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東方訪問記  作者: 明鏡止水
姜芽編
33/64

7-5 変わった感染体

「天界」と呼ばれる地域に住まうとされる化け物。

プライドが高い、様々な武器や凶器を扱う、自由に体を硬化させられるとも言われる。

特殊な環境に置かれた事で変化した下級の妖怪か、自力で天界にたどり着いた人間の成れの果てではないかとも言われているが、真偽は定かではない。

しばらく進むと、突然背後に何かの気配を感じた。

次の瞬間、後ろから大きな振り子が迫ってきた。


「!!」

間一髪で回避した。

振り子は二人の前方でピタッと止まり、虚空に消えた。


「なんだ、今の…」

まわりには、何かをぶら下げられるようなものはない。

そして、ここは屋外だ。当然ながら、天井も壁もない。

もちろん、二人が通る時に怪しいものは何もなかった。

となると、今のは一体どこから現れたのか?


「避けたか。でも今ので素直に死んでいたほうが、まだ幸せだったのに」

声がした方を見上げると、一人の女が浮いていた。


「にしても、無音の後ろからの攻撃を交わすとはね…」


「何者だ?」


「今の振り子はお前の仕業か?」


「他に何がある?しかし、配置を失敗したか?横に置いて、首を切ったほうがよかったかもな」

そう言いながら、そいつは降りてきた。

肩まである青い長髪に赤い瞳。なにかの模様が入った服に、奇妙なデザインの帽子。

龍神は、こいつの正体はすぐにわかった。


「天子…か。お前が今の振り子を…」


「…あんた、私を知ってるのね。聞いてた通りだわ」


「誰から聞いてたんだ?」


「それを知る必要はない。今、一体何が起こっているのか。この先に何があるのか。そして、私が何故ここにいるのか。それを、あんた達が知る必要はない」


「それは、どうしてだ」

天子は、無言で手に短剣を出して構えた。

「…そうか。ならいいぜ、お望みの形で聞いてやる」


姜芽は炎をまとい、瞬速で斬りかかった。




「…!」

異様な感覚と光景に驚きを隠せない。


姜芽は斧をその肩に振るった。

しかし、傷一つついていない。

それどころか、普通に受け止められている。


(弾かれた…?)

と、その隙に肩を掴まれ、腹に短剣を刺されて突き放された。


「っ…!こいつ、どうして…!」

血が溢れ出す脇腹を抑えながら、姜芽は唸った。

「どうしても何も、そんな低級な武器で私の体を傷つけられる訳がない。そっちの男から聞いておけばよかったのに」


「どういうことだ…?」

ここで、龍神が説明に入る。

「あいつに物理は効かない。全身の皮膚を自由に硬化させられるんだ」


「なんだその能力…」

天子は手元の短剣を虚空に消し去って言った。


「正解。じゃああんた、私の能力は知ってる?」

右手を掲げ、一本の剣を生み出して握る。

そしてそのまま、突っかかってきた。


「っと!」

素早く受け止め、そのまま斬り合う。


そこに姜芽も参戦し、斧を振り下ろす。

天子は斧を左腕で受け止め、姜芽を吹っ飛ばした。

体が硬いだけでなく、力もあるようだ。

畳み掛けるとばかりに飛びかかってきたので、素早くジャンプして回避しつつ、斧を構えて縦に回転し斬りつける。



斧に炎をまとわせていたためか、天子は頬に火傷を負っていた。

その傷を一瞬片手で押さえつつ、再び斬りかかってくる。

二人がかりで応戦するが、龍神はともかく姜芽は少々分が悪い。

そこで姜芽は全身から炎と衝撃波を放ち、向こうを吹き飛ばした。


そしてそこに、龍神が斬り込む。

鍔迫り合いをしている所に、姜芽が突っ込む。


この作戦は成功し、天子は次は胸に炎を受けた。

「火か…もっと派手なの出してくるのかなーと思ったのに」

天子は体の周りに複数の短剣を浮かせ、その一つ一つを回転させながら回し、徐々にその直径を縮めてきた。


「[核熱放散]」

姜芽は自分の体を中心に円形の炎を放ち、短剣をすべて焼き払った。

そして、天子に斧で迫る。


「やるじゃん。でも、これならどう?」

天子は右手で剣を押し込みつつ、左手に槍を生成した。


身を捩って槍の一突きを交わし、顔を狙って斧を振るう。

しかし顔にも刃が通らず、むしろ槍による反撃を受けてしまった。


貫通はしなかったが、右の脇腹を刺された。

反撃で向こうの左の脇腹を狙ったが、やはり弾かれた。

左手に魔弾を生成して放とうとしたが、そのまえに膝蹴りを食らって飛ばされた。



天子は龍神の刀を腕で受け止めていたが、やがてその刀を掴み、投げ飛ばした。

そして、まずは姜芽の方に向かってきた。



刹那のうちに、姜芽は考えた。

どこか、どこかに糸口があるはずだ。

経験上、弱点が無くて完璧な敵などいない。

無敵に見える相手でも、必ずどこかに急所がある。

だが、それはどこだ…?



ふと、自分とは反対側に飛ばされた龍神が何か合図してきていることに気づいた。

彼は姜芽を見つめ、自分の目に手を当てている。


「…!」


姜芽は素早く立ち上がり、ふたたび斧で天子に向かう。

当然受け止められたが、すぐに体を反らしてバランスを崩させ、腕を掴んで剣を取り上げ、遠くに投げ飛ばした。

そして素早く短剣を取り出し、その左目に突き刺した。

「ぎゃっ!」

天子は悲鳴を上げ、左目を押さえる。

目からは血と同時に、透明で粘性のある液体が流れ出した。

続けて右目も狙ったが、こちらは受け止められた。


「あぁ…あ、あんた…よくも私の目を!!」

右目で姜芽を睨みつける様子には恐怖を感じたが、怯んでいる暇はない。

天子は新たに短剣を生成し、同じことをしてやるとばかりに姜芽の目を狙ってくる。

しかし姜芽は攻撃を全て受け止め、そして叫ぶ。

「龍神!なんとかできないか!」


「え…!?あ、ああ、今考えて…」


「なっ…!?頼む、早く…!」

その時、天子の短剣が姜芽の下唇を貫いた。

姜芽はその痛みで、動きを一瞬だけ止めてしまった。

するとたちまち右の頬を刺され、胸を左から右にかけて切り裂かれ、仰向けに倒された。


痛みもそうだが、溢れ出す血が口に入ってくるせいでまともに喋れない。

「まだよ?私の目を潰した代償を払ってもらうわよ」

天子は姜芽の額を突き刺す。

「!!!」

姜芽は声にならない叫びをあげた。


「ちっ…次は俺か…うわっ!」

龍神は新たに生成した鞭を巻き付けられ、壁に叩きつけられた。


「さてと…お楽しみの時間ね」

天子は姜芽に馬乗りになってにんまりと笑い、顔全体を花弁のように開いた。

侵食が進み、その内部構造までもが大きく変わり果てた、かつての美しい女の顔。

それは天狗のものよりおぞましく、より多くの獲物を貪るための口として開かれた。



その時、突然白い霧のようなものが現れた。

それはたちまちあたりを覆い尽くし、姜芽から天子の顔も見えなくなった。

そして霧が晴れたころ、姜芽の上に乗っていた天子は表情そのままに凍っていた。


「間に合った!」

龍神は、手に魔導書を持っていた。


「それは…?」


「これは、何年か前に戦いのいろはを教えて、そのまま一緒に冒険した女の子が使う術の力が宿った魔導書だ。

そしてその効果は、周囲のものを瞬間的に凍らせる…ってものだ。…こいつとて生物、瞬間的に凍らせれば脆くなるのは道理だ。

しかもこの術は、相手の体の内側まで氷漬けにできる。つまり…」

龍神は一旦言葉を切り、凍りついた天子を姜芽の上から転げ落とし、足を高く上げ、首を勢いよく踏みつけた。

首は砕け散り、あたりに凍りついた肉片が散らばった。


「とりあえずはこれでよし。姜芽、治療するぞ」


龍神はノワールの回復アイテムである「命石」を取り出し、姜芽の唇に当てた。

「命術 [再生]」

姜芽の唇と胸からの出血が止まり、傷もみるみる塞がっていく。

「…助かったぜ。治癒魔法を使う手前が省けたよ」


「こっちでも命石は使えるみたいだな…ああそうだ、次に行く前に、こいつに止めを刺させて欲しい」

龍神は石をしまい、凍りついたままの天子に目線を移した。


「あれ、大丈夫なんじゃないのか?」


「終わりとは言ったが、念のため頭を潰しておく」

龍神は天子の顔を覗きこむ。

まだ生きてはいるようで、目玉をギョロリと動かしてきた。

みかんの皮のように裂け、めくれた顔が動く様は、何とも気色悪い。

「さすが、統領娘様はしぶといな。…しっかし、哀れな奴だ。大人しく地上にいたほうが、絶対よかったと思うぜ?」

龍神はそう言うと、その頭を思い切り踏みつけた。

頭は粉々になり、凍りついた骨と肉片と目玉、そして脳らしき臓器の一部があたりに飛び散る。


「今度こそ、よしだ。さあ、進もう」


「なあ…」


「ん?どうした?」

姜芽は、気になっていた事があった。


「今の奴…ちょっと変わってたような気がしてな」


「何がだ?」


「さっきの天狗と同じような変異を起こしてたけど、言葉を喋ってた。天狗は、喋らなかったよな?」


「そう言えば…まあ、前に来た時に変異した有名連中も喋ってたし、同じようなもんじゃないか?」


「そうかな…」

なぜか、今の女はこれまでに見た感染者とは違うような気がした。



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