本屋くらいしかありませんから」
「本屋って?」
あおいが反応した。
「小鈴さんという方がやっている本屋です。名前は…えっと、そうそう。白虎庵です」
すると、あおいはえ?という顔をした。
「白虎って何?それにあんた、何で忘れてるのよ?」
「え…?」
「ちょっと、あおいさん?どうしたのよ?」
「おかしい。阿求、あんたは自分が見聞きしたどんな事も忘れない筈だし、小鈴の本屋はそんな名前じゃない!」
あおいの言葉には、妙に熱がこもっている。
「どんな事も忘れない…って、私にそんな力はないですよ…?」
「…は?」
「あおいさん…一体、どうしたのよ?」
「これは、ちょっと面倒かもね…もしかしたら、みんなの記憶が弄くられてるのかも」
「どういう事?」
「この世界の奴らは、多様な能力と複雑なしがらみを持って生きてる。それらに関する記憶と事実の一部が誰かに改変されてるのよ、恐らく。でなきゃ、こんなの絶対におかしいもの!」
「あおいさん…」
「すみませんが、あなたの認知しておられるものと今のここと、どこがどう違うのか私にはわかりません。そんなに言うのなら、他の所も見てこられたらどうですか?」
「そうさせてもらうわ」
あおいはそそくさといなくなってしまった。
「…はあ」
思わずため息をつく。
「あの人、何なんですか?」
「まあ、ちょっと癖強めな人だからね…私はもう慣れてるけど、付き合わされるのはなかなか大変なのよね」
「そうでしょうね…」
「全く…早く見つけなきゃないのに…」
「誰をですか?」
「夫よ。私と彼は同じ船に乗ってきたの。けど途中で船が爆発して、私はここに流れ着いた。だからきっと、彼もこの世界のどこかにいる。早く見つけて帰らなきゃ」
「…そうですか。早く見つかるといいですね」
「そうね。そうだ、ちょっと本屋にいきたいんだけど、場所教えてくれる?」
「ここを真っ直ぐいくと左手に出てきますよ。看板が出てるのですぐわかるかと」
「わかった、ありがとうね」
凛は一度阿求と別れ、本屋へ向かう。
文字は読めないがそれっぽい看板が表に出ている建物の前についた。
(ここかしら?)
中を覗いてみると、間違いなく本屋だった。
客は立ち読みをしている者が数人。カウンターらしき場所に立つ女性。
それともう一つ、若干ふらつきながら店内を歩く女。
女の背中には透明な羽が生えている。
(あの女、人間じゃないわね…あれが妖怪ってやつ?)
よくわからないが、店員が気にしていない以上大丈夫だろう。
さっそく適当な本を手に取り、開いてみた。
…しかし、すぐに閉じた。
というのも、凛は日本語が読めないのだ。
ノワールでは「メテラル語」という独自の言語が用いられる。ただし普段から翻訳術というものが使用されており、使う言語が違う相手と話した場合でも、発言の内容は互いにわかるようになっている。
しかし欠点があり、紙などに書いた文字の内容はわからない。
(全部日本語ね…ああ、あおいさんか姜芽がいれば…)
あおいと姜芽、それに龍神は人間界の出身だ。
大抵は彼らが読んでくれるのだが、それにずっと甘えていた事を今後悔していた。
(ひらがな?だったかしら。簡単な単語くらい、覚えとけばよかった…)
そんな事を思っていたその時、突然甲高い悲鳴が響き渡った。
そして、客はみな悲鳴を上げて一斉に店の外へ逃げていった。
「何!?」
最初の悲鳴が聞こえたカウンターの方へ向かうと…
さっきふらついていた羽の女が、店員を貪り喰っていた。
「な…!」
女を後ろから掴んで引き離そうとするが、なかなか離れない。
(なんて力なの…!)
そこで仕方なく剣を抜き、女の頭に突き刺した。
女は一瞬ピクッと痙攣したような動きを見せ、動かなくなった。
「大丈夫!?」
女をはがし、店員に駆け寄る。
「…ぁ……………あ…………」
店員は胸部を喰われたらしく、着ている着物の胸元が破れて血まみれになっていた。
(とりあえず応急処置を!)
虫の息の店員の胸部に手を当て、傷を癒す「治癒」の霊力を流す。
しかし、出血も止まらなければ傷口も塞がらない。
「嘘…!?」
そうしているうちに、店員は息を引き取った。
あおいは街の東側へ赴いた。
内心、団子屋でもないかと思いながら。
(にしても…)
過ぎ行く人々を見ながら思う。
(この世界の有名キャラはもれなく女なのに、ここだけは男も普通にいる…ほんと、不思議なものよねぇ…)
と、興味深いものが目に飛び込んできた。
道のど真ん中を俯いたまま歩く、水色のリボンに水色のスカートを身につけ、背に透明な羽を生やした少女。
(あれは…チルノ?あいつが一人で歩いてるなんて珍しい…ちょっと見てみましょうか)
ぼんやりそんな事を思い、適当な店のベンチに腰かけて観察する事にした。
チルノはしばらくゆっくり歩いていたが、やがて歩みを止め、顔を上げた。
(何するとこ?)
一人の男が前から歩いてくる。
そしてすれ違いそうになったとき、チルノは男の左肩に襲いかかり、そのまま男を押し倒し、血を溢れさせながらその体を貪り始めた。
これには、さすがのあおいも驚いた。
(な…何してんの…!?)
たちまち辺りはパニックになり、通行人はみな逃げ出した。
しかし、そんな事お構い無しにチルノは男を喰らい続ける。
「チルノ!!」
あおいは後ろに行き、その名を呼んだ。
振り向いたその顔は、焦点の合っていない目に変色した肌と、とてもあおいの知っている彼女のそれではなかった。
それは生き血にまみれた歯をむき出しにして、奇声をあげながら走ってきた。
「っ!」
あおいはとっさにアッパーを食らわせた。
チルノは吹っ飛んだがすぐに立ち上がり、再び襲いかかってくる。
そこであおいは、今度は鞭を振り上げるようにしてチルノの腹を貫き、吹っ飛ばした。
しかし、やはりすぐに立ち上がってくる。
「しつこいわね!」
足に鎖を巻き付け、体を地面に何度も叩きつけてぐちゃぐちゃに潰した。
すると、もうチルノは動かなかった。
代わりに、先ほどチルノに喰われていた男が立ち上がってきた。
体の一部が変色し、関節が異常な方向に曲がっており、肩や肘から異形の骨が飛び出している。
しまいには、口や耳から紫の液体を垂れ流している。
(感染したパターンか…なら!)
組み付かれる前に頭を叩き潰して仕留めた。
ふとあたりを見渡すと、今の男のような化け物が何体も…ここからわかるだけでも10体はいる。
それらは、バラバラにこちらへ迫ってくる。
(バラで来られると少し分が悪いわね…)
…とかなんとか思いつつも、結果的には全員殴り飛ばした。
「ふう。これは思った以上に面倒そうね…」
そう呟きながら武器をしまう。
「…!」
気配を感じ振り向く。
腕が潰れ、腹が裂けて内臓が覗き、胸から骨が見える。そんな状態になってもなお、チルノが立ち上がってきた。
「さすが、最強さんは違うわね!」
皮肉交じりのセリフを吐きながら、口に短剣を突き刺しつつ拳で頭を叩き潰す。
今度こそ確実に死んだ事を確認し、手についた血と肉と骨が混じった液体を拭き取る。
(これ…)
こいつだけでなく他の人間たちもそうだが、血が紫色になっている。
そして今襲ってきた連中はみな、明らかに変異していた。
「新型のウイルスか…でも誰が?」
今は見当もつかない。
「とりあえず、凛さんの所に戻りましょう」




