4-3 謁見
この地域を実質的に支配する、血塗れの吸血鬼。
幼いながら、どこか高貴な印象を受けるその姿を見た人間は、生きて館を出る事は叶わない。
神と呼ばれた存在が鍛えた名槍を扱うとも、相手の辿る運命を見通す能力を持っているとも言われる。
道中ではちょくちょく、妙なものが襲いかかってきた。
それは、羽の生えた人間のメイド…のようなものだった。
龍神によれば、あれはここの主の牙にかかった人間の成れの果てであるという。
「この世界では、吸血鬼に殺された人間はまずゾンビになる。で、それは日光に当たると消滅する。
でも、それは肉体だけの話で、魂は消えずに彷徨い続ける。
その魂を作り物の肉体に閉じ込めたものが、あれだ。
『妖精メイド』なんて呼ばれてるが、妖精でもなければメイドでもない。ただの、生きた死人…化け物どもの奴隷だ」
それらは、いずれも短剣を持って襲いかかってきた。
姜芽からすると少し分が悪い相手だが、さほど苦戦はせずに蹴散らせた。
「数は結構だが、大したことないな」
「そりゃ、戦闘員みたいなもんだからな。
それより、ここのボスがメインなんでな」
そんな会話をしながら進んでいくうちに、立派な両開きの扉の前に来た。
「ここ…っぽいな」
「だな。…あ、ちょっと待ってくれ」
龍神はなぜかサングラスをかけ、ワイヤレスイヤホンを耳に入れた。
謎の行為に疑問を感じながらも、姜芽は左側、龍神は右側の取っ手を掴む。
「準備はいいか?
ここの領主様は、短気で血の気の多いお方だ。
くれぐれも失礼なく…そして、退屈させないようにな」
「…了解だ」
「それじゃ、行くぞ…!」
二人は、力いっぱい扉を引いた。
そこには、この館に入る時からここまでに出会った二人が。
「あれ、お前らは…」
「さっきぶりだな」
「お二人揃って、なんでここにいる?」
「あんた達の最期を…見届けるためよ」
メイドは、落とされた腕を辛うじて繋げたらしく、まだ繋ぎ目の部分を押えている。
「そうかそうかい。で…」
龍神が言いかけた時、向こうの二人の間にいた人物が喋った。
「二人の外来人よ、よくぞここまで来た」
それは後ろを向いたまま、語りかけてきた。
「ん…なんだ、もしかしてあんたが…?」
「そう…私がこの館の主。名前は…言うまでもないか。
お前の相方が、何もかも知っているはずだからな」
龍神は、鼻で笑った。
「さすがだな、お嬢様。よーくわかっておられる…」
「当然でしょう。ここにお前達が来ることも、今までのお前達の動向も、全てお見通しよ。
でも…ここに来たのは命取りだった」
そして、女は振り向いた。
「私は、この世界で最悪の悪魔と呼ばれる吸血鬼。
外来人よ…せっかくだ。お前達には、私が直々に洗礼を見舞ってやる」
蝙蝠ようの翼を生やした女。
その顔は子供のようだが、どこか高貴な印象を受ける、不思議な顔だった。
「洗礼…だと?」
「そう。
私の前に現れた者は、誰であろうと殺す。
しかし、私はお前達の強さを知っているし、認めている。
そこでだ…一度だけ、機会をやる」
女は、優しい口調で喋りだした。
「これから100年間、私の下僕となりなさい。
そして、有能だったら、私と同じ存在にして自立させてあげる。無能だったら…」
一度言葉を切り、その紅い瞳を光らせ、牙を覗かせた。
「私の糧となってもらう。…どう?
この話を受けるなら、少なくとも今後100年はあなた達の命は奪わないし、生活も私が保証する。
悪い話ではないと思うのだけど?」
「…」
姜芽は、考えるフリをした。
なぜなら、答えは始めから決まっているからだ。
「断る」
「あらそう。なら…」
女は、不気味に笑った。
「最初の予定通り、あなた達を死なせてあげる」
「上等じゃねえか。やってみろよ」
姜芽は武器を構えようとしたが、どうやら違うようだった。
「…そうじゃない」
「え?」
「私は、お前達と戦って殺すつもりはない。
もっと、私の恐ろしさを誇示できる方法で殺す」
「どういう事だ」
すると、龍神が口を開く。
「そうか、能力…だな」
「その通り。
…姜芽、だったな。最期に教えてやる、私は運命を操る能力を持っている。
故に、お前達の死に様も容易に決められるのよ」
「…俺の名前をご存知だったか」
「当然だ。…さて、まずはどちらから殺してやろうか」
女はじろじろと二人を交互に見、龍神を捉えた。
「…よし、まずはお前からだ」
すると、館の住人二人が騒ぎ出した。
「来ましたね…」
「これで、あいつも終わりね」
(大丈夫…なのか…?)
姜芽は、龍神の身が心配だった。
さて、蝙蝠女は宙に浮き上がり、目を光らせて龍神に語りかける。
「龍神…それがお前の名だったな。
私の言葉を、よく聞くがいい…」
「ああ、聞いてやるさ。
けど、あんたみたいなへなちょこの予言なんぞ当たるもんか」
すると、女は翼を大きく広げて龍神に突っかかり、
「な、なんだと、へなちょこだと…?私の力を知っているなら、私の予言が、当たるか当たらないか…」
とすごんだ。
「聞いてやるって言ってんだろ。けど、もし予言が外れたら、素直に言う事を聞けよ、このお子ちゃま吸血鬼」
女は恐ろしい目で龍神を睨みつけ、今にも飛びかからんばかりの形相をした。
しかし、龍神は構わず続ける。
「その代わり、まあそんな事は万に一つもないだろうが、もしあんたの予言が当たったら、俺はあんたの望みをなんでも聞いてやる。
わかったか、このアホンダラのかりちゅま小娘!」
「き、貴様…言ったな…?
…よし、もし予言が外れたら、貴様らの望みを聞いてやる。だが、もし予言が当たったら…貴様は、半永久的に私の部下としてくれる。いいな…?」
「なんでもいい。ほら、早くやれよ」
女は怒りに震えながら、深呼吸して予言を始めた。
「龍神よ…お前は、この後この館の屋上に出る。
そして、この館の時計が8時を指す時…地上へ飛び降りて生を終えるのだ…」
女が予言をしている間、龍神はポケットに手を入れてじっとしていた。
そして、予言が終わった後もそのままだった。
「おい、龍神?」
姜芽に揺すられ、龍神ははっとしたようだった。
「…あっ。姜芽、終わったよな?」
「ああ。8時きっかりに屋上から飛び降りる、って言ってたよな…」
「屋上のどこでだ?」
「そこまでは言ってなかったよな?」
「…そうか。よし、行こう」
向こうの3人は、不敵に笑いながらも手は出さずに屋上へ登らせてくれた。
そして…
「ここにするか」
龍神はサングラスとイヤホンを外し、時計台のすぐ後ろの所で止まった。
「ここで、8時きっかりに飛び降りる、だよな?」
「あいつはそう言ってたな」
二人がそう話している間、メイド達はニヤニヤしながら話していた。
「これで、奴らもお嬢様の力を思い知りますね…」
「私達に勝てても、お嬢様には勝てなかった、って訳ね。いい気味だわ」
正直、姜芽は不安だった。
本当に、予言は外れるのか?
龍神は、生き残れるのか?
8時まで、あと1分。
姜芽は、心臓をバクバクさせながらその時を待った。
そして…
時針が8時を指し、時計が鳴り響く。
それと同時に、龍神は飛び降り…
なかった。
「…」
皆は黙っていたが、分針が1分を指しても龍神が動かないのを見て、喋りだした。
「龍神!よかったよ…!」
「はは、ヒヤヒヤさせて悪かったな、姜芽。…さて」
龍神は、領主の方を見た。
「残念だったな。ご覧の通り、あんたの予言は外れた」
女は、悔しさと怒りの入り混じった、複雑な表情を浮かべた。
「な、なんで…?どうして…?」
「そんな事は、後で"ゆっくり"考えるんだな。
とにかく、約束通り話を聞いてもらうぞ」
「…!」
女は、驚きを隠せず、口をあんぐりと開けた。
「…」
彼女は黙り込み、考えた。
そんなはずはない。
今まで、私の予言は全て当たってきた。
こいつにだけ通じないなんて、そんな事があるはずない。
これは、何か…何かある。
…そう言えば、奴はなぜかサングラスをかけていた。
しかも、私の予言が終わっても微動だにしなかった。
…もしや。
なるほど。
そうか、そういうことか。
「…!!」
女は、手を握って震え出した。
「ん?どうした?」
「やったな…」
「え?」
「お前…私を騙したな!」
「あんたと魅魔と青娥には言われたくねえなあ!」
「貴様ぁ…!!」
女は飛び上がり、槍を抜いた。
「二人まとめて串刺しにしてくれる!
私をバカにしたこと…後悔させてやる!!」
今度こそ、武器を使う時だ。
「やってみな!」
「スピア・オブ・オーディン!」
女の槍技を見て、龍神はほえ?ととぼけた声をあげた。
「十八番の技じゃないのな。…もしかして、名前変えたか?」
「…!!」
女はもはや返答すらせず、彼に噛みつこうとした。
「おっと」
姜芽が女の手に斧を振るい、それを阻止する。
女は手を引き、その甲から赤黒い血が飛び散る。
「変な色の血してんな」
女は、姜芽の首に槍を突き立てようとした。
姜芽はそれを躱し、女の首に炎を纏わせた拳を入れた。
女は姜芽の肩を掴み、牙を剥く。
「[ファイアガード]」
火のバリアを張って防ぎつつ、斧を振り上げる。
そして、女と姜芽は睨み合う。
「俺が相手だ。…吸血鬼って聞いたが、あんた、どれくらい強いんだ?」
「…」
女は、姜芽を見る目つきを少しだけ和らげた。
「そうか、あんたは私を知らないんだっけ。
…まあいいわ。これから身をもって知る事だし、言う必要はないわね」
「確かに俺は、あんたの事は知らない。
けど、強い奴だってことはなんとなくわかる」
「…へえ、多少は見る目があるのね。あんたに関しては元々欲しかったけど、尚更欲しくなったわ」
「なんで俺を欲する?」
「外来人、あるいは男。どちらかだけでも貴重なのに、その両方となれば、希少価値も当然高い。
そして、そんなものを欲しいと思うのは当然でしょう?」
「…そうか。つまり、あんたは俺達をモノとして見てる訳だな」
姜芽は斧を火で包む。
「俺はモノじゃない。そして、あんたのものになるつもりもない。[ロードスフレイム]」
そして斧を振りかぶって高く飛び上がり、
「斧技 [アクスインパクト]」
女に斧を叩きつける。
槍で受け止められたが、火が武器を伝って女の手を燃やした。
女が手を離したその隙に、燃え盛る斧を振り上げて切り払う。
「奥義 [炎斧残月]」
女の体を縦に一直線に斬り裂いた。
「…っ!」
女は一瞬怯んだが、すぐにまた突っかかってきた。
少しの間やり合って、姜芽は直感した。
こいつは、かなりの使い手だ。
回復力も高いようなので、長期戦は分が悪いと判断した。
そこで…
「…そうか、あんたは運命を操るんだな…」
「そうよ。でも、あんたには未来はないけどね」
「どうだろうな…」
自身の体を火で包み、この場所に残る女の力と自身の力を組み合わせた、術を放つ。
「[運命ヲ焼キ払ウ炎]」
猛々しく燃え盛る炎が、女とそのまわりを包む。
女はしばらくもがいていたが、やがて倒れた。
タネあかし
龍神「さてさて、今回のレミリアお嬢様は、なかなかの相手だったな」
姜芽「あいつそういう名前だったのか。
で、今回はどういうトリックを使ったんだ?」
龍神「その前に、今回のキーワードだ。
『未来の事は誰にもわからない』」
姜芽「どういう事だ?」
龍神「そのままさ。だいたい、予言なんて十中八九インチキさ。
もし予言が当たったら、考えられるのは2つ。
一つは、『ただの偶然』。
そしてもう一つは、『当たるように小細工している』」
姜芽「えーと、つまり?」
龍神「レミリアの能力は、相手の運命を見て、それに向かわせる事だと言われてる。
でもな、実際はちょっと違うんだ」
姜芽「どう違うんだ?」
龍神「あいつの能力は、正確には、自分が相手に辿らせたい運命をイメージして、それに相手が意図せずして向かうように仕向ける、って能力なんだ」
姜芽「つまり、なんだ…要は催眠術みたいなもんってことか?」
龍神「そんな感じだ。
ただ、あいつの場合は…まあ、妖術みたいなもんだ。
あいつは目を光らせてただろ?あれがヒントだ。
あいつの目を見て予言を聞くと、無意識に奴が言った通りの運命を辿るように行動してしまうのさ」
姜芽「ほぼほぼ催眠術だな、それ」
龍神「だから、俺は予言が始まってすぐに目を瞑って、音楽を聞いて妖術をシャットアウトしたんだ」
姜芽「予言が終わってもじっとしてたのは、そういう事だったのか。
なら、あいつをボロクソに言ってたのは何か意味あるのか?」
龍神「あいつは気が短いし、プライドが高い。しかも、長年生きてる割には煽り耐性が全然ない。
だから、わざとバカにしまくってキレさせて、冷静さを欠かせたのさ。万一細工に気づかれたら、何もかも台無しだからな」
姜芽「なるほどな。
てかあいつ、もしかしたら結構強いんじゃないか?
やり合ってみた感じ、かなり手慣れの槍使いだったぞ」
龍神「確かに、こっちの連中の中では強い方だとは聞く。
だがなあ…まあ、俺としては正直、相手には不足があると思うよ」
姜芽「あんたにとってはそうかもな。
けどよ、俺からすりゃあいつも十分おっかなかったよ」
龍神「慣れないとそうかもな」
姜芽「てか、音楽聞いてた…って何の曲聞いてたんだ?」
龍神「ん?そんなの決まってるだろ。『Bad Apple!!』さ」
姜芽「…」
龍神「…あ、そうそう。これから先、もっともっとおっかないのとかグロいシーンが多々出てくるから、耐性ない方はご注意下さいですだぜ」
姜芽「今回の話は、今までの投稿分より長めになってしまいましたが、これからもこういう回がちょくちょくあるかと思いますので、ご了承ください。
それでは、また来週〜」