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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第五話 南の内海の陰謀
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その8 カラドリウス

 ダニーロの視線が、レオンの手の動きに向けられた。


 ──賄賂さえよこせば、お前のやることには目をつぶる。


 そのレオンの仕草の意味も、おそらくは伝わったことだろう。


 少し目を細めながらダニーロが言った。


「私は、皆様の慣習に疎いところがありまして……おいくら程度です?」


「おいくら、だぁ……?」


 いくらも何も、さすがにそこまであからさまに要求するわけにはいかないだろう。本当に疎いのか、あるいはわざとそう見せているのか。


 ちらりと島の奥に目をやった後、レオンは言った。


「お前……食い物とかはどうしてるんだ?」


「こんな小さな島ですからねえ。定期的に、他の島や大陸に買い付けに出向いていますよ」


 それを聞いて、レオンは得たりとばかりに笑って見せた。


「そいつぁ、難儀だな。だが、ちょうどいい。船の食料や水を少し積み込みすぎて重荷になってた所だ。よければお前さん、買ってくれねえか?」


 賄賂ではなく、あくまでも商売というていなのである。押し売りではあるが。


 その意図は、ダニーロにもきちんと伝わったようだ。にこりと笑って彼は言った。


「もちろん、喜んで買わせて頂きますよ」


「酒もどうだ? いいものが入っているぜ」


「ありがたいですねえ」


 ダニーロが舌なめずりをしながら、酒に酔って騒いでいる(ふりの)船員達を見やる。酒好きは本当のようだ。


 しばらく羨ましそうに船員達を見た後、レオンの方に視線を戻してダニーロが言った。


「どうせなら、船長のギムザ殿にもご挨拶がしたいのですが」


 油断なく、こちらの戦力を測ろうというつもりなのだろう。


「魚人が船長」という、ルビーウェイベス号のもう一つの特徴を確認して、こちらが本物の提督(アドミラル)レオンであると確信したい意図もあるようだ。


 大仰に頷いて、レオンは傍にいたキッドを親指でさした。


「こいつが、ギムザだ」


 あらかじめ、キッドには「余計なことは喋るな」ときつく言い含めてある。レオンに紹介された彼女は、何も言わずにニッコリと笑って会釈をした。


(この程度の腹芸はできるんだな……)


 さすがに年の功か、それともエレナの教育の賜物か。レオンは少し胸をなで下ろした。


 妙齢の美女に笑いかけられて、しかしダニーロは少し怪訝な顔をした。


「この方が……?」


 キッドはどう見ても人間だ。魚人ではない。


 相変わらず顔に笑みを貼り付けたたまま、キッドが左手の前腕に巻かれていた布を外して、ダニーロに見せた。


 腕の掌側、手首よりもやや下に、一部分だけ魚の鱗のようになっている場所がある。その中心に、青い古代文字が入れ墨のように描かれていた。


 再び目を見開いたダニーロに、レオンが言った。


「四六時中、魚の顔した奴とツラつき合わせていたいか?」


 俺は、嫌だね。


「だから、魚人の神官に頼んで≪変化≫の術を施して貰った」


 もう一度キッドがにっこり笑いかけてから、手首の布を巻き直す。


 ダニーロがその彼女の整った顔を見て、羨ましそうに呟いた。


「これは、素晴らしいですね。私も……」


 そこまで言って、急に彼は口をつぐんだ。「四六時中、妖魔と一緒にいますので」とは言わぬが華だと判断したようである。


 とはいえ、なんとか()()()()()()はごまかせたようだった。


 心の中で一息つきながら、レオンは金貨の入った袋をダニーロから受け取り、中身を確認した。偽金ではないようだった。宝石なんかも混じっているから、かなりの額である。


 出所は、海賊達に妖魔を提供したことの礼金か、あるいは洞穴に住んでいるらしいから、もしかしたらそこで、昔の海賊の隠し財宝でも見つけたのかもしれない。それを資金に、邪教の秘密神殿を立ち上げたのだ。


 トマソンを呼んで、レオンはダニーロに引き渡す食料の木箱や水瓶、酒樽の準備を言いつけた。楽しみを邪魔されてちょっとした不平を漏らす──という細かい演技を絡めながら、トマソンが船員達を集めて船から積み荷を降ろしていった。


 ヒト一人が入れそうなほどの大きな木箱や樽がいくつも積み重ねられたのを見て、レオンはダニーロに言った。


「一人じゃ大変だろう。手下に運ばせるから、ヤサまで案内しな」


「そう、ですねえ……」


 ダニーロは少し考えるそぶりを見せた。


 まさか、ここまでの量だとは思わなかったのだろう。レオンが受け取った金額からすれば妥当な量なのだが、そもそも正当な取り引きだとは考えていなかったのだ。


「では、申し訳ありませんが」


 そこでレオンは、船員達に命じて荷を三台の大八車に分けて載せさせた。一台に二人ずつの計六人で、ダニーロの先導に従って浜に続く林から岩場の方へと分け入っていく。


 トマソンの言ったとおり、立ち並ぶ大岩の影に洞穴が口を開けていた。入り口は結構広く、レオンのように身体の大きな者でも二人が並んで通れそうな幅がある。大八車も問題なく通るだろう。


 地面に斜めに口を開いて土中に続いているが、見える範囲では高さの方もそれなりにあるようだ。長いキッドの矛も、背中に立てたままで通って行けそうである。


「ここまでで結構です」


 洞窟の入り口まで来たところで、ダニーロが言った。


「あとは、うちの者にやらせますから」


 彼が連れてきていたであろう妖魔は、ここまでまったく姿を現してはいない。レオンとダニーロが話をしている間に、いつの間にかその気配は林の中から消えていた。彼が敵対者ではないと判断して、ねぐらに戻ったのだろう。


 船員達が大八車から荷を下ろし終わると、ダニーロは積み上げられた食料の箱の横に立って、所在なさげにレオンを見た。


 ──彼らを洞窟の中に入れたくはない。妖魔の姿も見せたくはない。


 互いのためにも、そこは一線を引いておこうということだ。


 バラックを海賊ではなく”商船の船長”と言ったように、ダニーロも妖魔を付き従える者ではなく、あくまでこの島に住む一人の人間であると、そういうことなのである。


 分かっているよ──というように頷いて、レオンは船員達を促して洞穴から離れて浜へと戻った。


 しばらく待っていると、皆に遅れて島の奥から戻ってきたトマソンが寄ってきた。


 彼だけはすぐには浜に戻らず、身を隠してダニーロ達の様子を窺っていたのだ。


「どうだった?」レオンは訊いた。


「ほとんどゴブリンでしたね。あと、コボルトが数匹」


 荷物を洞穴内に引き入れるために出てきた妖魔のことだ。かなり重量があるから、もしもダニーロの手勢にオーガのような大きくて力のある魔物がいれば、必ず荷物運びに出てくるだろうと、レオンは読んでいた。


 荷物の中の()()のことを考えると、大八車はくれてやった方が良かったのだろうが、そうしなかったのは、これを確認するためである。


 ゴブリンは人間よりも小柄で、筋力も体格相応だ。犬のような頭をしたコボルトは、ゴブリンよりも地中性が高く、地下洞窟の拡張などの土木工事は得意だが、体格はゴブリンとそう変わらないから、やはり人間よりも力は弱い。


 重量物を運ぶのにそのような者しか出てこなかったということは、ダニーロの配下には、あまり力の強い妖魔はいないということだろうと、レオンは考えた。


 洞穴内に、荷運びには向かないが強力な魔物がいる可能性はまだ残っているが、いたとしてもせいぜい一匹か二匹だろう。


 セシリアによると、邪神の神官は生け贄を使った儀式を行うことで、主である邪神から眷属の魔物を借り受けるのだという。


 神官の力量が高く、格の高い生け贄を使って大がかりな儀式を行えば、強大な魔物を呼び出せる可能性が高くなる。だが、必ずしも指定した魔物を召喚できるわけでもなく、ランダム性が高いということだった。


 おそらくダニーロは、まだそこまで大規模な儀式を繰り返しているわけではないのだろう。そうでなければ、オーガなどはとうの昔に入手しているはずである。オーガは、邪神の眷属としてはかなりよく出てくる部類だ。


 そしてそれは同時に、フェリペがまだ生け贄とされていない可能性が高まったとも言えた。彼のような者を生け贄にしていれば、オーガなどは両手でも数えきれぬほど手に入れられるはずだから。


(頼むぜえ……)


 船へと引き上げながら、木箱の中に入っているものに向けて、レオンは心の中でそう祈った。


 浜に下ろした荷物を回収した後、ルビーウェイベス号は一度島から離れて沖合へと漕ぎ出した。しばらくして島が見えなくなったところで──すなわち、向こうからもこちらが見えなくなったところで、船を停めて波間に待機する。


 船倉から出てきたセシリアが、潮風に神官服をはためかせながら、固い顔でじっと島のある方向を見つめていた。ずっと直立したままなので木箱を持ってきて奨めたのたが、なかなか座ろうとはしない。


「体力は、温存しておいた方がいい」


 そう言って半ば無理矢理、レオンは彼女を箱に座らせた。


 これから、大立ち回りが控えている。だから、休めるときに身体を休めておく必要がある。船員達も、めいめいに座ったり寝そべったりして、皆静かにしていた。あのキッドですらも、右手で矛を抱えたまま木箱の一つに背を預けて、おとなしく目を閉じている。


 そうやって波に揺られながら待っていたら、島のほうの空をずっと見ていたセシリアが、突然に立ち上がって言った。


「カラドリウスが、戻ってきましたわ」


 指さす方を見ると、白く光る鳥が、島のほうから船に向けて一直線に飛んできていた。色も大きさもカモメと似ているが、カモメよりも全体に細く、足も長くて黒い。首回りや尾の付け根にも黒い模様が入っている。


 その鳥の体は、淡い光に包まれていた。


 セシリアが使役する太陽神の眷属・カラドリウスだ。


 甲板の上まで飛んできて、帰還を告げるようにセシリアの頭上で一度円を描くように回った後、カラドリウスは彼女の前に降り立った。


 長い鳥の首には、パンパンに大きく膨らんだ黒い袋のような構造があった。それを見たセシリアの目に、光るものが浮かんだ。


「良かった……。フェリペ様は、生きておられるようです」


 その袋の中に、フェリペから吸い取った怪我や病魔が入っているのだという。そうやって衰弱している者を回復させることが、この鳥の能力なのだ。


 そして、死んでしまった者からはそんなものは吸い取れないから、カラドリウスが首の袋を膨らませて還ってきたということは、すなわちフェリペは生存していることを意味する。


 戦いの前にこれを確認するために、彼女は神鳥を島に残してきたのだ。


 よかったなと言うように、セシリアの肩を一度ぽんと叩いたあと、レオンは船員達に向けて叫んだ。


「野郎ども! 行くぞ! 出陣だ!」


 レオンの声にパチリと目を開いた船員達が、それぞれの手に武器を持って鬨の声をあげる。


 ルビーウェイベス号は、再び邪神の神官が住まう島に向けて大海原を駆けだしていった。

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