6-5 対峙
妙に長い梯子を登りきると、やけに、立派な扉があった。
それは鍵などはかかっておらず、普通に開いた。
そしてその奥には…
「来たか」
「凛央!」
凛央は、広めの部屋の中央に佇んでいた。
その佇まいは、どこか優雅さも感じられる。
「もはや言うまでもあるまい。さっさと始めよう」
凛央はそう言ってきたが、龍神はそれを止めた。
「待て。幾つかはっきりさせたい事がある」
「…いいだろう。どうせ最後だ、何でも答えてやろう」
この言い方からすると、2人を破る自信があるのだろうか。
「今回のウイルスへのワクチン…というか、特効薬はあるのか?」
「もちろんだ。すでに完成品を大量に用意している」
「そうか、で、ウイルスを拡散するのには何か装置を使ったんだろ?それは、今あるのか?」
「ある。もちろん稼働もする」
それなら大丈夫そうだな、と龍神は思った。
彼は、ウイルスを拡散した時と同様のやり方で薬を撒こうと考えていたのだ。
そして、次は姜芽が質問する。
「狂妖病…ってのも、お前がばら蒔いたのか?」
「ばら蒔いた、というのは結果的な事実として間違いないが、意図的にばら蒔いた訳ではない」
これは意外だった。
「じゃ、何だ?漏洩とでも言うのか?」
「大正解だ。最初は複数種類のウイルスの改良型をいくつか作り、その中でもC.S.T開発に都合のいいものを厳選し、放つ予定だった。
そしてあれもまた、その過程でできた試作ウイルスの1つに過ぎなかった。私はこれを散布するつもりはなく、二本のビンに入れて保管…というよりほぼ放置していたのだが、ある時アクシデントが起きてな」
「アクシデント?」
「詳細は省くが、本当に予期せぬ事だった。
ウイルスはまたたく間に広がり、至る所で感染者が出た」
「…それで?」
「あまりに予定外の事だったのでな、始めは少しばかり焦った。
だが、地上の連中は思ったよりも行動が早かった。奴らが優秀であったおかげで、私は苦労せずして大量のデータを確保できた。
さらに、結果的に求めていたウイルスも得られた。そして今回の感染例を元に、新作ウイルスの感染シミュレーションも容易にできた。結果として、大した苦労をせずに莫大な利益を得られた。」
「…ほほう。それと、皆から奪った能力はどうした?」
「全て魔水晶にして、奥の部屋にまとめて置いてある」
魔水晶とはノワールのアイテムの一つで、魔力を固めたものである魔力結晶の中でも特に純度の高いものにつけられる呼称。
魔力だけではなく、物体や何らかの方法で固めた力を中に封じる事もできる。
特に、凛央は他者の能力を奪う異能を持っている。それを最大限活用したといった所だろう。
「なるほどな。最後に、俺たちをここに連れてきたのはどうしてなんだ?」
「それは簡単だ。お前らを使い、感染体の臨床データを集めるという目的があったからな」
「戦闘データか」
「そうだ。如何なる生体兵器でも、肝心の戦闘力を知れるデータがなければ意味がないからな。
わざわざノワールの連中を連れてきて、C.S.Tやその候補と戦わせたのには、もちろん訳がある。
普通の人間が奴らと戦った所で、大したデータは取れない。かといって小娘どもはもはや、将来的に売り出す商品ないしその原型となり得る、貴重な素体。争わせ傷つけ合わせるのは惜しかった」
小娘…?と姜芽は一瞬思ったが、凛央は2000万年は生きる司祭だ。
そんな凛央からすれば、この世界の連中はほとんど赤ん坊のようなものなのだろう。
「だから連中の能力を…戦闘力を大きく奪って、争えなくしたと。同時に、一部の記憶も改ざんした訳だ。
結果として、連中を完璧に無力化しつつ、新しい化け物に変異する可能性を秘めた感染者にできた…と」
龍神が、そう言った。
「ん?というか、ひょっとして…あの船の爆発も、お前が仕込んだことだったのか?」
「本当のトラブルだとでも思ったか?そもそもお前らを迎えに行くのに使ったのは、船のコピーだ。本物の船は今も健在だ。
私はまず、事前に結界の適当な所に穴を開けておいた。お前らを連れて来る船も、途中で爆発するように仕込んでおいた。
それら、一連の準備が上手く行っただけのことだ」
2人は黙った。
「ついでに、今回のウイルスについても教えてやろう。今回のウイルスは中々面白い性質でな、適合者と非適合者では、感染後が明確に異なる。
非適合者は感染した時点で自我を失う。ただし、発症するまでは普段の能力や外見、性格には一切変化はない…俗に言う『哲学的ゾンビ』のような状態と言えるな。
そして、奴らは感情が昂る時、真の姿となる。
身体能力と知能は急速に低下し、やがて血を吐き出し、化け物へと変貌する。
能力、特性、仲間。全てを失った、哀れな人外の化け物ども…。奴らに、ぴったりな末路だと思わないか?
そしてお前らも、奴らをここまでに幾度も見てきただろう」
「てことは…」
「気付かなかっただろう?お前らがここまでに会ってきた連中の大半は、すでに感染し私が操っていた、生きた人形だ。
C.S.T.開発の時間を稼ぐのと、データを集めるために、お前らに各地を回らせた。そして頃合いを見て、C.S.T及び感染者どもとお前らを戦わせた。まあ、発症せずに終わったものがいたのは予想外だったが」
黙り込み、複雑は表情を浮かべる龍神に、凛央はこう尋ねた。
「まだ聞きたいことがある、という顔だな?」
「ああ…ウイルス散布に使ったモノはまだ生きてるって話だったが、結局どんな手を使ったんだ?」
「上空からウイルスを散布し、空気感染させた。今回のウイルスはとにかく感染ルートに富んでいるからな」
「なるほど。そしてそれはまだこの城にある、と?」
「そうだ」
「そうかそうか」
龍神は、わざとらしく頷いた。
「質問は終わりか?」
「ああ。まとめると…ここでお前をぶっ潰せば万事解決、って訳だ」
「俺もそう思うな。…凛央、観念しろ」
龍神は刀を抜き、姜芽は斧を構える。
それを見て、凛央は特別な笑みを浮かべた。
「…ふふ、そうこなくてはな。さあ、宴を始めよう!」




