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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第五話 南の内海の陰謀
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その5 海賊に襲われる村

 セシリアを迎え入れ、サンレモニ港を出港した”紅玉の波姫(ルビーウェイベス)”号は、大陸の沿岸を西へと進んだ。


 右手に見える陸地にはいくつもの街や村が散在し、やがてレオンとエレナ達が出会ったラゴリノの街が見えてくる。ヴァロア王国の最西にあたる港町だ。


 ラゴリノの西側では山が海まで迫っており、海上から見える陸地も、砂浜ではなく崖や岩場が多くなる。


 陸上ではこの山の峠がオルレシアとの国境で、山越えの道には両国の関所が設けられていた。


 ただ、海にはそのような分かりやすい目印はないから、ヴァロアとオルレシアとの境は曖昧だ。


 次に陸地に人家が見えたら、そこがオルレシア領内の最も東の人里となり、その周りの海がオルレシアの領海だということになる。


 もしもレオンが海賊であれば、ヴァロアの海軍に追われたときには、ここまで逃げきれれば安全圏で、ヴァロアの軍隊は、オルレシア領内までは追っては来ない。逆に、オルレシアの海軍に追われた際には、ラゴリノ近海まで逃げれば安全である。


 船を使う海軍は、一隊あたりの人員規模がどうしても大きくなるから、境は曖昧なのに、陸上よりも相手方の領域侵犯には気を遣う。


 軍に追われても逃げやすいということになるから、この辺りは海賊にとっては天国のような場所であった。だからこそ、レオンのように国境を跨いで海賊に対抗できる者が必要となるのだ。


 オルレシアの領海に入ってしばらく進んだ頃、マストの上の見張りが、前方の陸地に黒い煙が上がっているのを見つけた。船を進めるにつれて、甲板上のレオンからもその煙が確認できるようになった。一本だけではなく、何本かの煙が青い空に伸びている。


 小さな漁村のようだった。粗末な波止場の一角に炎が見える。焚き火ではなさそうだった。波止場の奥の村からも、幾条もの煙が上がっている。


 波止場に停泊されている漁船よりも大きな船を見て、レオン達の懸念は緊張へと変わった。


 その船は、とても商船のようには見えなかった。


 甲板上に矢よけの木板が多数設置されている。明らかに戦闘を想定して造られた船であるが、軍艦ではない。軍旗を掲げていないし、ところどころに施された補強はいかにも雑だ。レオンのような民間の戦闘船か、さもなくば──。


 レオンは、ルビーウェイベス号の船首をその漁村のほうへと向けさせた。


 村に近づくにつれ、小さな港に、武器を振り上げた何人もの人影が見えた。逃げ回る村人らしき者たちの姿もある。


 もう間違いない。海賊だ。村が襲われているのである。


 レオンはもともと傭兵で、護衛をして報酬を得るのが生業の一つであるから、金も貰っていないのに海賊から村を守ってやる義理などはない。


 ただ、無辜の民が襲われているのを横目に、何もせずに通り過ぎることができるほど非情な性格でもなかった。他の船員達も同様である。


 ルビーウェイベス号が浅瀬に近づくと、キッドが矛を持ったまま海に飛び込んでいった。巧みな泳ぎで船を追い越し、村の方へと向かっていく。他の船員も、気の早い者たちが小舟を下ろして彼女に続こうとしている。


 指揮を執るためにまだ甲板上に残っていたレオンは、村が近づくにつれて、そこを襲う海賊達の異様さに気がつきはじめた。


「おい……。ありゃあ……まさか、ゴブリンか?」


 人間よりも一回り体の小さい、醜悪な顔の小鬼が、襲撃者の中に混じっていた。


 レオンよりも目のいいギムザが頷く。


「間違いないですね」


 レオンは背後にいるセシリアの方へと目を向けた。


 フェリペ元司教を攫った者たちの中にも、ゴブリンが混じっていたという。


 いくら海賊といえども、邪神の眷属である妖魔と共に行動する者などそうはいない。


 ゴブリンなどの妖魔は本来、人間をはじめとする光の神が作りし者を滅ぼすために、邪神が生みだした者たちだ。生まれながらに太陽神・ソレイユが創り出した人間達を憎悪しているから、捕らえた人間を奴隷として扱うことはあっても、協力して何かをするということは、通常は考えられない。


 その例外が、邪神の神官だ。彼らは人間であっても邪神を信奉し、自らがその眷属となることを望んでいる。一般には、人間の方がゴブリンより知恵も体力もあるから、邪神に帰依した人間であれば、ゴブリン達はその言うことを聞くのである。


 だから、いま目の前で村を襲っている海賊団が、ゴブリンを使役しているということであれば、可能性は二つだ。


 海賊団全員、あるいは少なくとも船長をはじめとする主たる者が邪神に帰依しているか、もしくは海賊団が、ゴブリンの上にいる邪教神官と手を結んでいるか、である。


 そして、その神官こそがフェリペを攫った者なのであろう。レオンの縄張りであるこの海域に、海賊と手を結んだ邪神教団がそういくつもあるとは思えない。


 どうやって邪教神官の居場所を探るか悩んでいたレオンであったが、あちらの方から彼の手の届くところに現れてくれた。


 レオンの義侠心に、神が応えてくれたのだろう。


 浅瀬の波をかき分けながら、ルビーウェイベス号は敵船に接舷した。見る限り、海賊船には最小限の人員しか残っていない。船長や邪神の神官は、すでに漁村に上陸しているのだろう。


 敵船の制圧をギムザに任せ、レオンは曲刀を携えて波止場に下りようとした。情勢を確認しようと村の方に目を向けた彼は、離れた堤防の上に幼子を抱えた女の姿があることに気づいた。


 逃げ遅れたのであろう。三方を海に囲まれた堤防の上で震える女に、一匹のゴブリンが剣を振り上げながら近づいてきている。


(マズい!)


 誰かあの女を助けられる者はいないか──。レオンは仲間達の姿を探した。


 先に飛び出していったキッド達は、既に村に続く浅瀬を走りはじめていた。だが、まだその堤防まではかなりの距離がある。先頭のキッドでも、ゴブリンが剣を振り下ろすまでに、逃げ遅れた女のところに辿り着くのは無理そうに思えた。


「くそっ!」


 レオンがそう吐き捨てたときだった。


「ザルティス、お願い!」


 背後からセシリアの声がした。


 次の瞬間、何かおそろしく速いものが宙を駆ってレオンの脇を通り過ぎていく。


 緑色をした体の長い小動物──蛇のように見えた。ただ、半透明な虫の羽根のようなものを生やしているから蛇ではない。尾の部分には赤い炎を灯しており、普通の動物でもなさそうだ。


 高速で真っ直ぐにゴブリンに向けて飛んだその蛇のようなモノが、尾の先の炎で妖魔の顔を焼いた。


「ギャウッ!!」


 たまらず、妖魔が叫ぶ。


 振り払おうとするゴブリンの手を素早くよけながらその顔の周囲を飛び回り、ザルティスというらしい蛇もどきが、何度も炎の尾で妖魔に攻撃を仕掛ける。


 体の小さなその生物では、ゴブリンに致命傷を与えることは難しいが、時間稼ぎには十分だった。


 バシャバシャと浅瀬を走るキッドが、ゴブリンのいる堤防に近づいていき──そしてついに()()()()に入った。


 キッドが、手に持つ三つ叉の矛を妖魔に向けて構えたのを見て、レオンはセシリアに言った。


「巻き込まれるぞ! あいつをゴブリンから離れさせろ!」


 頷いたセシリアが叫んだ。


「ザルティス、戻って!」


 緑色の蛇がゴブリンから離れ、セシリアの元に帰ってくる。


 キッドの持つ矛の切っ先が、真っ直ぐゴブリンに向けられる。


 ビリリッ──!


 キッドの両手から青白い線状の光が迸った。矛の柄から尖った三つの先端部へと順に伝わった光は、やがて矛の先で一度収束した後、空気中を走る稲妻となって堤防の上のゴブリンの体を電撃で包み込んだ。


「ギエエェェェッ!?」


 叫び声を上げたゴブリンがゆっくりと崩れ落ち、堤防から海へと落ちる。


 それを確認してから、レオンはセシリアの方を向いて言った。


「あんた……召喚士(サモナー)だったんだな」


 セシリアの左手には、彼女の指にじゃれるように、ザルティスというらしい羽の生えた緑色の蛇が巻き付いていた。尻尾の炎は消えている。


「ソレイユ様の眷属限定ですけれども」


 微笑みを浮かべながら、セシリアが答えた。


 召喚士というよりは”眷属使い”という呼称の方がより正確なのかもしれないが、いずれにしろ希有な能力ではある。


 神官としての実力に加え、眷属と意思疎通をして手懐ける才能も必要だ。そうそうお目にかかれるものではない。


 思わずじろじろと彼女を見てしまったレオンに恥じらった笑みを返しながら、話をそらすようにセシリアが口を開いた。


「それより、あの方も珍しい術を使われますわね」


 セシリアの目は、堤防に飛び上がって女を助け起こしているキッドのほうに向けられていた。


「”術”というか……」


 レオンは思わず頬を掻いた。


 キッドの場合は、術というよりも”体質”である。海竜であった頃の能力の名残なのだ。


 水中で暮らす海竜は、身体から電流を発して周囲の魚を倒し、餌とする。海神・オセアンから与えられたその能力が、人間になってもキッドの中には残っている。


 ただ、単純に体から空気中に電撃を発しては、生じた雷が無差別に仲間も傷つけてしまうから、試行錯誤の末に、彼女は金属製の矛の先端から目標に向けて放電する方法を見つけだしたのだ。


 定期的に放出しないと体内に電気が溜まって気持ち悪いらしく、しばしばキッドは海中に矛を突っ込んで少しずつ放電している。知らぬ者は、無邪気に遊んでいるだけだと思っているらしいが。


「まあ……後でゆっくり説明するよ」


 そう言って、レオンはその場での話を終わらせた。


 キッドの”術”の秘密を話そうとすれば、まずは彼女の出自から説明しなければいけない。長い話になってしまう。


「今は、奴らをなんとかしねえと──」


 表情を改めて、レオンは漁村の方を見た。キッドをはじめ先行した船員達が、すでに海賊や妖魔達との戦端を開きはじめていた。


「ええ。いってらっしゃいまし」なんだか夫を送り出す妻のようなことを言ってから、セシリアはルビーウェイベス号の船首にある女性像を指さした。「船のほうは、心配なさらないでください」


 つられて彼女の指さす船首を見たレオンは、女性像の胸に嵌められている赤いガラス玉の上に、一匹のリスに似た小動物が取り付いていることに気がついた。


 その額には、日の光を反射してきらびやかに輝く赤い宝石のようなものがある。


「あれは──まさか……」


「カーバンクルですわ」


 にっこりとセシリアが微笑み、胸の前で祈るように両手を組み合わせて目を閉じた。


「この船の皆様に、ソレイユ神の祝福を──」


 そうか──と、レオンは思った。


 謎の生物であるカーバンクルは、太陽の神・ソレイユの眷属であったのだ。光の速度で動くから、捕まえることができないのである。能力はおそらく、周囲の者に祝福やソレイユの加護を与えること。


 それが転じて「富や名誉を得る」という伝説になったのであろう。太陽神の加護を得ることで、結果的に成功を手にするわけだ。


(神様に祝福してもらえるような柄じゃねえけどな……)


 心の中で呟きながら、それでも不思議な力を得た気持ちになったレオンは、曲刀を構えて漁村の方へと走り出していった。

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