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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第一話 歩き巫女イライザと泣き女の石像
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その8 遺跡の謎

 厄介な憑き物を持った古びた石像だと思っていたものが、ファルコの言葉が正しければ素晴らしいお宝に変わった。だが、改めて見てもやっぱりその像は、イライザの目にはただの石像にしか見えない。


 興奮が落ち着き、半信半疑で彼女は訊いた。


「それ、本当? 本当にこれがミ……製なの?」


 最後のほうは、さすがに声をすぼめる。誰が聞いてるかも分からないからだ。


「古ぼけた石像のように見せているのはわざとだろうな。ミスリルは、その色や質感を自由に変えられる」


 それが、他にはないこの金属の特性でもあった。


 イライザは本物のミスリルを見るのは初めてだが、各国に伝わる神器、魔剣の類いは、みな様々な色や質感をしているのだという。


「盗難防止のために、あえて古い石に見える色と質感にしたんだ。古ぼけた石像など、普通は誰も盗まないからな」


 しかしその努力もむなしく、この像はエバンスたちによって盗掘されてしまった。遺跡自体が古くなったことで、「古代遺跡の発掘物」という付加価値ができてしまったのである。


「エバンスたちは、気がつかなかったのね?」


「パーティの中に魔術士や鑑定士がいなかったのだろうな。この街まで戻って、鑑定に出せばわかったのだろうが……」


 ただの石像だと思い込んでいた彼らは、そこまでする必要も感じなかったのだろう。帰りがけに立ち寄った村で、珍しがる村人に安く売ってしまったのもそのためだ。


「なんで、わざわざミスリルなんかで作ったのかしら?」


「この像が遺跡のご神体、もしくは本尊だからだ」


 それは、先程のイライザの問いへの答えでもある。


 本尊でもない像をわざわざミスリルで造ったりはしない。この像がミスリル製だからこそ、ファルコはこれが遺跡の本尊だと確信したのだ。


「ミスリルで作ったものは、ちょっとやそっとのことでは壊れない。錆びることも、経年劣化もない。長く残すために、石ではなくミスリルを使ったんだ」


 確かにイライザも、この像が古ぼけているわりにはどこも欠けていないことに少し違和感を持っていた。あれは保存状態が良いからではなく、ミスリル製だったからなのだ。


 きっとこの像は、石畳の上に叩きつけても壊れない。割れるとしたら石畳の方だろう。


「じゃあ、やっぱりこの像を祀るために、遺跡は造られたということね?」


 イライザの言葉に、ファルコは頷いた。


「でも……。それじゃあ、どうしてティアだけ祀っているの? シドはどこ?」


「…………」


 イライザの問いにはファルコはすぐには答えず、考え込む様子を見せた。彼も明確な答えを持ち合わせてはいないのだ。


 しばらく黙って考える様子を見せた後、ファルコは言った。


「実は、エバンスのパーティの者に話を聞いたとき、もう一つ不思議に思ったことがある」


「なに?」


 ファルコはすぐには答えず、傍らの羊皮紙に図形を描き始めた。正五角形だ。


「?」


「この像が祀られていた部屋は、こういう形をしていたらしい」


「……え?」


 思わず聞き返した後、イライザは再び羊皮紙を見つめた。


 正五角形の部屋──。


 それは珍しい。少なくとも、彼女の常識の範囲内では。


「それは……古代の遺跡では、よくあることなの?」


「まさか。普通は四角形だ。現代と一緒だよ」


「じゃあ……どうして?」


「分からない。何か、理由があるのは確かだろうが」


 そう言ってから、ファルコは再び羽ペンで羊皮紙に図を書き足し始める。


「部屋に入る扉は、ここにあったという」言いながら、五角形の底辺の線の真ん中に長細い四角形を書き足す。扉の印だ。「二枚の、両開きの扉だったそうだ」


 次にファルコは、扉から見て左奥にある壁に波線を描いた。


「この部分は崖だ。縦長の窓があって、風が吹き込んでいたらしい。空気穴か何かかも知れないな。それから……」


 ファルコは、今度は扉から見て右奥の斜めの壁の前に、丸印を書き込んだ。


「ティアの像は、この辺りにあったらしい。壁から少し離れたところに、石の──本当に石なのか、ミスリルなのかは分からないが、台が造られていて、その上に載っていた」


「真ん中じゃないの?」


 ファルコの言葉に驚いて、イライザは聞き返した。


 この像を祀るために遺跡が造られたのなら、本尊であるミスリル像は中央に置くのが普通だ。しかし、この遺跡は違っていた……。


「そこが不思議なんだ。なぜ、わざわざこんな所に安置したのか。像が置いてあった台は、簡単に動かせるようなものではなかったと言うから、意図してここに置いたことは間違いなさそうなんだが……」


「……あっ!」


 イライザはパンと手を叩きながら声を出した。思いついたことがあったのだ。


「もしかして、ここに……」言いながら、図の一点を指さす。ティアの像の横、扉から見て左奥の壁の、窓の前辺りだ。


「昔はシドの像があったんじゃないかしら? つまり、ティアの像と対になって置かれていたということね。でも、何かの理由でそれが失われた──」


 しかし、ファルコは首を振って彼女のその思いつきを否定した。


「それは俺も考えた。だが、そこには何もなかったと言うんだ。像を置く台などなかったし、何かが壊れたような跡もなかった。つまり、台ごと壊れたというわけでもない」


 ティアの像が乗っていた台は、床に固定されていた。もしもシドの像が存在したとすれば、同じような台に乗せたであろうから、誰かが台ごと動かして持っていったとは考えにくいのである。


「でも……それなら、どうして?」


「そこが、どうにもよく分からない……」


 しばらく二人して黙り込んだあと、ファルコがぼそりと口を開いた。


「これはもう……ここで考え込んでいても仕方がないのかも知れないな。現場に行って、自分の目で調べて考察するしかないのだろう」


「この遺跡に入るということ?」


 その彼女の言葉に、不思議そうな顔をしてファルコは言った。


「遺跡に入らなければ、その像を返すことはできないだろう?」


「返す……。……ああ、そうね。返さなければね……」


 曖昧にイライザは笑った。


 ほんの少しだけお金に目がくらんで、この像を売り払う可能性も考えてしまった彼女は、「ごめんね」と心の中でそっとティアの像に謝った。


「君は、遺跡探索の経験は?」


 ファルコが聞いてくる。イライザの躊躇いを、遺跡に入ることへの恐怖から来るものと捉えてくれたらしかった。


「ないわ。あたしは冒険者じゃないもの」


「そうか……。では、俺がこの像を預かろう」


 ファルコが一人で遺跡に入って像を返してくるという。エバンスのパーティの者の話を聞いて、この遺跡は安全だとファルコは判断したらしかった。


 自分の趣味でもあるし、乗りかかった船でもあるから、礼金などは不要だとも彼は言ってくれた。


「ありがとう……。でも……」


 ファルコの言葉に、イライザはすぐには首肯できなかった。


 財宝の期待できない遺跡に無償で入ってくれる冒険者など、他にはいないだろう。ファルコ以外の冒険者に頼むとするならば、報酬がいる。それは当然、彼女の自腹ということになる。


 ファルコの申し出は、正直に言って彼女にはありがたいのだ。この男ならば、高価な像を持ち逃げすることもないだろうと思う。


 彼の提案を受けて、今ここでこの像を渡してしまえば、それでもうイライザの仕事は終わりだ。この迷惑な像とも、お別れ。毎夜の安眠妨害から解放される──。


 でも、本当にそれでいいのだろうか。


 ティアの像をまじまじと見ながらしばらく迷ったあと、イライザはファルコにこう言っていた。


「ねえ……。あたしも一緒に行っていい? その遺跡、危険は少ないんでしょう?」

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