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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第五話 南の内海の陰謀
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その7 邪神の神官の棲む島

 その島は、ぐるりと見渡す限り、水平線の見える大海原の真ん中にぽつんと浮かんでいた。


 ヴァロア、オルレシアの南に広がる内海には島々が多いことでも知られているが、広い海のことだから、この島のように他の陸地からは離れた孤島も数多く存在する。


 この島に来ようと思えば、途中で何も目印のない海域を経由せねばならないから、漁民がここまでやってくることはあまりないだろう。補給無しでも何日も航海できるような船でなければ、ここまで来るのは少し躊躇するに違いない。ちょっとした漂流気分を味わう羽目になるからだ。


 ただ、それではこの島が絶海の孤島なのかというと、実はそういうわけでもなく、島を出て三十分ほども航海すれば、すぐに大陸の影が見えてくる。


 必要があれば比較的容易に大陸と行き来ができる一方で、だから逆に商船などの遠洋を行く船が、水や食糧を求めてこの島に立ち寄ることはあまりないように思われた。それぐらいならば、大陸に戻れば良いだけの話なのだから。


(なるほど……)


 その島以外には何もない海を見渡しながら、レオンは納得していた。


 何かを隠すには、あるいは隠れて何かをするには確かに適した立地だ。大陸から近すぎず、遠すぎず。だからこそ、この島を訪れる者は少ない。


 海賊バラックは、その少ない者のうちの一人だった。たまたま立ち寄ったこの島で、彼は邪教の神官らしき男に出会ったのだ。水や食糧と引き換えに、奴隷兵として妖魔を譲られたとのだと言っていた。


 ──増えすぎてしまったから、もらってくれると有り難い。


 ダニーロと名乗った男は、そのように言ったそうである。


 邪神の眷属を船に乗せることに対し、多少の躊躇いを覚えはしたバラックであったが、使い捨てにできる戦力として便利だと、すぐに思い直したらしい。


 普段は檻に閉じ込めておいて、村を襲撃するときだけ離してやれば、あとは勝手に暴れてくれる。混乱に乗じて必要なものを奪ったら、妖魔はそのまま残して引き上げればいい。その後がどうなろうと知ったことか──と、バラックはそう考えたのだ。


 ダニーロは、どうやらこの島に妖魔と共に住んでいるようで、それから二、三度バラックはここで妖魔を補充した。食糧もそうだが、水瓶や酒を持っていくと、特に喜ばれたということである。


 小島を見ながら、レオンはさもありなんと納得した。徒歩でも一、二時間もあれば一周できそうな小さな島だ。


 この島で採れるものだけで生きていくのは難しいだろう。ざっと見た限り、池のようなものは見当たらないから、特に晴天が続くと水の問題は深刻である。


 ぐるりと島の周りを回っただけでは分からなかったが、おそらくどこかに船が隠してあるのだろうとレオンは考えた。それを使って、定期的に大陸に物資──特に飲料水の補給に行かねば、この島で暮らしていくことは難しい。


 島には、船着き場は勿論、人工的な建造物もなさそうに思えた。


 しばらく島の周りを航行した後、船が停泊できそうな場所を見つけて、レオン達は島に上陸した。しばらくここに滞在するぞと言わんばかりに、船から食料の詰まった大きな木箱や樽、それに水瓶を下ろして、浜辺で盛大に焚き火をする。


 このまま宴会を始めるか、それとも仲間を何人か連れて島の散策に向かおうかとレオンが思案しはじめたとき、船員のトマソンが、キッドと連れだって彼の所にやって来た。


「提督、ちょっと……」


 トマソンが緊張した面持ちで口を開いた。


「どうした?」


 少し声を潜めて、レオンは聞き返した。


「実は、キッドと二人で島の奥に行ってみたんですが……」


 姿が見えないと思っていたら、そんなことをしていたのか。


 ──お前ら、そんな関係だったのか?


 と茶化しかけたレオンだったが、どうもそうではないらしい。


 皆が野営の準備をしている間、退屈そうな顔でぶらぶらと歩き始めたキッド見たトマソンが、色々な意味で一人にしておいては危ないと、半ば無理矢理ついていったという経緯のようである。


「一人で行かせたら、何をやらかすか分かったものじゃないですから」


 半眼で自分を見るトマソンからわざとらしく顔をそらして、キッドは吹けもしない口笛を吹く仕草をみせた。


 トマソンの懸念は、的を射ていた。


 浜辺から林の中に分け入った二人は、その先にある岩場に洞窟のようなものを見つけた。ゴロゴロと転がる岩の間に黒々と口を開け、どうやら深い地の底へと続いているようだった。


 そしてその洞窟の前には、二匹のゴブリンがいた。歩哨のように洞窟の両脇に立っていたという。


 それを聞いたレオンの顔にも緊張が走った。


「見つからなかっただろうな?」


 レオンは聞いた。


 トマソンは、紅玉の波姫(ルビーウェイベス)号の船員の中でも特異な経歴を持っている。海賊でも水夫でもなく、盗賊出身なのだ。かつてレオンが壊滅に追い込んだ港町の盗賊ギルドの一員であった。


 彼がそこを辞めたのは、犯罪行為──特に、金のためなら無辜の民を殺すことも厭わない組織の方針に嫌気が差したからだという。それで、彼はギルドと対立したレオンに協力した。


 以来、トマソンは貴重な斥候としてルビーウェイベス号に乗船している。島々に眠る遺跡や、昔の海賊が隠したお宝を探すときなどはもちろん──山賊まがいのことをしていたこともあるらしいから、野外での偵察もお手のものだ。


 だから、トマソン一人であればゴブリンに気づかれる心配はないだろう。


 問題は──。


 レオンの問いにトマソンが申し訳なさそうな表情をし、キッドは悪びれもせずに無邪気な笑みを漏らした。


 ルビーウェイベス号で最も隠密行動に長けた者と、最も苦手な者の組み合わせなのである。


「つまづいて転んじゃった」


 てへっと、キッドが舌を出した。


 転んだ拍子に背負っていた矛が岩に当たり、大きな音を立てた。


 当然、ゴブリンは彼らの存在に気づき、妖魔の言葉で何かを叫んだという。


 ただ、逃げる二人を追っては来なかったそうである。


「追ってこなかった?」


「ええ。一匹はその場に残り、もう一匹が洞窟の中に入っていきました」


 さすが、トマソンは逃げながらも油断なく相手の様子を窺っていた。


「仲間を呼びに行ったのかとも思いましたが、その後も追ってくる様子がないので……」


 単に報告に行っただけなのかもしれない。


「ふうむ……」


 トマソンの話を聞いて、顎髭をさすりながらレオンは考えた。


 こんな小さな島に、野生のゴブリンがいるわけはない。ゴブリンに限らず、それなりに大きな生物が何匹も生きていけるほどの水と食料を、この島のみで賄うのは難しいからだ。


 従ってそのゴブリン達の食料は、誰かが──ヒトか、もしくはヒトに化けられる者が他の島や大陸に行って調達してくるしかない。それが、ダニーロとかいう邪神の神官なのであろう。おそらくは、トマソン達が見つけた洞窟内に隠れ住んでいるのではないかと思われる。


 その洞窟は深い地の底に続いているようだという話であったが、奥にはきっと邪神の地下神殿があるのだろう。


 二匹のゴブリンは、その入り口の歩哨なのだ。


 ただ、トマソン達を追っては来なかったというから、島に上陸してきた者を問答無用で皆殺しにするつもりはなさそうである。


 実際、バラックも知らずにこの島にやって来て、ダニーロと取り引きをしている。


 ならば──。


「野郎ども、宴の準備だ! 思いっきり楽しもうぜ!」


 島の奥にまで届けとばかりに、レオンは声を張り上げた。


 船員達がこちらを見るのを確認すると同時に、素早く片手を動かす。


 ──警戒を怠るな。


 という符牒だ。


 いつ奇襲があるか分からないから、武器は手放さず、騒ぎながらも酒は呑まない。杯に入っているのは、単なる水である。


「……特に、お前は絶対に酒を呑むなよ」


 小声でキッドの耳元に囁いて、レオンは彼女に釘を刺した。


 キッドはかなり酒に弱い。主戦力である彼女に泥酔される訳にはいかないのだ。


 キッドが「分かってるよ」とばかりに、口を尖らせる。


 それを見てから、レオンは彼女を伴って座の中心へと移動した。酒の肴の準備を終えた賄いの小母さんと、小間使いの婆ちゃんが船へと引き上げていく。下卑た酒宴を嫌って──という体だが、今日に限っては安全のためという意味合いが強い。


 この浜は、戦場に変わる可能性があるのだ。


 念のため、セシリアにも上陸以降、甲板には出ずに船倉に待機してもらうよう言ってある。姿を見られて、邪教の神官を警戒させないためだ。


 小一時間ばかり、酒を伴わない馬鹿騒ぎの宴のふりが続いた。


 いい加減、何の味もない水を飲むのに飽き飽きしてきた頃、レオンは浜から続く林の中に、何者かの気配を感じた。


 木陰に数人ほどの人影が見える。島の奥からやって来て、こちらの様子を伺っているようだ。人影の多くは、少し小柄であるように思えた。人間ではなく、妖魔なのだろう。


(おいでなすったな……)


 そう考えながらも、しばらく気づかぬふりで杯を傾け続けていると、ガサガサと茂みをかき分ける音がして、一人の男が姿を現した。裾の長い神官服のようなものを着ているが、特定の神の聖印は下げてはいない。さすがに、それは見えないところに隠してきたようだ。


「誰でい?」


 薄笑いを浮かべながらこちらに近づいていくる男に、レオンは声をかけた。


「お楽しみのところを失礼。私はこの島に住む者で、ダニーロといいます」


「お前さんがダニーロか。バラックから話は聞いてるぜ」


 レオンはそう言った。


 余計な自己紹介は不要。お前が妖魔を従えていることも知っている──。そう伝えたのだ。


「バラック……。ああ、あの海賊ですか……」


 言いながら、ちらりとダニーロはルビーウェイベス号に目を向けた。特徴的な赤い船体と、船首の女性像に埋め込まれた赤く光る石を。


「あの赤い船……。もしや、あなたは提督(アドミラル)レオン殿で?」


 ニヤリと笑ったレオンは、その問いかけに直接には答えずに言った。


「バラックは海賊じゃねえ。自衛のために武装しちゃあいるが、あくまで個人商船の船長だ。だって、そうだろう? この海を預かってる提督レオン様が、海賊なんかとつるむはずはねえからな」


 そこのところを間違えるなよ、と言うと同時に、分かるな? というようにレオンはまた笑って見せた。


 もしもダニーロが、レオンのことを詳しく聞いていれば──その性格や信条を正しく理解していれば、こんな風に一人で出てくることはないはずである。徹底的に隠れるか、問答無用で襲撃してきたことであろう。彼は、レオンとはけして相容れるはずのない男なのであるから。


 なのにそうしていないということは、ダニーロは噂程度でしかレオンのことを知らないのだ。”侠客”とは聞いているだろうが、権力の後ろ盾を得た海のならず者、海賊と同じ穴の狢、とでも考えているに違いない。


「ああ……」


 そういうことか、というようにダニーロが微笑を漏らした。


 うまく誤解させることができたようである。


 ──話の持っていき方次第では、海賊や犯罪行為にも目をつぶってくれる。


 と、そう思わせることができた。


 さりげなく、しかしダニーロにはきちんと気づいてもらえる程度にはあからさまに、レオンは手の指を擦り合わせた。金貨を一枚一枚数えるときの仕草だ。


 こういうことはあまりしたことがないから、どうか上手く伝わってくれよ──と、内心少し不安に駆られながら。

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