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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第四話 妖精の森のコーデリア
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その19(終) コーデリアの決断

 遺跡の出口へと向かう道すがら、先程までは殊勝にファルコの後ろを歩いていたマテオとアンジェリカが、昂揚しているのか何かを話ながら歩調を速め、いつの間にか歩く速度を緩めはじめたファルコに気づかず、彼の前へと出てしまった。


 ここまでの回廊は入念に確認済みだから、道さえ間違えなければ問題あるまいとでも判断したのか、何も言わずにマテオ達に先頭を譲ったファルコが、そのまま最後尾を歩くコーデリアのそばまで歩み寄ってくる。


 どうしたのだろうと彼を見たコーデリアに、ファルコが話しかけてきた。


「なあ、コーデリア。あの書庫の中の文書にあったのだが……」


 そこで、生き証人でもあるパットの方をチラリと見た後、彼は続けた。


「家族に見守られながら息を引き取る間際、ルクレツィアはこう言ったそうなんだ」


 ──あなたたちに出会えて、私は本当に幸せでした。ありがとう。


 そうして穏やかに笑いながら、彼女はあの世へと旅立った。


 つい足を止めて彼の方を見たコーデリアに、ファルコは語り続けた。


「トラバウスについて森を出た彼女は、確かに一時期辛い思いもしただろう」


 でも、彼女の人生はけして苦しいことばかりではなかった。巷間で語られるような”悲劇の王妃”などではけしてなかった。


「カルロと出会い、子供達と出会って彼女は幸せを見つけた」


 最初に出会った男がたまたま非道い人物であっただけで、彼女は森を出たから不幸になったわけではない。


 むしろ森を出なければ、カルロ達と出会うこともなかっただろう。


 辛い思いはせずにすんだかもしれないが、愛する者たちに囲まれて「幸せでした」と微笑みながら一生を終えることもなかったのだ。


「そして俺は……俺たちは……」


 トラバウスとは違う──。


 そう、はっきりとファルコは口にした。だが、


「必ずきみを……その……」


 とまで言ったところで、ファルコが口ごもる。


 ヒカリゴケがあるとは言え回廊は薄暗いから、ファルコの顔色の微妙な変化まではコーデリアには分からなかった。


 しばらく続きを待ってみたが、ファルコはなぜだかぷいと顔を背けた後、こう言った。


「先程の話、もう一度考えてもらえると嬉しい」


 そのままコーデリアの顔を見ずに、ファルコは再び列の先頭へと戻っていった。


 その様子をぽかんと見ていたコーデリアに、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらパットが呟いた。


「まったく……。器用なんだか、不器用なんだか……」


 コーデリアがパットに目を向けると、妖精猫も彼女を見上げて言った。


「トラバウスはひどい奴だったけどさ。でも、ルクレツィアを森から連れ出してくれたことには、感謝しているんだ」


 彼がルクレツィアを誘ってくれたからこそ、彼女は森を出る気になった。人間社会で暮らすことを覚えて、そして最終的には人の輪の中で幸せになった。


 自身の人生に満足をしながら、生涯を終えることができた。


 彼女は、森から旅立ったことを決して後悔はしていないだろう。


 そしてそれは、この森で育った他の子供達も同様だ。彼女らは皆、それぞれに森から巣立っていき、そしてそのことを悔やんだ者は一人もいない。


「だから……ねえ、あなたも」


 前を歩く人間達に目を向けながら、パットは言った。


 少なくとも、彼らはトラバウスのような悪辣な人間ではない。ルクレツィアの時の反省があるから、妖精達はそこの見極めはきちんとするようにしている。


 もちろん、彼らがコーデリアにとって生涯を共に過ごす者になるかどうかは、まだ分からない。


 森の外では、また新たな出会いや別れがあることだろう。


 ときには悲しい思いをすることもあるかもしれないが、それでも外の世界にあるのは、辛いことや苦しいことばかりではない。傷つくことを怖れて森の中に閉じこもっていては、人としての幸福を手にすることはできない。


 実年齢相応の表情で自分を見上げるパットの顔を、コーデリアはしばらくじっと見つめかえした後、再び前方へと目を向けた。


 その彼女の目に、やがて日の光が見えてきた。出口に辿り着いたのだ。


 早足になった先頭のアンジェリカを追いかけるように、彼女も明るい太陽の下へと足を速めていった。


 遺跡の外の野営地に戻り、ヴェルデと合流したところで大きく伸びをしながらアンジェリカが言った。


「さて、どうする? ここはもう引き払うか? それとも今夜はここで過ごして、帰るのは明日にするか」


 夕暮れにはまだ少し早いが、暗くなる前に森を出るのは難しいだろう。


 それぞれに考える様子を見せた仲間達に、意を決したようにコーデリアは言った。


「ねえ……今夜は、わたしの小屋に泊まらない?」


 驚いたような六つの瞳が彼女の方を見る。


「今から向かえば……夜までには辿り着けると思う」


「……いいんすか?」


「ええ」


 おずおずと聞いてきたマテオに、コーデリアは微笑み返した。


 少し手狭だが、四人くらいならば寝泊まりできる広さはある。


「それに……わたしも今夜中に荷造りを済ませたいし」


「荷造り?」


 聞いてきたマテオ達の顔を順に見回しながら、彼女は口を開いた。


「……みんなは、明日帰るのでしょう?」


 覚悟を決めるように一度目を閉じてから、コーデリアは仲間達を真っ直ぐに見て言った。


「お願いがあるの。わたしを、あなたたちの街に連れていって。あなた達と一緒に、行きたいの」


 それを聞いた三人の目が見開かれた後、その顔に徐々に笑みが広がっていった。


「勿論、大歓迎だ。良ければ俺の定宿を紹介しよう」


「どうせ王都に来るなら、宮殿内も案内するぞ。私の友人なら構うまい」


「料理の美味い店も教えるっすよ。『岩窟巨人亭』にも負けてません」


 口々に言う仲間達に瞳を潤ませて微笑みながら、


「……ありがとう」


 と言ったコーデリアは、それから「これでいいでしょう?」とパットの方を見た。


 何度も子離れを経験してきた猫妖精は、それでも一瞬だけ寂しそうな顔を見せた後、ニマァッという満面の笑みを彼女に返してきた。


「さあ! そうと決まったら、まずはここの片付けだ!」


 アンジェリカの言葉を合図に、焚き火跡のところにマテオとファルコが向かう。


 その彼らを追いかけるように一歩を踏み出したコーデリアを、姿を隠した多くの妖精達が温かい目で見守っていた。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

第4話は、これで終幕となります。

次話は「第5話 南海の陰謀」を掲載予定です。南の内海が舞台となりますので、彼ら、彼女らが再登場します。

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