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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第六話 水面に立つ馬
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その8 巻物屋ヤスミン

 ブルトという薬師が作ったヤムダールの原料は、生きた人間の肝臓──。


 そう聞いたリジャールとベーラムは、ブルトを探すことにした。


 リジャールが発見した水死体は右上腹部に穴が開けられ、内臓がなくなっていた。それは魔物に喰われたのではなく、肝臓を取り出された跡ではないかと、推測したのである。


 セルハンは、ブルトの住まいを知らなかった。


 この若い薬師の作った薬は紛い物だと──実際に人間の肝臓を使って薬を作る者などいるはずがないと思い込んでいた彼は、詳しい話を聞くこともなくブルトを追い返してしまった。


 そこでリジャール達は、まずセルハンの店の近隣に住む者たちに、ブルトのことを知る者がいないかを聞いて回った。


 だが、誰もあの若い薬師のことを知っている者はいない。どうやら、この辺りに住んでいる男ではなさそうであった。


「どうする、リジャール?」


 訊いてきたベーラムに答えて、リジャールは言った。


「街の薬屋を虱潰しに当たりましょう」


 誰かは、ブルトのことを知っているはずである。衛兵仲間にも協力を頼むつもりだ。


「時間がかかりそうだな」


「ええ。ですが、仕方がありません」


 リジャールがそう言ったとき、道端で相談する彼らの元にズカズカとセルハンが歩み寄ってきた。


「あの野郎のヤサは分かったのか?」


 その問いにリジャールが首を振ると、


「だったら、巻物屋のヤスミンに聞いてみるといいかもしれねえ」


 と、セルハンは言った。それを伝えるために、わざわざ店から出てきてくれたのだ。


 ヤスミンは、この辺りでは最も品揃えのよい巻物屋で、東方から伝わってきた書物も多く扱っている。その中には薬の原料や製法について詳しく書かれているものもあり、セルハンも何度か世話になったことがあるらしい。


 例え薬の原材料が分かっていても、それをどのように処理して加工すればよいのかが分からなければ、実際に薬を作ることはできない。


 もしもブルトが本物のヤムダールを作るつもりであったのなら、彼はどこでその製法を知ったのか。


 この街で極東の珍しい薬を扱っているのはセルハンとオザンだけだが、少なくともセルハンは、ヤムダールの製法も、その作り方を知っている者の心当たりもない。


「おそらく、オザンの奴も同様だと思う」セルハンは言った。


 ヤムダールは、彼らの故郷よりもさらに東の地に伝わる薬だ。そしてその地でも、伝説上の薬とされているものである。その製法を知ろうと思えば、東方の古い文献に当たるしかない。


 では、ブルトはどこでその文献を手に入れたのか。


 ローランには庶民が使える図書館のようなものはないから、誰かから買うしかないであろう。であれば、まずは巻物屋だ。ローランでは、古い書物や巻物の売買は巻物屋が一手に引き受けている。


 あるいはその文献を手に入れたのは、ブルトにヤムダールの製造を依頼した者なのかもしれないが、いずれにしろ巻物屋のヤスミンならば、同業者のツテで何か知っているかもしれない。


 そう教えてくれたセルハンに礼を言い、リジャールたちはヤスミンの店へと向かった。


 途中、ベーラムがふと思いついたように口を開く。


「オザンの店の者なら、同業のブルトのことを知る者がいるやもしれん」


 言われて、リジャールは考える。


 生前のオザンとブルトが交流を持っていた可能性は、確かにある。


 ブルトにヤムダールの製造を依頼したのは、東方の薬をよく知るオザンかもしれないのだ。であれば、オザンの家族や店の者の誰かが、ブルトのことを知っているのではないか。


 しばしの相談の末、リジャールたちは一時的に別行動を取ることにした。


 リジャールがヤスミンの店へ、ベーラムが再度オザンの家へ行くのである。


 両者を順に回っても良いのだが、時間を短縮するために二手に分かれることにした。


 どうやらベーラムは、先程のセルハンの話を聞いて、内々にオザンの店の者に確めたいことができたようである。おそらくは、彼の妻のためにオザンが用意してくれた薬のことであろう。


 騎士様のプライベートに踏み込む可能性のある話だから、リジャールはあえて遠慮をしたのである。


 セルハンによれば、ヤスミンの店は”堀の内側”に近いところにあるということだった。途中まで一緒に行き、二人はそれぞれの目的地へと分かれる。


 リジャールが向かった辺りは富裕層向けの商店が多いところで、セルハンの書いてくれた地図に従って辿り着いた店も、かなり大きな構えの建物だった。


 近づいていくと、何だか鼻に独特の香りを感じた。どうやら目的の建物から漂ってくるようだ。香辛料を扱う店なのである。


 場所を間違えたかと立ち止まり、地図と見比べながら辺りを見回したリジャールは、香辛料店のあちら側の端に『古書・巻物』と書かれた看板が立っているのに気がついた。どうやら、香辛料店の一角を間借りして営業しているらしい。


 そちらに向かうと、入り口らしき場所に暗幕がかけてあるのが見えた。営業中であることを示すためか扉は開け放たれているが、この暗幕のおかげで店の中を覗くことはできない。


 それは、店内に光が入らないようにする配慮なのだと思われた。書物や巻物に使われる紙には、光が大敵であると聞いたことがある。


 リジャールが店の前まで歩を進めようとしたとき、ちょうどその暗幕をかき分けて一人の女性客が店に入ろうとしているところだった。


 小走りに近づき、リジャールはその女性に声をかけた。


「ファティマさん」


 振り返った彼女が、少しびっくりしたような顔になる。


「リジャールさん?」偶然に驚いているようでもあるし、巻物屋の前に彼がいることを意外に思っているようでもあった。「どうして、この店に?」


「例の事件の捜査で、ここの店主に聞きたいことがありまして。ファティマさんは、ここはよく使うんですか?」


「ええ。東方の文献を扱っているお店は少ないですし、魔術関係の品揃えもいいですから」


 神殿の書庫にはない資料を探しに、よくこの店を利用しているという。


「ヤスミンさんが、ケルピー事件に関わっているのですか?」


 心配そうにファティマはそう訊いてきた。店主のヤスミンとも懇意にしている様子だ。


「ヤスミンという人を疑っているわけではありません」


 あくまで、事件に関わりのありそうな人物の居場所を知らないか聞きに来ただけなのだと、リジャールは説明した。


 それを聞いて一瞬安堵の表情をしたファティマの顔が、次の瞬間にはすぐに引き締められる。


「犯人の目星がついたのですか?」


「まだ、目星というほどのものではないんですが……」


 どこから説明したものやらと一瞬悩んだリジャールは、まずはヤムダールのことを彼女に話すことにした。


「ファティマさん。龍の胆石や一つ目魔獣の舌、炎獣の膀胱なんかを薬の原料にすると聞いたことがありますか?」


 いきなり人間の生き肝の話を出すのも唐突かと思って、まずは東方の薬には様々な原料が使われていることを説明しようと思ったのだが、彼の言葉を聞いたファティマは、一瞬頬を染めた後に、ジトッとした目でリジャールを見た。


「リジャールさん……そういった薬に興味がおありなのですか?」


「は……?」


 ファティマの反応に戸惑うリジャールに一つ嘆息をした後、彼女は説明してくれた。


 それによると、いま彼があげた物は皆、媚薬や強精剤の原料として知られているものだという。


 知らなかったとは言え、若い女性の前で安易に話すべき内容ではなかったとリジャールは反省をした。


「そ……それでですね」ゴホンと一つ咳払いをした後に、リジャールは続けた。「そういう変わったものを使った東方の薬に、ヤムダールというものがあるらしいのですが」


「ヤムダール……」


 そう呟いたファティマの顔が、はっとしたものに変わる。ヤムダールの原料が何か、博識な彼女は知っているのだ。であれば当然、事件との繋がりも気づいたことだろう。


「実際に作った人が……いたのですか?」


「まだ、本物かどうかは分かりませんが。それで、ヤムダールの製法が書かれた書物か巻物を誰かに売っていないか、訊きに来たのです」


「そうだったのですか……」


 納得した様子のファティマは、店の方を向いてまた暗幕に手をかけた。ヤスミンをリジャールに紹介してくれるという。


 少し黴臭い独特の臭いのこもる店内に、リジャールはファティマに伴われて入っていった。


「こんにちは、ヤスミンさん」


「いらっしゃい、ファティマさん。あら? その方は?」


 そう言って彼らを迎え入れた店主のヤスミンを、リジャールは少し意外な思いで見つめた。


 ヤスミンという名から女性であるだろうとは思っていたが、古書や古い巻物を扱っているという話から、勝手に鼻の曲がった老婆を想像していたのだ。


 店の奥に座るヤスミンは、その彼の想像とはまったく異なる人物だった。


 女性というのは予想通りだが、年齢がかなり若い。おそらくはリジャールやファティマと同年代であろう。


 彼女は、両目の部分に透明な板のようなものが嵌まった道具を仮面のように付けていた。


 眼鏡という、目の悪い者のために作られた道具らしい。遠くの物がよく見えない彼女のために、隣の香辛料店を経営している両親が買い与えてくれたものだ。


 ──近いところしか見えないなんて、まるで書を読むために生まれてきたような子だね。


 と、そう言われながら育った彼女は、成長すると趣味が高じた店を両親の店舗の一角に開いたのである。


 ファティマからリジャールを紹介されたヤスミンは、


「衛兵隊……」


 と、顔を青白くして眉をひそめた。


 何かやましいことがあるというよりも、衛兵などの暴力的な要素のある職業の者全員に、怖れに近い感情を抱いているようだ。


 彼女を安心させるべく、殊更に笑顔を作ってリジャールは言った。


「とある事件の捜査で、あなたにお聞きしたいことがありまして。どうかご協力ください」


 チラリとファティマの方に目を向けた後、ヤスミンが緊張した面持ちで頷いた。


「お聞きしたいのは、東方の薬に関する書物のことです。特に、珍しくて希少な薬……」


 そこまで言って、リジャールは少し口ごもってしまった。先程、安易に薬の原料のことを話してファティマの不興を買ったばかりである。


 ただ、曖昧に聞いたところで正確な情報収集はできない。


 あくまで事務的に、リジャールは口を開いた。


「龍の胆石とか、人の生き肝……そういったものを使用して作った薬に関する書物か巻物を、最近、誰かに売りましたか?」


 リジャールの質問を聞いたヤスミンの硝子の奥の瞳が、少し大きくなったような気がした。


 禍々しい薬や、その原料の奇妙さに衝撃を受けたわけではない。


 何か、心当たりがあるのだ。


 リジャールの視線から逃げるように一度目を泳がせた後、ヤスミンは顔を伏せてボソリと言った。


「売りました……」


「売った!? 誰に?」


 顔を伏せたまま、ヤスミンの目がまた少し泳ぐ。


「……ブルトさんという方です」


 内心で、やはりと思ったリジャールだが、努めて平静に彼は訊いた。


「それは、いつ頃のことです?」


「三ヶ月ほど前のことです……」


 最初の遺体が発見されるよりもかなり前だが、あの遺体は腐乱がかなり進んでいた。実際に死亡したのはさらに前のことだろう。


 ブルトがヤムダールの製法が書かれた書物を詳しく読み込む時間、その他の材料を揃える時間、そして()()()()()()時間を考えると、むしろ短いくらいかもしれぬ。


「そのとき、ブルトさんは何か言っていませんでしたか?」


 少し考え込むような様子を見せた後、ヤスミンは首を横に振った。


 ブルトは、よくこの店に珍しい薬の文献を買いにやって来ていたという。その日も、東方の珍しい薬に関して書かれた書物をみつけて、購入していった。


「他の書物と違って、薬の製法についてかなり詳しく書かれた書物でした。ですから、薬師として興味を引かれたのだと思います」


 そして、実際に作ってみようという気になってしまったのか。


 ドラゴンの胆石よりは、人の生き肝の方が──倫理観さえなければ、まだしも入手はたやすい。


「そのブルトさんという人は、この店には良く来るんですか?」


 こくりとヤスミンは頷いた。


「数日に一度くらいの頻度で、いらっしゃっていました」


 過去形なのは、東方の薬に関しての書物を売って以来、来店していないからである。薬の制作に没頭しはじめたのであろう。


 ただ、それ以前の「数日に一度の来店」というのは、リジャールには少し頻回すぎるようにも思えた。それとも、珍しい書物を探す人間というのは、そういうものなのだろうか。


 リジャールがその点を訊くと、


「書物好きの方は、毎日でもいらっしゃいます」


 と、ヤスミンは答えた。


 ただ、ブルトの場合は、それほど書物の虫のようにも思えなかったという。


 来店しても手に取るのは薬関係のものばかりで、新しい書物が入荷していないときには、いつも同じ書物をなにげなくパラパラとめくるばかりだ。そして他の客がいなくるとヤスミンに話しかけ、世間話をして帰っていく。


 それを聞いたリジャールは、もしかしてブルトの目的は書物ではなく、ヤスミンの方だったのではないかと想像をした。


 ブルトから「一緒に食事に行かないか」と誘われて、「店を空けるわけにはいかないから」とヤスミンが断ったという話を聞きき、その思いがますます強くなる。


「あの方は、寂しい人のようでした」


 ヤスミンが言った。


 世間話の合間にポツポツとブルトが語っていった内容を総合すると、彼はどうやら一人暮らしのようである。


 孤児であったところを薬師の親方に引き取られたのだが、その親方も一年前に亡くしてしまった。


 ブルトには他に家族も友人と呼べる者もなく、たった一人で親方の遺した薬剤工房を維持するために奮闘していたらしい。


「この店に来たのも、お師匠様を亡くしてしまって、お一人で薬の勉強をせざるを得なくなったからのようです」


 修行半ばでなし崩し的に独立した形になったから、かなり苦しい状況であったようだ。


 彼の師匠は薬師としては一匹狼で、弟子のためになるような人脈を遺してはくれなかった。ブルトは、独学で薬の作り方を学ぶしかなくなったのである。


 そんな状況だったから経済的にもかなり苦しかったはずで、ヤムダールをはじめとする東方の珍しい薬を作ることにしたのも、彼にとっては起死回生の一手のつもりであったのだろう。


 殺人に手を染めたのも、追い詰められたが故の行動か。


「ブルトさんの家はご存じですか?」


 リジャールは訊いた。


 頷いてヤスミンが答える。


「お食事に誘われたときに、『僕の家はここだから』と」


 半ば無理矢理に手描きの地図を渡された。


 ブルトとしては、互いの家から便利な立地の店を選ぼうという意図であったのだろうが、彼に対して全くそのような気がなかったヤスミンは、かえって困惑してしまったという。


 さすがに気まずく思ったのか、それからしばらくブルトが来店することはなかった。


「そういえば……」


 そこで思い出したように、ヤスミンが言った。


「久しぶりに来店されたときは、いつもと違う書物を探していらっしゃるご様子でした」


「どんな書物です?」


「水辺に住む珍しい動物や魔物に関する書物はないかと、訊かれたのです」


 リジャールの体に緊張が走った。ふと見れば、ファティマも顔を強ばらせている。


 オザン以外の二人の犠牲者の遺体には、何か大きな動物に噛みちぎられたような跡があった。


 もしもあれが、生前につけられたものだとするならば──。


 そしてリジャールが見たブルトは、いかにも不健康そうな顔をした痩身の男だった。とても荒事に強いとは思えず、その彼が、どうやって複数の人間を殺せたのか。


 ケルピーか、あるいは他の魔物なり猛獣なりを使役していたのだとすれば、話はあう。


 その生物の飼い方に関する書物を探しに来たのではないかと、リジャールは考えた。


「具体的には、どんな動物なんです?」


 その問いには、ヤスミンは首を横に振って「聞いていない」と答えた。先回の来店時のことがあったから、互いに気まずくて必要最小限の会話しかしなかったのだ。


 次に来店したときには、ブルトはもうそのことに触れることはなかったという。


 ヤスミンに礼を言って、リジャールは店を出た。


 その足で、堀の方へと向かっていく。


 驚くべきことに、ブルトの家は”堀の内側”にあった。彼の師匠の、さらにその師の代から継承している地所のようだ。それを維持していこうとすれば、確かに駆け出しの薬師一人では辛いであろう。


 一方で、ブルトは広い土地で一人暮らしをしていることになるから、馬のような大きさの魔物か動物を密かに飼うことも可能であろう。


 そこを確認するためにも、ベーラムに報告する前に一度ブルトの住まいを下見しておこうとリジャールは考えた。


 ベーラムが向かったオザンの家も”堀の内側”だから、両者の距離はそれほど遠くはない。少し寄り道をするだけのつもりだ。


 リジャールが店表の道を歩き始めると、背後から彼を呼び止める声が聞こえてきた。


「リジャールさん」


 振り返ると、ファティマが立っていた。少し息を切らしている。彼を追って、慌ててヤスミンの店から出てきたようだ。


「ブルトさんという方の家に、向かわれるおつもりですか?」


 そう訊いてきたのでリジャールが頷くと、


「私もついて行きます」と、ファティマはそう言った。


 どういうつもりかと訝しむ彼に、


「そこにはケルピーか、それに類する魔物がいるのかもしれないのでしょう?」


 とファティマは言った。


 それであれば、彼女の知識が役に立つかもしれない。


 今回のブルト宅訪問は下見だけのつもりであるから、ブルトに話を聞いたり、その家の中に入る考えは、リジャールにはまったくない。だが、外からの観察でも、魔物に詳しいファティマならば、彼では気づかない何かを発見できる可能性がある。


「それに……」


 そこまで言って、ファティマは少し頬を膨らませた。


「この前の人喰い鬼退治の時、私には声をかけてくださらなかったでしょう?」


 同じ英雄神の神殿にいた別の者には、助力を要請したというのに。


 そのことが、彼女にはたまらなく悔しかったのだという。


 優しげでか弱そうにも見えるファティマだが、彼女だって英雄神の神官だ。自らが英雄になり、神の末席に加わることを目指す者達である。


 そして、英雄と呼ばれるようになる最も手っ取り早い方法は、人々を困らせる魔物や悪人を討伐することだ。


 何人もの犠牲者を出しているケルピー退治などは、うってつけであろう。


「こう見えても、リジャールさんよりは魔物と戦った経験は多いと思いますわ」


 魔術師でもある彼女は、対人格闘を主とする衛兵のリジャールよりも、魔物への対抗手段は豊富だ。


 前線で戦うことは苦手だが、ファティマはこれまでに何度も魔物討伐に後方支援として参加し、その魔術で貢献してきた経験がある。


 それに、ここまで色々と知ってしまった以上、もはや彼女は今回の事件を他人の案件として座視することはできない。英雄神の神官として、ケルピー退治には是非とも自分も参加させて欲しい──。


 そう訴えかけてくるファティマの瞳には、どこか有無を言わせぬ迫力があった。一見、いつも通りの穏やかな表情なのに、何故だか逆らうことのできない雰囲気を漂わせている。


 彼女に叱られる救護院の子供達の気持ちが、リジャールにはなんとなく理解できてしまったのである。「はい」以外に、彼は答えることができなかった。

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