5-2 闇の通路
心を見透かす化け物の姉妹。
その妹は人間に強い興味を持ったが、その能力故に人間はおろか妖怪からも煙たがられ、迫害された。
やがて自ら目を閉ざし、人間か妖怪か問わず標的を狩る暗殺者となった。
その目のみならず、心までも閉ざされているのだろうか。
城の通路には、地上にいたような化け物はいなかった。
その代わりに、一面に真っ黒い霧のようなものが立ち込めており、視界がすこぶる悪い。
「なんなんだこれ…これじゃ、まともに前が見えない…」
「黒い霧…か。まるで…」
龍神がそんなことを言った直後、姜芽は突然立ち止まった。
「…どうした?」
「龍神、気をつけろ。奴らがすぐそこにいる」
「え…!でも視界がこれじゃ、まともに戦えない。どうすれば…
ん?まさかとは思うが…」
「敵のそばまで踏み込むしかなさそうだな。
今までとはまた違った、危険な戦いになりそうだ」
「…わかった。注意していこう」
二人は背を任せ合った状態で、恐る恐る進む。
と、誰かがこちらに走ってくる音がした。
姜芽は斧を構える。
ところが、走ってきたのは一人の少女。
「はあ…はあ…。
よかった、間に合って…!」
「?君は…?」
その少女を見て、龍神はにわかに驚きの声をあげた。
「ありゃ、こいし様じゃねえか。なんでまたこんな所に?」
「私は、お姉ちゃんと…。
いや、それより、早く逃げて!」
「え?」
「お姉ちゃんの部下…あいつらが、あなた達を狙ってる。
この霧の中を早く抜けて…逃げないと、あなた達…!」
事情がよくわからない姜芽だが、とりあえずはこう言った。
「…わかった。忠告感謝する。
だがな、俺たちは引き下がる訳にはいかないんだ。
大丈夫だ、化け物くらい、簡単に倒して見せるさ」
「えっ…?」
こいしは不思議そうな顔をしたが、彼らの表情を見ると、少しばかり安心したようだった。
「ちっ…」
火燐は、舌打ちをした。
「あの出来損ない…余計な事しやがって。
もう少しで、奴らを闇討ちに出来たのに。
まあいいや。この闇がある限りはこっちのもん。
あんた達は何も見えないだろうけど、あたしらは違うんだよねえ。
何も見えず、訳もわからないまま、無惨に死ぬんだね」
「…」
姜芽は、斧を構えたまま歩く。
「ねえ…」
こいしが、姜芽に話しかけた。
「どうした?」
「手に持ってるそれ、何?」
「これか?これは斧だよ。…見たことないか?」
「うん。初めて見た」
そう言えば、先の館で出てきたメイドも斧を見て物珍しそうにしていた。
この世界には、斧というもの自体が存在しないのかもしれない。
人間の歴史では、必須と呼べる物の一つだったのだが。
「まあそうかもな。
…そう言えば、確かに東方で斧使いは見たことないな」
龍神もそう言っていた。
斧は何かと不遇扱いされやすいが、姜芽は普通に優秀な武器だと思っている。
確かに斧は、槍や剣と比べると重みがあり、扱いづらい所はあるが、一撃の破壊力は剣や槍のそれとは比にならない。
それに、そもそもの威力が高いので、比較的難度の低い技でも高い威力を発揮できる。
上手くいけば相手を即死させる事も容易いし、壁などを破壊するのにも使える。
パワー系寄りである姜芽には、もってこいの武器だったのだ。
「見た感じ…近接?」
「ああ。基本は振り回して使う。投げる事もできるけどな」
振り下ろし同様、ノワールではよく見られる使い方だ。
射程は弓に劣るが、予備動作が短く済むし、威力も高い。
「投げる…?てことは、遠近両用なんだね。
珍しいな、そんな武器ナイフくらいしか見たことなかった」
「ナイフか…まあ確かに投げて使えるな」
「私、近接の刃物はナイフ以外だと剣とか刀、あと槍、鎌くらいしか知らないの。
外の世界には、いろんな武器があるんだね…」
「そりゃ、まあ…な。てか、もしかして武器好きなのか?」
「うん…仕事で必要だからね」
「仕事?」
「そう。私は…」
「暗殺者」
龍神が言葉を代弁し、こいしは彼の方を見た。
「…」
「お前ら二人は覚という種族の妖怪。だが、お前は3つ目の目を自ら閉ざし、代わりに姿を消す能力を得た。
そしてそれを使って、あちこちの組織に雇われる暗殺者になった…そういうことだったよな」
「そう…私は、依頼された相手を殺して、その依頼をした人から見返りを得ている。
そうでもしないと…生活していけないから…」
「生活していけない…?」
ここで、龍神が再び説明を始める。
「こいつには姉がいる。で、姉はともかく、こいつは人間と仲良くしたいと思っている。
この二人は、他者の心を見透かす能力を持っている。
その能力故に同族からも人間からも嫌われて、暗くてさびしい地底に逃げ込むようにして住みついた。
こいつは自ら目を閉ざし、能力を捨てた。だが、その代わりに相手の盲点に入り込んだり、『無意識』を操ったりする能力を得た。
そして、自身と姉…ひいては飼っている家畜どもの生活が少しでも楽になるようにと、暗殺稼業を始めた。
こいし自身は好きなんだ…人間の事も、姉の事も。
だから、多少汚れた事をしてでも、日々頑張っている。
大好きな姉が、少しでも人間を犠牲にせずに済むように。家畜…もとい仲間達が、楽に暮らせるように…な」
「そう…なのか?」
こいしは、うつむいて言った。
「…なんで、知ってるの?」
「お前らの調べはついてる。つくづく思うよ、本当に可哀想な子だなって」
「私が、可哀想…?」
「ああ。…ま、余計なお世話かもしれんがな」
ここで、姜芽は一つ、気になった事を聞いた。
「なあ、君に聞きたい事がある」
「なに?」
「君の姉…ってのは、人間を喰うのか?」
こいしは、辛そうな顔をした。
それから、なんとなく察した。
「…見たくない」
「えっ?」
「私は、お姉ちゃんも人間も好き。
だから、見たくない。お姉ちゃんが人間を襲う所も、食べる所も…」
妖怪なる存在が、人間を喰らう化け物である、というのは事実のようだ。
だが、そればかりでもないらしい。
そして、こいつのように、感情と本能の狭間で葛藤に苦しんでいる者もまた、存在するようだ。
「そのために、暗殺稼業を?」
「私は、正しいことをしてるとは思わない。
でも、これで私が稼いで、それでお姉ちゃんが人間を襲わないで済むなら…」
「…」
正直、難しい話だと思った。
だが、今は彼女と話している場合ではない。
「それより、姉がどうしたって?」
「…あっ、そうだった。お姉ちゃんは、飼っているペットと一緒にあなた達外来人を殺そうとしてる。…あの人に命令されてね」
「あの人?」
「真っ白い服を着た、外来人の女の人。
顔は優しいんだけど、私はあの人が怖い。
平気で、みんなを…」
そこまで言った時、こいしは突然咳き込みだした。
「…!?」
「うっ…うぅっ…!」
こいしはそのまま、紫色の血を吐き、そして…