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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第四話 妖精の森のコーデリア
51/93

その10 空の魚の尾

 

 ──狗鷲の巣の下にいたりて 空の魚の尾が指す先で


   母と父の名を唱えれば 竜の顎門が口を開く


   その口に入る者 汝 一切の希望を捨てよ──




「どうしたんすか? 何かあったんすか?」


 声をかけられてマテオの方に目を向けたコーデリアは、困惑したような表情で口を開いた。


「この石……何か変なの」


「変?」


 マテオはコーデリアの前にある岩に目を向けた。地面から突き出すように顔を出した岩で、高さはマテオの臍ぐらいまでか。一見したところでは、何の変哲もない岩石のように見える。


「見た目はただの石なんだけど……なんだか土の精霊の力が弱い気がするの」


 便宜的に”土の精霊”と呼ぶが、彼らは石や岩といった大地を形作るもの全てを司っている。だから岩であってもそれなりに土の精霊力を感じとれるはずなのに、この岩に限ってはそれが弱いのだという。


「どうした?」


 彼らの様子に気づいたファルコも近寄ってきて、コーデリアはマテオにしたのと同じ説明を繰り返した。


「精霊力が弱い?」


 話を聞いたファルコが、マテオがしたのと同じように岩をつぶさに観察しはじめた。表面に手を当てて軽く叩いたりしていた彼は、やがて「これは……」と小さく呟いて顔を上げた。


「こいつは、石ではないな……」


「石じゃない?」


 もう一度マテオは岩をまじまじと眺めたが、やはり彼が見る限りはただの石のようにしか見えなかった。


「わずかだが魔力も感じる」


 魔術師でもあるファルコがそう言った。


「精霊力が弱くて、魔力があるだと?」


 ファルコに続いてやって来たアンジェリカが聞き返した。マテオと違って彼女は多少の魔術の教養がある。


「それはつまり……この石は、魔術で人工的に造られたものだということか?」


 ファルコが頷いて答えた。


「そうだ。ただの石にしか見えないが……おそらくは魔法の金属──ミスリルだと思う」


「ミスリルだと?」


 よく魔剣の素材として使われている古代の魔法金属だ。現在ではその製錬技術は失われているから、遺跡などで発見されると非情に高値で取り引きされる。


「この、岩がか……?」


 信じられないというようにアンジェリカが目の前の岩を見た。


 ファルコが頷いて言った。


「ああ、そうだ。ミスリルは色や質感を自由に変えられる。そうやって、ただの岩に見せかけているんだ」


 ファルコは、以前にも同じように石に見せかけたミスリルを見たことがあるのだという。そのときはただの石像だと思われていたものが、実はミスリルで作られた金属像であった。


 もっとも岩全てをミスリルで作るのは、さすがに当時でも大変な金がかかっただろうから、普通の岩にミスリルでコーティングをしているのではないかとファルコは言った。だから、弱いながらも精霊力を感じるのだ。


「どうしてわざわざそんなことを……」


「他の金属と違って、ミスリルは錆びない。岩のように風雨で欠けたり朽ちることもない。永きにわたって残すことができる。遺跡の目印としては、最適だ」


 ただの石だと思って気づかなかっただけで、もしかしたら他の遺跡でも似たようなことをしているかもしれない。


「探索済みの遺跡の周囲も、もう一度調べ直した方がいいかもしれないな……」


 顎に手を当てて何やら考えはじめたファルコに、アンジェリカがたしなめるように言った。


「ファルコ、今はこの遺跡のことに集中してくれ。この石がミスリルだとして、それがなんだと言うのだ? 目印だと言ったが、これが”空の魚”なのか? とても魚には見えないが……」


「空の魚……。そうだな、その問題があった……」


 再びファルコが考え込む。


「ただの魚ではなく、”空の魚”なんだ……。なぜ、空なのだ……?」


 ファルコが空を見上げ、マテオもつられて上を見た。青い空に浮かぶいくつかの白い雲が、まるで魚の鱗のようだと彼は思った。


 アンジェリカやコーデリアも空を見上げ、しばらく皆で空に浮かぶ雲を眺める。端から見たらなんだか不思議な光景に思われるだろうと、マテオは心の中で苦笑した。


「青空に浮かぶ雲もなかなか風情があるな」


 誰に聞かせることもなくアンジェリカが呟いた。


「夜だと、月や星を隠すから邪魔に思うが……。こうして見ると、雲も色々な形があって面白い」


 その彼女の言葉はなにげなく発せられたものだっただろう。


 だが、どうやらその中の単語のいくつかがファルコの琴線に触れたようだった。


「雲……形……。星……」


 顎に手を当てながら、何やらブツブツと独り言を続けるファルコ。やがて、彼は呟いた。


「そうか、もしかしたら……」


 そこで顔を上げたファルコは、視線を一同に戻して言った。


「すまんが、これから俺が言う石に目印を付けてくれないか」


「目印?」


「石の下の土にでも、×印をつけてくれればそれでいい」


 言いながら、ファルコは懐をまさぐって一冊の書物を取り出した。様々な魔術のレシピがメモされた魔道帳だ。その中の一頁に目を通したファルコが、そこに書かれた文字を目で追いながら小さく呪文を唱えはじめた。


「……まず、あれだ」


 突然にファルコが一つの岩を指さし、マテオは慌ててその前まで走っていった。


 どうやらファルコは、広範囲の魔力を感知する術を使ったようだ。この一帯で、魔力を持つ石がどれかを調べたのである。


「それから、あれと……あれも……」


 ファルコが次々と岩を指し示していく。マテオだけでは追いつかないので、コーデリアとアンジェリカも駆け回って石の下に印をつけていく。


「あの岩もそうだ。……ああ、それじゃない。その隣の岩……そう、それだ……」


 周囲を見回しながら、ファルコはゆっくりと歩き回る。結局、十五個近い岩に目印が付けられることになった。


 続いてファルコは羊皮紙と羽ペンを取り出すと、目印を付けた岩と岩の間の距離を歩幅で測り、紙に石の配置図を記していった。


 全ての石の位置を記録し終え、ファルコは平らな石の上にその紙を広げて皆に見せた。


 石は、主に二方向に長い列を成すように分布していた。それぞれの列を辿った先にいくつかの石が固まって存在し、多角形をつくっている。


 ただ、それを見せられても、マテオにはこの石の配置が何を意味しているのかはさっぱり分からなかった。特定の文字や記号を形作っているわけではなさそうである。


「”空の魚”だよ」


 ファルコが言った。


「この石の分布は、魚座の星の並びと一緒なんだ」


「魚座?」


「星座だよ。知っているだろう?」


 星座は知っているが、それぞれの星の並び方までは覚えていない。


 ファルコによると、彼は以前に数百年以上前の遺跡の天井に星図が描かれているのを見たことがあるという。


「今の星空と、ほとんど変わりがないように思った」


 数百年程度では、星の位置はあまり変わらないのだ。


 その星の配置を様々な動物や道具に見立てて星座を創り出したのは、遙か昔の古代人である。どの星がどの星座を形作っているのかも、ルキウスの時代と現代とでは、ほとんど変わりがないだろうとファルコは言った。


「ルキウスは、遺跡の場所を示すために魚座の星と同じ配置でミスリル製の岩を置いたんだ」


 つまりは”空の魚”を地に降ろしたわけである。


「この魚の尾が指す先が、遺跡の場所というわけだな?」


 アンジェリカが言い、マテオはもう一度石の配置図に目をやった。


「……そもそも、どこが頭でどこが尾なんすか?」


 古代人には申し訳ないが、この石の並びは、とても魚の姿をかたどっているようには見えない。


 そんなマテオに、ファルコが説明してくれた。


「魚座は、二匹の魚の姿を描いたものだ」


 二方向に伸びた石の列の先にある、複数の石が多角形に並んでいる部分がそれぞれの魚の頭だ。二本の石の列が魚の尾と、その尾に結びつけられた紐である。


 その部分は、大まかに直線と見なすことができた。直線はやがて交わり、角を成す。矢印の先端のように、その角の頂点が指す先にこそ、”竜の顎門”があるのだろうとファルコは言った。


 その証拠に、二本の石の列がつくる角の先は、あのイヌワシの巣のあった岩壁の方を指している。


「つまり、崖のその場所に……」


「遺跡の入り口があるんだ」


 羊皮紙と照らし合わせながら、彼らは石の列がつくる頂点の方向を確認した。その先にある崖まで歩み寄り、ファルコが遙か頭上まで伸びる石の壁を丹念に調べはじめる。


 地面からマテオの背よりも高いところまで長く伸びる、大きなひび割れのあるところまで来て、ファルコは足を止めた。


「このひび割れ……。偽装してあるが、これはひびではなく、”合わせ目”ではないか?」


 岩壁とは言っても、その表面は平らではない。大小の岩の出っ張りやへこみがあって、その凹凸はむしろ激しい。


 突き出た石の陰になっているところ、岩のひび割れ、それらのものでうまく合わせ目を隠してあるが、扉のようなものがそこにあるのではないかとファルコは言った。


 わずかだが魔力も感じるという。”空の魚”の岩と同じくミスリル製なのだ。


「”竜の顎門”というからには、上方向に動くのだろうな」


「どうやって開けるのだ?」


 アンジェリカが聞いた。


「”母と父の名を唱える”んだ」


「ああ……」


 この遺跡を造ったのは“暴虐王二世”ルキウスとされている。その母と父の名は、ルクレツィアとトラバウスだ。


「遺跡の扉を開く合い言葉というわけだな」


 得心したようにアンジェリカが頷いた。


「どうする、アンジェリカ?」


「もちろん、入るさ」


 聞いてきたファルコに、アンジェリカが答えた。


「何のためにお前を連れてきたと思っている。森の中を探索するだけなら、コーデリア一人で充分だ」


 アンジェリカの辛辣な物言いに、しかしマテオはそうだろうかと疑問に思う。


 ファルコがいたからこそ、古文書の謎の文章を読み解くことができたのだ。彼がいなかったら、この探索はあてもなく森の中を彷徨って終わりになっていた可能性が高い。


 もっとも、アンジェリカもそんなことは当然、分かっているだろう。その上での、彼女なりの親しみの表現なのだ。


 マテオ以上に彼女との付き合いが長いファルコ当人も、アンジェリカの物言いをさして気にする様子はなかった。気安さ故の言葉と分かっているのだろう。


 ファルコは頷いて言った。


「わかった。だが、今すぐ入るのはやめておいた方がいいだろうな」


 遺跡の本体は崖の中にあって、外観からはその規模を推し測るのが難しい。


 一方で古文書の記述からは、遺跡の中には盗掘防止の罠や守護者の存在が示唆されていた。


「遺跡の中で夜明かしをするのは、できるだけ避けたいんだ」


 そうファルコは言った。


 空はまだ明るいが、太陽は既に中天を過ぎていて時刻は夕暮れへと向かいかけている。


 一同には森の中を歩き回った疲れもあるから、遺跡の中に入るのは、一晩英気を養ってからにした方が良いだろう、というのが彼の考えだった。


 遺跡探索の専門家であるファルコのその意見にはアンジェリカも反対せず、この日はここで野営をすることになった。


「今夜は天気も良さそうだ。魚座は見えるかな?」


 空を見上げながらアンジェリカが言い、


「どうかな……」


 そう言ってファルコが首をかしげた。

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