その6 詩人の話──シドとティア
♪あるところに、シドという名の一人の若者がおりました。
土を耕し、畑を作って野菜や薬草を育てるのが、彼の仕事でした。
彼の畑には、他では見られないような珍しい植物があると評判でした。
あるときシドは、泉のほとりで綺麗な乙女に出会いました。
その乙女は、名をティアといいました。
彼女は太陽の神・ソレイユに仕える巫女で、神々の服を美しい色に染めるのが仕事でした。
シドとティアは、一目見たときからお互いを好きになり、愛しあいました。
そこでふたりはソレイユのもとを訪れ、自分たちの結婚を許してほしい、と頼みました。
ソレイユは迷いました。
布を染めるティアがいなくなると、神々の服は寂しいものになってしまいます。
それでもソレイユは、最後には愛しあう二人の結婚を許しました。
シドとティアは、ソレイユと愛の神・アモーレが立ち会う前で結婚し、永遠の愛を誓いあいました。
シドは永遠にティアを守ると誓い、ティアは永遠にシドの傍で彼を支えることを誓ったのです。
ふたりが出会った泉のほとりで、シドとティアは仲睦まじく暮らし始めました。
しかし、幸せは長くは続きませんでした。
あるとき、邪霊ヴィイがやって来て、ティアを見初めました。
ヴィイは、美しいティアを自分の妻にしたいと考えました。
しかし、ティアはいつもシドの傍にいて、片時も離れません。
そこでヴィイは、南の島から大量の香木を持ってきて、二人の家の周りに置きました。
いままで嗅いだことのない良い香りに誘われたティアは、不審に思ったシドが止めるのも聞かずに、一人で家の外に出てしまいました。
その瞬間、ヴィイはティアに魔法をかけて彼女の記憶を奪ったのです。
そして、彼女を助けに出てきたシドを殺しました。
記憶を失ったティアは、自分が何者なのかわかりません。目の前で死んでしまった男が、自分の夫であることも分かりません。
困惑するティアに、ヴィイは「自分は悪霊を倒しに来た妖精の騎士だ」と言いました。
倒れているシドを指さし、「あれが悪霊だ」と言ったのです。
ティアはその言葉を信じてしまいました。
ヴィイは彼女を自分の住処に連れ帰り、そして彼女に結婚を申し込みました。
記憶をなくして不安に襲われていたティアは、優しく彼女の面倒を見てくれたヴィイに感謝し、彼の妻になることを受け入れました。
森の奥の暗い洞窟の中で、ティアはヴィイと暮らし続けました。
しばらく経って、シドとティアの姿が消えたことを知ったソレイユは、シドの畑の作物たちに、何が起きたのかを聞きました。
そして小鳥や虫たちにティアの行方を探させました。
やがて森と草原を行き来する鳥が、森の奥で邪霊の妻として暮らすティアを見つけ、ソレイユに知らせました。
ソレイユは老人に化けて、森の中でヴィイのための食事を探すティアの前に現れました。
そして、ティアの記憶を戻しました。
シドのことを思い出して悲しみ、彼を裏切って邪霊の妻となってしまったことに後悔の涙を流すティアに、ソレイユはマンドラゴラの根を渡しました。
かつてシドが育てていたその植物の根は、調理の仕方で毒にも薬にもなるのです。
家に帰ったティアは、マンドラゴラをスープに入れてヴィイに出しました。
しかし、警戒心の強いヴィイは、ティアが口にしたのと同じものしか食べません。
そこでティアは、ヴィイの前でスープを飲んでみせました。
ティアは、マンドラゴラを毒として調理していました。
それを飲んだ彼女の全身を、想像を絶する痛みと苦しみが襲います。しかしティアはそれに耐え、にっこり笑ってヴィイに言いました。
「美味しいから、あなたもお飲みなさい」
ティアがスープを飲んだことで安心したヴィイは、自分もスープを飲み干し──そして二人とも死にました。
シドとティアを哀れに思った愛の神・アモーレが、ふたりの魂を空に上げ、寄り添って輝く二つの星としました。
しかしソレイユは、ふたりがそのまま輝き続けることを許しませんでした。
シドもティアも、ソレイユとアモーレの前で行った誓いを破っていると考えたからです。
シドはティアを守れませんでした。
ティアはシドの傍を離れ、彼を支えることができませんでした。
そこでソレイユはふたりに命じました。
──償いとして、一年の半分は地面の下で働きなさい。
──シドは土を耕し、ティアはその土から生えた花を、綺麗な色に染めなさい。
──そして仕事が終わった後、天に昇って休みなさい。
こうしてシドとティアは、冬の間は地面の下で働き、春が過ぎ、草花が綺麗に花を咲かせたのを見届けた後、空に昇ることになったのです。
夏の夜、あなたが夜空を見上げると、ひときわ美しく輝く二つの星が並んでいるのが見えるでしょう。
その星こそ、仕事を終えて空に昇ったシドとティアなのです。
冬の間の仕事を終えた彼らは、美しい花で彩られた地上の様子を見ながら、仲良く寄り添って、ふたりだけの時を過ごすのです。
※
語り終えてリュートを下ろした後、詩人が言った。
「ソレイユの仕打ちを『ひどい』と言う人もいますが、私はそうは思いません。
罪と後悔の意識を感じていたのは、シドとティア自身ではなかったかと考えるからです。自分自身を責める彼らは、とてもではありませんが仲良く星として輝く気にはなれなかった。
それに気づいたソレイユは、ふたりに罪を贖う機会を与え、心置きなく寄り添って過ごせるようにしたのではないかと、私はそう思うのです」