3-3 特異体
主に人間の子供の恐怖を糧とする妖怪。
相手が恐れを抱くものの姿に化ける能力を有している。
その正体は古い傘が変化したもので、人間に悪意はないが、時として怨念が蘇る事がある。
優れた鍛冶職人でもあるという。
「…で、どうする?」
「とりあえず、生き残りを確認しよう。そんでお医者様の所に戻って報告、だな」
人々に聞いて回ったが、犠牲者は今変異した者達だけのようだった。
そして、そうしている間にまた騒ぎが起きて…という事もなかった。
「よし、後は戻るだけだな」
「あの占い師はどうする?」
「あいつは別に悪意があった訳じゃないさ。詰める必要はないだろうよ」
「そうか…」
そして、二人は戻ろうとした。
しかし、戻れなかった。
なぜなら、その途中でまた刺客が来たからだ。
「待て!」
声の方を見ると、家の屋根の上に一人の女が立っていた。
それは左右で異なる色の瞳を持ち、青い髪をした、緑のワンピースの女だった。
「誰だ!」
「ん?お前は…」
「私が誰かなんて、あんた達には関係ない!
あんた達は…私がここで殺す!」
そして、女は飛び降りてきた。
よく見れば、手には紫色のボロ傘を持っており、靴ではなく下駄を履いている。
「まるでから傘お化けだな…」
「正解だぜ、姜芽」
龍神が、目線を女から逸らさずに言った。
「…?」
「こいつは小傘…古い傘から生まれた化け物だ」
すると、小傘は龍神の方を向いて怒った。
「化け物!?あんた、今化け物って言った!?」
「本当の事だろうが」
「私は妖怪だ!化け物とか呼ぶな!」
「妖怪でも、付喪でも、化け物でも、何でもいいだろ。
で、何?俺達を殺すって?」
「そう…私は、あんた達を殺す!
そして、その恐怖を喰ってやる!」
「恐怖を…って、お前は全然怖くないんだが」
姜芽がそう言うと、小傘は怪しげに笑った。
「何がおかしい」
「…あんた、本当に知らないんだね。いいよ、見せてあげる。私の能力を…」
そして、小傘は姿を変えた。
球形の黒い体に3つの青い目があり、歪かつ異様な形の手が無数にある、という姿をした化け物。
それはちょうど、ノワールの生体兵器の様でもあった。
それは、龍神からすれば見慣れたものだった。
しかし、姜芽は言葉にしがたい恐怖を感じた。
「…っ!」
「…姜芽!」
龍神に突き飛ばされ、化け物の触手による攻撃を避けられた。
「助かった…。なんなんだ、あいつは!」
「小傘は、相手が恐怖を抱くものの姿に化けられる。
そして、元々貧弱な自分の強さを何倍にも引き上げるんだ」
龍神は、変身した小傘を見つめた。
「まさか、自分から化け物になるとはな。まあいい」
彼は刀に手をかけ、一瞬だけ刀を抜き、そして納めた。
化け物の上半身…頭部とでも言うべきかーの部分に、横に一筋の斬撃が走る。
同時に、おびただしい量の血が噴き出す。
「[影抜刀・切捨]」
龍神は、技の銘を言った。
化け物は悲鳴とも取れる叫び声をあげ、へたれこんだ。
そして、それは元の姿に戻る。
「う、うぅ…」
小傘は額を押さえる。
額からは、とめどなく血が流れている。
「まだやる気か?」
「当然でしょ…次は、こうだ!」
小傘は傘を広げ、技を放った。
「傘符 [バブルバレット]」
「…おっと!」
傘から飛び出した複数の水の球を、姜芽はジャンプして躱した。
火属性である姜芽は、水の攻撃には弱いのだ。
「水か…ちょっと分が悪いな」
すると、代わりに龍神が前に出た。
「姜芽、下がってろ。俺がやる」
龍神は左手に電撃を纏い、手を突き出した。
すると、小傘は傘を広げてそれをガードした。
「随分と強度が上がってるな」
「強化を施してもらったからね」
「強化だと?」
「そう。ある人に協力する代わりに、私の能力を上げてもらったんだよ。
今、私は防御も攻撃も前よりパワーアップしてる」
そして、小傘は傘を閉じ、また開いた。
「だから、外来人だろうと簡単に倒せる。
[レイニーストーム]」
足元から水の混じった竜巻が吹き上がってきたので、龍神は宙返りして躱した。
「なるほど、確かにパワーアップしてるな。
なら、こっちもそろそろ見せてやるか」
そして、龍神は刀を抜く。
「刀技 [バイスブレード]」
最初に、刀を強化する技を使う。
それを見た小傘は、目を見開いた。
「へえ…ずいぶん立派な刀だねぇ」
「なんだ?…そうか、お前は刀鍛冶でもあるんだっけか」
「そうだよ。…その刀、結構な業物だね。それを鍛えた人は、きっと確かな腕があったんだろうよ」
「まあ、そうだな。こいつは俺らの世界にいたとある賢者が、生涯をかけて鍛えた刀でな。そのままではそこまででもないが、魔力を流せば最強格の刀になる」
「ふーん…気になるねえ」
そして、小傘は身の回りに複数の小さな魔法陣を展開した。
「それ、もっとよく見せてもらうね。…あんたを始末した後で、ね」
魔法陣から一斉に弾幕が放たれた。
龍神は、それらを刀で受け止めた。
そして、攻撃が止むとすぐに小傘に飛びかかった。
「刀技 [メドールスラッシュ]」
小傘の腹を切り裂き、続けて術を使う。
「雷法 [グロウサンダー]」
電撃を切り裂いた部分に打ち込む。
そして、小傘はあっさり倒れた。
「あっけなかったな」
「電気に弱かったのか…?」
「いや、そういう訳ではなかったはずだ…」
と、突然小傘の体が震え始めた。
そして痙攣するようにして跳ね起き、目を見開き、歯をガタガタ言わせながら、紫の液体をあちこちから撒き散らして変異し始めたー
「…な!」
見る間に小傘は全身が元より二回りほど大きくなり、目は血走り、右手は傘と一体化した、怪物の姿になった。
「こっからが本番か…!」
小傘は咆哮を上げ、龍神にタックルをかました。
「ごほっ…!」
「龍神…!」
「だ、大丈夫だ…。
パワーが、すごい事になってんな!」
小傘は、姜芽の方を見た。
そして傘を振りかぶり、殴りかかった。
「うおっと!」
姜芽はそれを躱し、魔弾を放つ。
「[フレイムレイト]」
しかし、小傘にはさして効いていないようだった。
「傘は硬いか…なら!」
次は頭を狙って魔弾を放つ。
これは効いたようで、小傘はうめき声を上げて膝をついた。
今だとばかりに飛びかかり、頭に斧を振り下ろす。
しかし、小傘は姜芽を掴んで投げ飛ばし、龍神もその巻き添えを食った。
追撃されないうちに立ち上がり、龍神は電撃を撃った。
そして、小傘を痺れさせて動きを止め、その間に姜芽が技を繰り出す。
「斧技 [火炎割り]」
炎の力を込めて叩き割る技で、小傘の体を頭から真っ二つに斬り裂く。
小傘は、大量の紫色の血と共に倒れた。
「よし…」
「これで、終わったよな…?」
「と思う。まず、今のうちに行こう」
そして…
「おーい」
「あ、あなた達は…」
「あんたに言われた通り、行ってきたよ。
まあ、こっちでも色々あったけどな」
二人は、これまでに何があったかを話した。
「そんな事が…
あと、その妹紅…って、誰?」
これには、龍神が反応した。
「えっ?あんたのお友達だろ?」
「まさか。私に友達なんていないし、そんな人知らないわよ」
「はあ…?いや、だってあいつを変えたのは、あんただろ?あんたがあいつに薬を飲ませて、不老不死に…」
「何のこと?不老不死の薬なんてあるなら、私が欲しいくらいなんだけど」
「…。ま、まあいい、気にしなさるな」
龍神は、もはや諦めたようだった。
「それより、あなた達には行って欲しい所があるの」
「どこだ?」
「危険な場所なんだけど…ここより北に、紅魔館って所があるの。さっき、そこから使者が来てね…あなた達を、領主が呼んでるらしいのよ」
「領主…?そりゃまた、なんでだ?」
「それはわからないけど…あなた達が行かないなら、こちらから無理にでも連れていく、なんて言ってたわ。だから、どうか…」
「そいつは何者なんだ?」
「あそこの主は、確か吸血鬼だったはず。
相手の運命が見えるとか…」
「能力持ちか。まあいい、吸血鬼だろうが何だろうが、敵対する奴は倒す」
「本当に大丈夫…?」
「心配ない。それに、龍神は今まで何回も吸血鬼と戦ってきたしな」
「いや、ノワールのとは訳が違うんだぞ?でも、まあ…」
「…よくわからないけど、行ってはくれるのね?」
「ああ。すぐに行こう」