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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第四話 妖精の森のコーデリア
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その14 それぞれの想い②

 部屋の片隅にちょこんと座りながら、コーデリアはぎこちない手つきのアンジェリカが、マテオの肩を固定していく光景を見つめていた。


 マテオの挙動が妙に不審なのは、上司に手当てをしてもらっている恐縮のためだけではないことを、彼女はもう理解している。


 チクリと胸がかすかに痛むのは何故だろうと、そう思いながらも、じゃれ合っているようにも見えるマテオとアンジェリカの二人がどこか微笑ましく思えて、コーデリアは表情を緩めた。


「少し落ち着いたか?」


 そんな彼女の表情の変化に気づいたのか、ファルコが近寄って声をかけてきた。


「ええ……。もう大丈夫」


「危険な目に遭わせてすまなかった。怖かっただろう?」


 言われてコーデリアは、ふるふると首を振った。


 実は、彼女自身はそれほど身の危険を感じてはいなかった。部屋の入り口付近に立っていた彼女のすぐ後ろには、部屋に入ってきた通路があった。その狭い回廊に逃げ込めば、巨大なゴーレムは追ってはこれないことに、コーデリアは早くから気づいていたのだ。


 彼女がマテオに「怖かった」と言ったのは、マテオやアンジェリカが殺されてしまうかもしれないと思ったからである。


 彼らには死んで欲しくなかった。彼らが傷つくところを見たくはなかった。だから、そうならないためには何をすればいいのか、怖れながらもずっと必死に頭を働かせていた。


 それを聞いてファルコが言った。


「そうか……。きみはもう、俺たちのことを仲間だと思ってくれているんだな……」


「当たり前じゃない」


 何を今更、という顔でコーデリアはファルコを見上げた。


 その彼女の顔を観察するようにしばらく見返した後、ファルコは「コーデリア……」と呼びかけながら彼女の隣に座った。


「こんな時に聞くのもなんだが……この遺跡の探索が終わったら、きみはどうするんだ?」


「え?」


 虚を突かれた問いかけに、コーデリアは思わずそう声を漏らした。


 この冒険が終わったらどうするかなんて、そんなことは考えたこともなかった。


 でもたぶん、また元通り森の中での一人暮らしに戻るのだろう。短いけれども素晴らしい時間を共に過ごした仲間達との、かけがえのない思い出を胸に秘めながら──。


 訥々と語るその彼女の答えを聞いて、ファルコが口を開いた。


「もしもきみさえ良ければ、だが……」


 そこで一度言葉を切り、ファルコは真摯な目で真っ直ぐにコーデリアを見つめながら続きを口にした。


「俺たちと一緒に、来ないか?」


 言われて、コーデリアは息を呑んだ。


 ファルコがさらに続けて言う。


「これは、きみに話すべきかどうか悩んだのだが……実は、オーヴェルからも頼まれているんだ」


 コーデリアに森の案内を頼みたいとファルコ達が許可を求めたとき、妖精王オーヴェルは彼らに交換条件を出してきた。


 それが、


『コーデリアをお前達の街に連れて行ってもらいたい』


 というものだった。


 妖精王の真意を図りかねて困惑する彼らに、オーヴェルはこう説明した。


『人間は……群れを成して生きる動物だ』


 光の神々の主神である太陽神・ソレイユが自身に似せて創り出した、いわば彼の“子”とも言うべき人間も、神々とは無関係にこの世に生まれたオーヴェルたち妖精からすれば、あくまで動物の一種に過ぎない。高い知能を有して道具を使い、群れを作って集団で生きる生物という認識だ。


 この世界の安定を担う精霊から生じ、その性質や役割をある程度残している妖精達からしてみれば、始めから物質界で生きるように創られた人間は、根本的に自分たちとは異なる存在なのだ。その点では、他の動物たちと何ら変わりがないのである。


 無論、だからといってオーヴェルが人間たちを蔑んでいるかというと、そんなことはない。共にこの大陸に住まう仲間達であると思っているし、特にコーデリアのことはとても愛しく思っている。


 オーヴェルにとって、彼女は自分の娘も同様なのだ。


 だからこそオーヴェルは、彼女にとって何が一番いいことなのかを常に考えている。そのために、どうすれば一番良いのかを悩み続けている。


 そしてコーデリアの幸せを考えたとき、オーヴェルはどうしても人間の“生物としての性質”に目を向けてしまう。自然を司る精霊から生じた存在であるからこそ、人間である彼女にとって”不自然”なことは、彼女の幸福には繋がらないと考えてしまう。


 その結果出した答えが、彼女を人間たちと共に生活させる──というものだった。


 本来群れで暮らす生物にとって、仲間と離れて一人だけで生きていくのは自然なことではない。


 この森で妖精達に守られて暮らすことは、一見、安全で不自由がない生活のように思えるが、しかしそれは人間として正しいあり方とはいえないのだ。


 その状態では、彼女が「人間としての幸せ」を掴むことはけしてないだろうとオーヴェルは考える。


『あの子と離れるのは、私も辛い。だが、コーデリアは人間だ……。我々と共に暮らすのではなく、人間の群れの中で生活することこそが自然の摂理であり、彼女のためでもあるのだ』


 もしもコーデリア自身が──彼女の父がそうしたように、将来、人間の街ではなく、妖精の森で生涯を閉じることを選ぶとしても、それはあくまで彼女が人間の群れでの生活を知った後の話である。


 その上で彼女が、他の人間との関わりの中で生じる幸福ではなく、妖精の森での孤独な安寧の方をこそ選択するのであれば、それはコーデリアの個人の生き方の問題であると尊重もしよう。


 だがその選択をするためにも、彼女は一度森の外の世界を──他の人間と共に暮らすことを知らなければならない。そこでの幸せを探してみなければならない。そうでなければ、どちらが自分にとってより良いものなのかを選ぶことはできない。


 生涯をこの森の中で過ごしていては、彼女が人間の群れの中でしか得られない幸福を知ることは、絶対にないのだから。


『そのために、コーデリアをテネアの村に住まわせることも考えたが……だが、あの村では、あまりにもあの子を特別視しすぎている』


 村の人間たちは、コーデリアを”妖精の森の巫女”として崇め奉っている。友好的ではあろうが、彼女を自分たちの仲間として見るのではなく、妖精の森の一員として見てしまっている。


『だから、お前達に頼みたいのだ。コーデリアを人間の街に連れて行ってやってほしい。他の人間と共に過ごす幸せを……教えてやってほしい』


 オーヴェルがアンジェリカの求めに応じて彼女たちに協力するのもそのためである。コーデリアに案内役をさせることは、彼女に人間たちと触れ合って欲しいという妖精側の望みとも一致するのだ。


 そして探索が終わったら、彼女を森から連れ出して一緒に街へ行くこと──。


 それが、オーヴェルが出してきた条件だった。


「もちろん、きみ自身の意思が最優先だ」ファルコは言った。


 オーヴェルも、コーデリアが嫌がるようならば、無理矢理に森の外へ連れ出すことまでは望んでいない。特に、それが暴力を伴うようであれば、妖精達はむしろコーデリアを守るための行動を起こす。彼女に危害を加えることは絶対に許さない。


「だから、きみが街に行くのは嫌だというのならば、俺達もオーヴェルも諦める。だが……」


 そういうファルコの視線は、相変わらず真っ直ぐにコーデリアに向けられていた。


「俺は……きみと一緒に冒険ができたら嬉しい」


 ファルコは、オーヴェルに言われたから彼女を誘うのではないのだ。彼としては、そこは「条件を出された」というより、「コーデリアを連れ出す許可を得た」という認識に近いのだろう。


 初めて会ったときから、ファルコ自身が彼女と共にいたいと感じている──。その彼の言葉に、一瞬頬が熱くなった気がしたコーデリアだが、すぐにファルコの視線から目を逸らしてしまった。彼の顔を正視することができなかった。


「ありがとう……。でも……」


 わたし、やっぱり怖いの──。


 目を伏せたまま、彼女はそう言った。


「ああ……」片腕を失って動かなくなったゴーレムの方に一度目を向けた後、ファルコが口を開いた。「怖いのならばべつに、冒険者になる必要まではないのだが……」


「そうではなくて……」


 コーデリアはかぶりを振って、哀しそうに続けた。


「この遺跡を造ったルキウスという人……そのお母様も、私と同じ妖精の森で育った人だと聞いたわ」


「ルクレツィアのことか」


 こくりとコーデリアが頷く。


「彼女は外から来た人に出会って、その人について森を出た。そして……」


 哀しい運命に見舞われた。”悲劇の王妃”と呼ばれるようになってしまった。


「あなたたちのことを、信用していないわけではないの。トラバウスとは違うって、そう思うわ。でも……」


 自身と同じ境遇であったルクレツィアに、どうしてもコーデリアは自分を重ねてしまうのだ。


 ルクレツィアは、森を出ても幸せにはなれなかった。そのまま森に残っていた方が穏やかな人生を送れたのではないかと──そう思えてしまう。


 オーヴェルの意思に逆らうことにはなるが、自分もこのまま森にいた方がいいのではないかと、どうしてもそう考えてしまうのだ。


 森の外に出るのが、怖いのである。


「そうか……」


 彼女の想いを確認したファルコは、それ以上何も言おうとはしなかった。


 そんな彼に申し訳なくて、コーデリアは初めて彼らに会ったときのように目を伏せたまま、もうファルコの方を見ることはしなかった。


 だから、寂しげな表情の彼が、同時に何かを思案するように唇をなで続けていることに、ついに彼女は気がつかないままであったのだ。

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