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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第六話 水面に立つ馬
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その13 ケルピー事件の真相

「詳しく説明してもらおう、リジャール」


 リジャールの前に座る衛兵隊長が、しかめ面で言った。


「ええ」


 答えて、リジャールはぐるりと一同を見回す。


 衛兵隊の詰め所にある隊長室の中だ。リジャールは扉から数歩の所に立っている。


 隊長の座る机との間には来客用のソファが置かれてあり、英雄神の神殿を代表して、ファティマとエバンスが腰掛けていた。今回の件の重要な証人である。神官である二人の証言があれば、騎士の不祥事を誰かが揉み消すこともできないだろう。


 その二人にも事件の全てを知ってもらうべく、リジャールはファティマたちにもこの場に同席してもらったのだ。『朽ち木の羽蟻亭』では、今後の作戦の打ち合わせが主体で、リジャールの考えの全てをまだ話してはいなかった。


 全員の目が自身に向けられたのを確認して、リジャールは口を開いた。


「おれがファティマさんと一緒に見つけた水死体、それからその一週間前に揚がった遺体。この二人を殺したのは、ブルトでしょう」


 薬の材料となる”人の生き肝”を得るために、ウォーター・リーパーに襲わせたのだ。そして、瀕死の状態の犠牲者から肝臓を取り出した後、遺体を川に投げ込んだ。


「ただ、問題はオザンの事件です」


 こちらは、オザンが水に落ちるまでの一部始終を目撃した者がいる。


「彼の使用人であるセミルは、オザンが水の上に立つ白馬に乗ったところを見ています。そして、馬に振り落とされるようにして堀の中に落ちた」


 蛙のような頭に、オタマジャクシのような身体のウォーター・リーパーを馬と見間違える者など、さすがにいないだろう。


 だから、少なくともオザン襲撃の際にはウォーター・リーパーとは別の、馬ないしは馬によく似た外見の魔物が現場にいたはずなのである。


「ですが、ブルトは馬など飼っていませんでした」


 それは、後のブルト宅の捜索でも確認済みである。


「では、セミルが見た白馬は一体何なのか……」


 ブルトが犯人だとすると、ここで推理は袋小路に嵌まってしまう。


 そこでリジャールが考えたのが、オザン殺しの犯人はブルトではないのでは、ということであった。


 息を引き取る間際にブルトは殺人を告白するようなことを言っていたが、何人殺したのかは言わなかった。


「ブルトは、少なくとも二人の人間を殺しましたが、オザンは殺してはいなかったんです。この二つは、別々の犯人による別々の事件だったわけです」


 相次いでいたケルピーの目撃談も、オザン殺害を画策した者の仕業であろう。オザン殺しを、魔物の仕業に見せかけるための伏線である。


 その者にとって僥倖だったのは、同時期にやはり水の魔物であるウォーター・リーパーを使って殺人を行った者がいたことだ。


 ブルトの犯行のおかげで、オザンの死も、先の水死体と同じ魔物の犠牲者であると見せかけることができた。


 一方のブルトにとっても、ケルピー騒ぎは都合が良かった。自身の犯行を伝説の魔物の仕業と思わせることができたからだ。


 まったく接点のない二人の人間が、それぞれに互いの犯行を利用しながら、結果的に協力して”ケルピーが現れて人を襲う”と見える状況を作り出していたのである。


「目撃が相次いでいたという、水上に立つ馬というのは一体何だったのだ?」


 隊長が聞いてきた。


「あれは、小舟の上にでも馬を立たせていたのでしょう」


 暗闇と堀割の岸の部分に隠されて、遠目には水の上に馬が立っているように見えたのだ。


「白馬にしたのは、暗いところでも馬の姿を目立たせるためではないでしょうか」


 暗闇に浮かぶ馬の白さに目を引きつけて、足元の小舟に気づかせにくくするためでもあっただろう。


 馬に跨がる寸前のオザンなどは、もしかしたら小舟の存在に気づいていたかもしれない。


 ただ、それが逆にこれが魔物などではなく、ただの馬なのだと安心させる材料にもなった。堀割に浮かべられた船の上にうっかり馬が乗ってしまい、下りられなくなったのだろうと──オザンはそう判断したのではないか。


 馬を引いて船から下りさせようとしたのではなく、その背に跨がってみようと思ったのは、手綱が見当たらなかったからか。鞍はあったから、馬上から首筋やたてがみを触ることで馬にこちらの意思を伝えようとしたのだろう。


「ただ、その小舟はこちら側の岸に固定されているわけではなかったんです」


 オザンが馬に跨がった瞬間を見計らい、向こう岸にいた者が小舟に繋がったロープを引っ張って、舟を動かしはじめた。


 オザンは慌てただろうが、馬も驚いたに違いない。もともと馬は繊細な性格の生き物だ。結果、舟の上で馬が暴れ、オザンは水に落とされた。


「成る程……。だが、あまりにうまく事が運びすぎではないか?」


 衛兵隊長が言った。


 たまたまうまくいったが、計画としてはあまりにも不確定要素が多すぎる。


 もしもオザンが馬に跨がらなかったら。舟の上で馬が暴れ出さなかったら。オザンが暴れる馬の体にしがみつき、水の中に落とされることがなかったら。あるいは水に落ちたオザンが、自力で泳いで岸まで上がってきたら──。


 それらの疑問に答えて、リジャールは言った。


「だからそういう場合に備えて、犯人はもう一つの罠も用意していたんです」


 それが、投げ縄である。


 岸にいた犯人は、頃合いを見計らってオザンの首に縄を巻き付けたのだ。


 仮にオザンが馬に跨がらなかったり、馬が暴れ出さなかったとしても──ケルピーの仕業とするには多少不自然な見え方にはなるが、首に縄を巻き付けて引っ張ってやれば、オザンを確実に水に落とすことができる。


「そして投げ縄の先には金属製の錘がついていた。例え泳ぎに長けた者でも、首に巻き付いた錘は水底に沈んでいくから、容易には浮かび上がれないはずです」


「それは、仰るとおりだと思います」


 リジャールの言葉に、ファティマが頷いて言った。木偶人形の中に意識を入れていた彼女は、その状況を経験済みだ。


「木製の人形ですから、水には浮かぶはずなのですが……」


 だから水門の下を確認に行ったとき、彼女はわざわざ人形にいくつもの錘をつけていたのである。


「なのに、あのときは首が水底の方に引っ張られて……浮かび上がることができませんでした」


 自分が溺死する疑似体験の恐怖を思い出したのか、ファティマが一度ブルリと震え、リジャールはなんだか申し訳ない気持ちになった。


「錘のついた投げ縄か……」


 隊長が、苦虫を噛み潰したような表情になった。


 それは、ローラン騎士団が伝統武芸としている武器だ。この街の騎士は、皆その縄を腰にぶら下げている。


「おれは試したことがないからよく分かりませんが、暴れる馬の上にいる人間の首に、正確に縄を巻き付けるのは、かなり難しいのではないかと思うのです」


 しかも辺りは真っ暗闇である。


 オザンの周りには馬の姿を見せるための明かりがあったのかもしれないが、犯人自身は暗闇に潜んでいるから、手探りで縄を投げねばならない。


 達人級とまではいわないが、それなりの腕と鍛錬が要求される仕事だろう。素人がいきなりやってできることとは思えない。


「ベーラム卿は、騎士団でも一、二を争う投げ縄の名人だった……」


 剣の腕はそこそこでも、投げ縄の技で名うての騎士の一人となっていた。


「そして、あの人が騎士団で定評があったことがもう一つ──」


 馬の扱いである。


 神経質な動物である馬を、暗闇の中で舟に乗せるという芸当のできる者が、はたしてローラン騎士団に何人いることか。


 リジャールが考えたオザンの殺害方法を実行できる者は、そうそう何人もいない。そしてベーラムは、その全ての条件に合致するのだ。


 だからリジャールは、ベーラムを疑った。炎に巻かれるウォーター・リーパーの死骸を見ながら、オザンを殺したのは目の前で焼かれている魔物ではなく、隣にいる騎士なのではないかと、ずっと考え続けていた。


「ベーラム卿が一人でブルトの家にやって来たのも、考えてみれば不自然な行動なんですよ」


 そもそも、衛兵と共に足で情報を集めようという騎士自体が稀有である。


 まして、得た情報を元に自分一人で関係者の元に赴くなどとは──良い悪いは別にして、騎士としては相当に変わり者であろう。


 自由騎士でもない限りは、普通はそのようなことをする時には従者役が付くはずだし、今回はその役目がリジャールのはずであった。


「あのときベーラム卿は自分一人でブルトの家に赴き、あわよくば彼の口を封じようとしていたんじゃないでしょうか」


 ブルトがもう一人の犯人だったとして、「自分は二人を殺したが、オザンだけは殺していない」などと言われては困るのである。


 そこで、リジャールとは別行動になったのを好機にと、彼と合流する前にブルト宅を訪れたのだ。


 ベーラムが積極的にリジャールと共に情報収集に汗を流したのも、自分以外の”もう一人の犯人”の手がかりをいち早く得るためだった。


「それと、お前を監視する意味もあっただろうな」


 そう口を挟んだのはエバンスだ。


 初めからベーラムは、もしもリジャールが自分にとって都合の悪い情報を得るようなことがあれば、真相を悟られる前に殺すつもりであったのだろう。


 ケルピーを追っていた衛兵が魔物に殺されても、誰も不審には思わない。一人で先走って返り討ちにあってしまったと思うだけだ。


「はじめから殺意を持っていたんですね……」


 ファティマが、ぞっとしたような顔をして言った。


 彼女の手に口づけをする格好をしながら、ベーラムはもしも知りすぎることがあったら彼女も殺そうと、そう考えていたに違いないのだ。


「あの騎士が、それを実行に移すと決断したのはいつなのだ?」


 エバンスが訊いてきた。


 いくらベーラムが自己の保身のために殺人を厭わぬ性格なのだとしても、それでも実際に手をかける者の数は少ないに越したことはないだろう。罪の意識の問題もあるが、殺人を重ねれば重ねるほどにボロを出す危険性が高くなる。


「ベーラム卿がウォーター・リーパーと戦っている間に、おれがブルトと話をしたときだと思います」


 目の前の強敵に集中していたベーラムは、二人の間にどのような会話が交わされているか、耳をそばだてている余裕がなかった。


 もしかしたらブルトは、リジャールにオザン殺しだけは自分の仕業ではないと話してしまったかも知れぬ──。


「それに、おれやファティマさんに、ブルトが飼っていたのはウォーター・リーパーだと証言されるのも都合が悪かった」


 セミルの見たケルピーらしき白馬との目撃証言に齟齬が生じる。


 そうなれば早晩、オザン殺しだけはブルトの犯行ではないのでは──と考える者が出てくる。


 そうなる前に、リジャールとファティマの口を塞がねばならない。


「おれがすぐには詰め所に帰らず、報告は明日にすると言ったのは、ベーラム卿にとっては願ってもないチャンスだったことでしょう。衛兵隊に報告が行く前に、目撃者を消せる時間ができたわけですから」


 もっとも、それはリジャールの仕掛けた罠である。


 ベーラムがそう考えるだろうと思ったからこそ、隊への報告よりも女性との食事を優先するという不自然な行動を取ってみせたのだ。


 真犯人は、まんまとリジャールが撒いた餌に食いついてくれた。


「お前達二人を殺しても、ブルトの家には怪物の死骸があるだろう?」


 隊長が訊いてきた。


 例えリジャール達を殺しても、ウォーター・リーパーの死骸が見つかれば、ブルトが飼っていたのはケルピーではないとばれてしまう。


「ですからあの死骸は、夜の間にどうにか回収して、どこかに隠すつもりだったのでしょう」


 その上で、「ブルトの家でケルピーと遭遇したが、逃げられてしまった」と証言するのだ。


 リジャールは失態を隠すために、隊には報告せずにファティマと二人でケルピーを捜しにいき、そして返り討ちにあってしまったのだろう──と。


「なるほど……」


 相変わらず渋面のまま頷く隊長に続いて口を開いたのは、ファティマだった。


「リジャールさん、私からも質問をいいでしょうか」


「ええ、もちろん」


 言って、リジャールはファティマの方に目を向けた。

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