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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第四話 妖精の森のコーデリア
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その16 母の冠~宝珠の中

「……風の精霊がいるわ」


 回廊を歩いている途中、突然にコーデリアが呟いた。


「風の精霊?」


「ええ。……外から入ってきているみたい」


 遺跡の中とはいえ、風の精霊が全く存在していないわけではない。空気がある以上は、精霊の力は少なからず働いている。ただ、このような地底の洞窟の場合、空気は淀み、風の精霊力は弱いことが普通である。


 それなのに、活発に風の精霊が舞いはじめたとコーデリアは言うのだ。


「いったい、どういうことだ?」


 アンジェリカが聞いた。


「この先に、外と繋がっているところがあるんだと思う。そこから、風の精霊が入ってきているの」


 遺跡の入り口付近が、似たような状態だったという。


「外と繋がっている……。出口、ということか?」


「人が通れる隙間とは限らないがな」


 ファルコが言った。


 ここのように崖の中に作られた遺跡ではままあることだという。細い岩の隙間から、風が入ってくるのだ。


 ただ、これまでコーデリアは、遺跡の中で風の精霊の力をほとんど感じてこなかった。


 遺跡内の壁や天井はしっかりとした石造りで、外部と通じていそうなひび割れなどはない。


 この先に風の通る隙間があるとすれば、それはやはり遺跡の中では特異な場所だということになる。


 はたして回廊を進んで辿り着いた先は、これまでとはかなり趣の異なる空間だった。


 自然の洞窟を利用したとおぼしき広い場所で、天然の岩の柱が何本も頭上に伸びている。壁も天井も自然の岩そのものだ。部屋と言うより、地下空間と言うべき場所だった。


 ただ、床だけは一部が整形してあり、平らな石畳になっている場所がある。


 その中央に、長方形の巨大な石棺が鎮座していた。


「棺桶……か?」


 アンジェリカが呟く。


 石の表面は磨かれているが、装飾のようなものは施されていない。蓋のようなものがあるから箱なのだろうが、長細い形のそれは、宝箱のようには見えなかった。


「待て……」石棺に近づこうとするアンジェリカをファルコが制した。「迂闊には近づかない方がいい」


 罠の存在を危惧しているのだ。


 入り口近くに留まりながら、ファルコはしきりに洞窟内に目を走らせていた。”母の冠”を探しているようだ。


「”仰ぎ”というからには、高いところにあるのか……?」


 ファルコの視線が徐々に上がっていく。


 床を除いて自然のままのこの洞窟では、壁と天井の境も直角ではない。どちらも凹凸に富み、なだらかに壁から天井へと移行している。


 その一点、何人かが立てそうなほどの大きな岩棚の付近にファルコが目を向けたとき、彼の視線を追ってそちらを見たコーデリアが口を開いた。


「あそこ……風の精霊が舞っているわ。きっとあの辺りで外と繋がってる」


「外と……」


 コーデリアの方に目を向け、しばらく思案げな表情をした後、ファルコが慎重な足取りで歩き出した。


 あえて石畳の上は歩かず、石棺の周囲を迂回して通り過ぎ、風の精霊が舞っているという岩棚の下まで辿り着く。床付近に張り出した大きな岩の影に身体が隠れたと思ったら、しばらくして声だけが聞こえてきた。


「みんな、こっちに来てくれ。棺には近づかないように、慎重に」


 ファルコの歩いていた道筋を思い出し、その軌跡を辿るようにマテオ達は岩の傍まで歩み寄った。


 その陰に隠れるように立っていたファルコは、彼らが近づいてきたことを確認すると、岩と壁の間にある空間へと目をやった。


「これは……」


 ファルコが目で示したものに気づいたアンジェリカが声を出す。


「階段、か?」


 暗くて見づらいが、岩と壁が繋がる窪みの部分にはいくつもの段差があった。石の梯子とも言えそうなほどに急峻だが、手をかけながらであれば、女性やマテオのような重装備の者でも登っていけそうである。


 視線を上げると、段差は壁の半ば程まで続いていて、そこにはまた別の大きな岩の張り出しがあった。


「あそこで折り返しているのだろう」ファルコが言った。


 その先はおそらく、頭上の岩棚まで続いている。


「あの岩棚が、”母の冠”なんすか? じゃあ、”宝珠”というのは……」


 言いながら、マテオは岩陰を出て頭上を見上げた。暗くてよく分からないが、岩棚の壁の辺りにも出っ張った部分がある。


「あれが宝珠かな?」


 おそらくそこに大きな岩があるのだろうとファルコは言った。そして、裏側に通路が隠されているのではないか。


「”宝珠の中に入れ”ではなく、”至れ”だからな」


 通路はおそらく洞窟の外に通じているのだろう。コーデリアが風の精霊を感じたのもそのためだ。外に出るわけだから、”入れ”という語を使わなかったというのがファルコの推測だった。


「あの棺みたいなものはなんなんすか?」


「ダミーだろうな」


 マテオの疑問に、ファルコはそっけなく答えた。


「他とは違う場所の真ん中に、いかにもという感じで置かれた石の箱。何かあると思うのが普通だろう」


 先程のアンジェリカがまさにそうだった。中にあるのは財宝か、あるいは誰かの棺なのかと興味をそそられていた。


「それで開けてみて中に何もなければ、既に盗掘済みなのだなと考える。そうやって、ここで諦めて引き返させようというつもりなんだろう」


 近づくと、あるいは開けようとすると罠が発動するという可能性もあるが、自然のままのこの空間では、あまり大がかりな仕掛けは造れないだろうというのがファルコの推察であった。


 ただ、魔法を使った仕掛けであればその限りではないから、油断はできないという。


「安全が確認できるまでは、興味本位に近づかない方がいいだろうな」


 そう言ったファルコの視線は、アンジェリカに向けられていた。特に釘を刺された格好の彼女が苦笑して頬を掻く。


「まずは、”宝珠の中”に行ってみよう」


「その先に宝があるわけだな」


 目を輝かせたアンジェリカに、ファルコがもう一度釘を刺した。


「俺がいいと言うまでは、絶対に迂闊には動くなよ。宝物の傍が一番危険なんだ」


 一行は、ファルコを先頭に石段を登りはじめた。


 壁の途中にある岩の張り出しまで来ると、陰になっている場所の壁に穴が穿たれ、石段はその中へと続いていた。人工的に造られたものであることは明らかだった。


 壁の中の暗い階段を上り、天井付近の岩棚に出る。


 小部屋ほどの広さがある岩棚の上に、やはり大きな岩が鎮座していた。これが”宝珠”なのだろう。回り込んでその裏を確認したファルコが言った。


「……やはりな。通路のようなものがある」


 岩の真裏の壁に、人ひとりがようやく通れそうな裂け目が口を開いていた。ファルコが、先端に魔法の光を灯した小剣を差し込んで中を覗き込む。


「中は意外と広いな……。かなり奥まで続いていそうだ」


 裂け目部分は狭いが、その奥はやや幅が広くなり、まさに通路のようだという。


「マテオ、通れそうか?」


 アンジェリカがそう聞いてきて、マテオは頷いて答えた。背荷物を降ろして身体を横にすれば、なんとか通り抜けられそうだった。


 裂け目の先は、やや上り坂になっていた。遺跡内の回廊と違って壁や天井は自然の石のままだが、通路の形は円形で、自然にできた洞窟のようには見えない。巨大な槍で岩壁に穴を穿ったような感じだとマテオは思った。


 しばらく進むと、先に光が見えてきた。日の光のようだ。心なしか、空気も新鮮になっているように感じる。


 やがて、マテオの眼に外の風景が映るようになってきた。


 空間が突然に広がり、天井が一気に高くなる。足下は天然の岩そのものだが、先程までと異なり、あちこちに緑色の苔が生えている。上を見上げると、高い天井からは尖った石筍がいくつも垂れ下がっていた。


 通路は、崖の中腹にある巨大な岩の裂け目のような場所に繋がっていたのだ。四人が並んで立てるほどの広さがあり、風が運んできたのか、ところどころに小枝や枯れ葉が散乱している。


 深い渓谷の、その片側の岸にある崖のようであった。足下の岩が途切れるところまで近寄って下を覗いてみると、遙か眼下に岩の大地を裂くように川が流れているのが見えた。


 眼前には対岸の崖も見えており、そちらの岸壁も岩のようではあったが、崖の上には植物が生い茂っていた。崖の腹も繁茂する蔦や苔で覆われており、マテオの目の高さぐらいまでは岩肌はほとんど露出していない。


 いかにも”森の中”らしい大自然の緑を感じさせる光景であったが、見晴らしという点では”猫の額”ほどよくはなかった。頭上も張り出した崖に遮られて、目にする青空はいかにも狭い。


「ここに、宝があるのか?」


 少し拍子抜けしたようにアンジェリカが言った。


 いま立っている崖の裂け目は明らかに自然が作りだしたもので、見る限り人の手が加えられた様子はない。宝の箱や彫像などの人工物も見当たらない。


「まだ、先があるのかしら……?」


 コーデリアが崖のギリギリまで近寄って顔を出し、上下の岩壁を観察しはじめたが、とても登り降りできそうな様子ではないとかぶりを振った。


 裂け目の左右にも先に進めそうな場所はなく、彼らが通ってきた通路以外には洞穴のようなものもない。鳥のように空でも飛べない限りは、この場所から離れようと思ったら、やって来た通路を再び戻るしかないのである。


「古文書の詩はここで終わりだ。だから、ここが目的地なのだろうが……」


 顎を撫でながらファルコが思案する。しかし、これまでのような閃きはなかなか訪れないようだった。


 続いてファルコは懐から魔道書を取り出し、呪文を唱えはじめた。何か魔法の力が働いていないかを確認しているのだ。


「……駄目だな。特に異常な魔力はない。ミスリルが岩に偽装してあるということもなさそうだ」


「精霊力にも異常はないわ」


 コーデリアが言う。


 それでもファルコは、しばらく壁や地面に触れたり叩いたりして調べていたが、やがて諦めたように首を左右に振った。


「やはり、何もなさそうだ」


「すでに、誰かに持ち去られた後なのか?」


「可能性はあるが……」


 ファルコがまた顎に手を当てて、指で唇を撫ではじめた。


「何か重要な情報が足りていないのかもしれん」


 足を踏み入れていない通路の先も調べるか、というアンジェリカの提案にファルコは難色を示した。


「あまりに危険すぎる」


 マテオの怪我はまだ癒えきっていない。ファルコもコーデリアも魔力や精神力を消耗している。万全ではない状態で、死の罠や守護者の存在が予想される場所に赴くのは避けたいということであった。


「ただ、ゴーレムのいた部屋の奥は、もう一度調べてみてもいいかもしれないな」


 あの部屋だけは、すでに危険が排除されている。


 そのファルコの考えに従い、彼らは来た道を一度引き返して、ゴーレムのいた部屋まで戻ってきた。猫の頭をした巨人の石像は、先程と同じようにお辞儀をした姿勢のまま、部屋の真ん中に鎮座し続けている。


 奥の書庫らしき部屋にファルコが入り、中に収められている石板の一枚を手に取った。一通り目を通した後、慎重な手つきで他の巻物や紙束も順に開いていく。


 部屋の壁には、棚状になっている部分の他に尻の高さ辺りに平らな板状の出っ張りがいくつも存在していた。おそらくベンチのような役割なのだろう。


 そこに座って退屈そうに足をぶらぶらさせているアンジェリカを、マテオは何とはなしに眺めていた。魔術学院出身のはずだが、彼女はファルコと違って巻物や古代の書物にはあまり関心がないようである。


 さもありなん、とマテオは思った。


 やはり、こんな地下空間などではなく、輝く太陽の下で生き生きと動いている方が彼女にはふさわしい。アンジェリカは、自分にとって太陽の化身のような女性なのだから──。


 そんなことを考えながら彼女の方を見ていたら、ふとアンジェリカもこちらの方に目を向けてきた。


 視線に気づかれたようでどぎまぎしたが、慌てて目をそらすのも変なので、さりげなく部屋の中を見回しているように装っていると、アンジェリカが立ち上がって、つかつかとこちらに寄ってきた。


「マテオ、腕の固定は緩んでいないか? 治してやろう」


 言うなり、マテオの返事も待たずに包帯を直し始めた。


 ようは手持ち無沙汰で暇を持て余しているのだが、それでもマテオの胸はドキドキと高鳴る。揺れる彼女の金髪が、本当に綺麗だと思った。


「痛みは大丈夫?」


 二人の様子に気づいたコーデリアも寄ってきて、そう尋ねてきた。


「おかげさまで、痛みはもう全くないっす」


 アンジェリカから目を離し、コーデリアの方を向きながらマテオは答えた。


 その彼の言葉に嘘はなかった。普通なら治るのに何日もかかるであろう怪我が、わずかな時間で劇的に回復していた。もう少ししたら、普通に動かせそうである。


「コーデリアさんの祈祷のおかげっすよ」


 マテオが礼を言うと、コーデリアはかすかに微笑みながら首を横に振った。


「治しているのは、あなた自身の身体だから」


 コーデリアにとっても、この治癒の早さは少し予想外であったらしい。マテオの身体から感じる生命の精霊力の強さに、彼女自身も驚いているようだった。


「体力も、生命力もすごいのね」


「当然だ。そうでなければ、私の腹心は務まらない」


 なぜか自慢そうにアンジェリカが口を挟み、笑いながら胸を張った。


 それを見たコーデリアも、ふふふっと笑う。


 苦笑交じりながらも、マテオも久しぶりの笑顔を二人に返した。


 殺風景で黴臭い地下の小部屋に、色とりどりの花が咲き乱れたように感じて、マテオの心の傷も少しだけ塞がりはじめていた。

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