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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第四話 妖精の森のコーデリア
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その15 愛の証

 ──暗闇で迷いしときは 騎士から剣を受け取るべし


   剣の次は盾


   王妃は愛の証を 汝に見せるだろう


   母の冠を仰ぎ 宝珠の中に至れば


   我らが宝はそこにある──




「ゴーレムには、いったいどう名乗れば正解だったのだ?」


 マテオの手当てを終えたアンジェリカがファルコに聞いた。


「分からんな……。第一候補は『ルキウス』だろうが……」


 遺跡を造った者の名前を、はたして合言葉にするかは疑問が残る。あまりにも安直だろう。


「ゴーレムが何を守っていたのかが分かれば、推測できるかもしれん」


 言って、ファルコは扉の方に歩み寄った。


 周囲の床や天井、壁を詳細に観察した後、ゆっくりと扉に近づいて罠がないかを調べはじめる。


 邪魔をしてはならないと少し離れて様子を見ていたマテオ達に、しばらくしてファルコは言った。


「罠はなさそうだな。鍵は……」


 言いながら、ファルコは扉の取っ手をつかんだ。その扉には蝶番は見当たらない。取っ手も、ノブではなくへこんだ形状だ。押し開けるのか、引き戸なのか。


 ファルコが少しずつ力を込めて扉を横に引いた。壁と扉の間にわずかな隙間が空き、向こう側の回廊が見えてくる。引き戸であったのだ。


「問題はなさそうだな」


 扉を完全に開けたところで、ようやくファルコは仲間達に手招きをした。


「結構、明るいっすね」


 ファルコが扉を開いたとき、光が差し込むような印象をマテオは受けていた。ゴーレムのいる部屋よりも、向こう側の方が明るい。ヒカリゴケが密生しているのだ。


 扉の向こうに数歩程度の短い回廊があり、その先に部屋があった。光はその部屋から漏れてきている。


「宝物庫か何かか?」


 どこか期待するような声のアンジェリカに、


「どうかな? 遺跡の最深部ではないからな」


 と、ファルコがそっけなく答えた。


 まだ盾も、王妃の愛の証も、母の冠も出てきていない。ここが目的地ではないことは明らかである。


 アンジェリカと違って冷めた目つきのファルコを先頭に、一行は部屋の中へと足を踏み入れた。


「なんすか、ここは?」


 部屋の中を一瞥して、思わずマテオは声を上げていた。


 ゴーレムのいた部屋よりも、一回りほど狭い空間だった。宝物庫ではなさそうだが、部屋の中は両側面が幾段かの棚のようになった壁で三つに仕切られており、何かを保管するための部屋のようには見える。そこには古びた巻物や紙束、それに石板などが積み上げられていた。


「紙のものには触らないでくれ。古い紙が崩れる可能性がある。貴重な資料をうっかり消失させるわけにはいかないからな」


 ファルコが皆にそう注意した。


 迂闊に何かに触れようという気持ちをマテオは既に失なっていたが、アンジェリカは興味深そうに巻物の方に手を伸ばしかけており、ファルコの言葉を聞いて慌てて引っ込めていた。


「ここは書庫……なのか?」


「どうだろう。それにしては、書物が少ないような気もするが」


 誤魔化すように言ったアンジェリカにファルコが答えた。


 マテオも、この部屋が書庫のようにはあまり思われなかった。巻物や石板は、空いているスペースに適当に積み上げられているように感じたからだ。むしろ、いつも書類仕事に追われている宮殿の文官の資料室に似ているように思う。四方の壁には、作業机やベンチのように平らで広い出っ張りもいくつかあった。


「じっくりと調べてみたいところだが……」


 ゴーレムに守らせるぐらいだから、この部屋に何か貴重な文書が保管されている可能性はある。


 ただ、遺されている物を一つ一つ調べるにはそれなりの時間を要するとも考えられたから、しばしの相談の後、彼らはまず遺跡の先を確かめることを優先することにした。


 この部屋の守護者であるゴーレムは、既にその機能を停止している。後からこの部屋に戻ってくることはいつでもできるのだから、まずは遺跡の全貌を確認する方が重要だろうと判断された。


 一度来た道を戻り、一行は再び道が三つに分かれているところまでやって来た。


 それぞれの道を見回しながら、アンジェリカが言う。


「さて、どちらだ? 二択になったわけだが……」


「左の道だろう」


 即答したファルコに、アンジェリカは片眉を吊り上げて訊いた。


「なぜそう思うのだ?」


 問われたファルコが答えた。


「騎士の剣と盾は、それぞれ右手と左手を指しているというマテオの考え方は正しいと思う」


「え? でも……」


 マテオは驚いてファルコを見た。


 彼の推理した右の道は間違っていた。先には通じていなかった。それにいまファルコは、進むべきは「右」ではなく「左」の道だと言ったのだ。


「こういうことだと思う」


 言って、ファルコは腰に佩いていた小剣を外してマテオの方に差し出した。


「いま、きみから見て剣を持っている俺の手はどちら側だ?」


 ファルコは右利きだ。当然、右手に剣を持っている。マテオと向き合って剣を差し出すそのファルコの手は──。


「左側だ……」


 半ば呆然とした顔でマテオは呟いた。剣を受け渡しするために向かい合うと、ファルコの右手は彼から見ると左手側になる。


 マテオは、ここで間違ったのだ。


「そうだ」


 ファルコが剣を腰に戻した。


「”騎士から剣を受け取る”場合、剣は俺たちから見て左側に存在することになる。だから、左の道が正解なんだ」


「なんと……」


 アンジェリカも驚愕の表情をして呟いていた。


「だが、間違えやすいところではあるな」ファルコが苦笑した。


「だから、右の道に配置してあったのは死の罠ではなくゴーレムだったのだろう」


 間違えてそちらの道に進んでしまっても、合い言葉を知っていれば襲われることはないのである。


「さあ、行こう」


 慎重な足取りで、ファルコが進み始めた。


 回廊の先は入り口近くと違ってヒカリゴケがほとんどなく、真っ暗闇であった。ファルコが魔法の光を作りだして松明の先に灯し、マテオもランタンを取り出そうとした。片手が仕えぬ彼を気遣って、コーデリアが手伝ってくれる。火をつけたランタンも彼女が持ってくれた。


 それらの明かりを頼りに、彼らは一歩一歩確かめながら回廊の先に歩を進めていく。


 やがて一行は、再び開いた空間に辿り着いた。先程と同じように、目前には三本の通路が延びている。


「”剣の次は盾”だから……右でいいか?」


 確認するようにアンジェリカがファルコを見た。


「先程とは逆だから、そうだろう」


 ファルコが頷く。マテオの発想は、この点では正しかったのだ。


 進んでいった左の道には罠も守護者もなく、次の分岐路へと繋がっていた。


「今度は、五本か……」


 アンジェリカが呟いた。


 先程までと違い、目の前には五本の道が伸びていた。


「本格的に迷わせに来たな……」


 正しい道は一本だけである。三択であれば、偶然にここまで辿り着くこともできるかもしれないが、五択となると勘で当てるのは難しい。


「古文書には何と書いてあったかな……」


「”王妃は愛の証を 汝に見せるだろう”っす」


「愛の証……」


 各人の視線が微妙に交錯した。


「王女や姫ではなく、王妃というところがキモなのではないだろうか……」


 どこか不思議な空気を払拭するように、ファルコが顎に手を当てながら言った。


 その点は、マテオも少し気にかかっていた。普通、この手の文句や騎士物語で”愛”を語るのであれば、騎士のロマンス相手である王女や姫が出てくることが多いように思う。


 王妃が王以外の者に愛を語ってしまったら、それは不倫ということになってしまうからだ。


 そのマテオの考えを悟ったようにファルコが言った。


「王妃とは、すなわち王の妻だ……」ファルコが独り言のように呟いた。「人妻が、誰かに愛の証を見せる……。その愛は、夫への愛か……?」


 ああ、なるほど──とマテオは思った。


 愛している本人に見せているとは限らないのだ。むしろここを訪れた者たちに、彼女が夫を愛しているという証拠を見せているのかもしれない。


「そうか……」


 やがてファルコが顔を上げた。


「この五本の道は……指を表しているんだ」


 親指から小指までの五本なのである。


「”愛の証”というのは、おそらく結婚指輪のことだろう。『自分には愛する人がいます』と周囲に知らせる証だ」


 そしてその指輪は、嵌める場所が決まっている。


 ファルコの言葉を受けて、アンジェリカが言った。


「左手の薬指か……。だが、その習慣はルキウスの時代からあったのか?」


「あったのだろう」


 彼女の疑問に、ファルコが頷いて答えた。


 彼はテネアの村の古老から、ルキウスの時代にも結婚指輪という習慣があったことを示唆する話を聞いたのだという。


 当時、大陸のどの程度まで広まっていたのかは分からないが、少なくともこの地域にはその習慣が古くから存在していたのである。


「左手の薬指……」


 アンジェリカが分かれ道の方を振り返って見、そして困惑したように言った。


「……どちらが小指側だ?」


 薬指であるから、右から二つ目か、左から二つ目の道が正しい経路となるのだろう。


 しかしつぶさに観察しても、五本の道はどれも同じような造りに見えた。左右のどちらかの道が太かったり細かったりして、親指か小指を示唆しているというようなこともない。


「”騎士の剣”と同じだよ」ファルコが言った。「対面している相手に指輪を見せるとき、どういう仕草をする?」


 その問いに、コーデリアが思い悩むような表情を見せた。人との交わりが少ない彼女は、そのような光景をあまり見たことがないようであった。


「……こういうことか?」


 妙に恥ずかしそうに、アンジェリカが左手を胸の辺りまであげ、指をまっすぐ上に伸ばして手の甲を皆に見せた。


 当然、そこに指輪など嵌まっていないが、それでも彼女のその姿を見たマテオの胸がどくんと跳ねる。


「……こう?」


 アンジェリカを真似てコーデリアも左手を挙げてみせた。


 見目麗しい二人の女性が、それぞれに架空の指輪をこちらに見せてきている。こんな場所だというのに、マテオはなんだか身体がむずがゆいような想いに駆られた。


「そうだ」


 マテオと違ってその光景に何も感じなかったのか、あるいはポーカーフェイスが上手いのか、ファルコが無表情で頷いて言った。


「普通、指に嵌まった指輪を見せるときには、手の甲の側を見せる。指輪の意匠や宝石はそちら側にあるからだ」


 ファルコも左手をあげてアンジェリカたちに見せた。マテオもそれに倣って同じようにしてみる。確かに、「指輪を見せろ」と言われて掌側を相手に向けることは、普通はしない。


 手の向きにしても、相対している者に「私は結婚しています」と示すために指輪を見せるのならば、指は上に向けるのが自然な動作だろう。


「しかも結婚指輪の場合、嵌めるのは左手の薬指と決まっている」


 言われて、マテオは自分の左手を見た。手の甲を相手に向けているから、彼からは自身の掌が見える。薬指は右から二番目だ。


 しかし、”騎士の剣”と同じく、相手と対面しているときにはこれが逆になるから──。


「左から二番目が正しい道っすか……」


 ファルコが肯いた。


 彼の指し示す道を進みながら、マテオは自身の鼓動が徐々に早くなっていくのを感じていた。


 緊張と期待──。


 古文書の詩はいよいよ最後に近づいている。


 残るのは、


 『母の冠を仰ぎ 宝珠の中に至れば


  我らが宝はそこにある』


 の二節だけだ。


 最後の一節は締め言葉だから、実質的に残る謎は一つだけである。そしてそこを解き明かせば、いよいよその先に宝がある──。


 逸る心を抑え、マテオはファルコに倣って慎重に彼の後をついていった。

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