その5 ファルコという男
イライザはその日と翌日の午前中をかけて、ファルコという男について聞いて回った。
彼の評価は、だいたいは最初の店で聞いたものと大差なかった。
偏屈なところはあるが悪い男ではない、というものだ。
彼は特定のパーティを組まず、要請があったときに助っ人として冒険者のパーティに入ることが多いという。特定の仲間を作らないのは、人付き合いが悪いと言うよりは、多くの遺跡に潜るにはそちらの方が都合がいいからということのようである。
イライザが睨んだとおり、ファルコは魔術を使えるばかりでなく、斥候としての技術と軽戦士としての剣技も身につけており、どちらも一流との評判だった。
それらはいずれも一人で遺跡に潜るために身につけたものだが、もしもどちらか一方に専念していれば、その道で歴史に名を残す達人になれるだろうにと、惜しむ者もいた。
本人の言に反して、魔術師としても将来を嘱望されていたというから、いかにも多才な男である。
ファルコの人柄に対する評価も概ね悪くはなかった。
特殊な趣味を持っているために変人と見なされがちだが、冒険の初心者や遺跡探索に慣れていない者たちには、むしろ親切に自身の知識や技術を教えてくれるという。
彼の助力を得て未探索の古代遺跡を冒険し、そこに残された遺物で一山当てた者も多いようだった。
イライザは下卑た冒険者たちから、「ファルコに興味があるのか?」「ファルコと付き合っているのか?」などと何度も質問された。
そのたびにイライザは「仕事上の付き合いよ」と笑っていなしたのだが、そのような質問を受けるのは、美貌の彼女に対する興味もあるが──冒険者達がファルコに親しみを持っていることも大きいように感じられた。
「ファルコと付き合うのはやめておけ」などとイライザに言う者は、一人もいなかった。その事実が、そのままファルコの人柄に対する評価なのだと彼女は思う。
翌日の昼を回る頃には、イライザの意思は固まっていた。
約束の時間に『八つ首海竜亭』を訪れると、相変わらずファルコはテーブルの一つを占拠して書き物をしていた。どうやら、ここが彼の定位置のようだ。
イライザの姿に気づいたファルコが、片手を挙げて挨拶する。
昨日と同じく彼の正面に座ったイライザは、開口一番に聞いた。
「エバンスとは会えたの?」
「いや……」ファルコは首を振った。「エバンスのパーティは既に解散しているらしい」
「解散?」
「痴情がもつれて、修羅場になったそうだ」
「そうなの?」
いったい何があったというのか。
そちらの話にも下世話な興味を惹かれたが、どうせファルコは詳しい話など聞いてきてはいないだろうと思い、イライザは詳細を尋ねるのはやめておいた。
「まあ、男女混合のパーティにはよくあることだ」
そのファルコの言葉に、イライザは、
(よくあること、なの……?)
と思う。
とはいえ、言われてみれば彼女たちヴァンの神官も、複数人で旅をするときには同性のみで組むように言われている。
旅の途上でのトラブルを未然に防ぐための、古来からの知恵というやつなのだろう。
「エバンスはすでにこの街にはいないらしい。パーティを抜けて出て行った女を追いかけて行ったのだそうだ」
「そう……」
本当にいったい何があったというのか。
「エバンスには会えなかったが、そのパーティにいたメンバーの一人には会えた」
「え?」
「遺跡の中の様子は、ヒコリ村で聞いていたとおりのようなだな」
一本道で、罠もなければ守護者もいなかったという。突き当たりに大きな扉があり、その向こうに部屋が広がっていたが、部屋の中にも調度はほとんどなく、中の台座にぽつんと一体の石像が置いてあるのみであった。
「その像が……」
言いながら、イライザは荷物の中からあの石像を取り出した。
「これ、なのね?」
「おそらく、そうだろう。……手に取って、見てもいいか?」
「ええ、どうぞ」
イライザから渡された石像を、ファルコは慎重な手つきで受け取る。
「……思ったよりも軽いな」
裏返したり、ひっくり返して底を見たり──石像を子細に観察していたファルコがぽつりと言った。
「これは……ティアの像か……?」
「ティア?」
「『シドとティア』のティアだ」
「あの、お伽話の?」
それは、この国で生まれ育った者であれば、誰でも知っているお伽話である。
ちょうど今の時期に開かれる夏の星祭りの由来を語った、二人の男女の哀しい物語だ。
「シドとティアの話は、詳しく覚えているか?」
「ええと……」
ファルコに言われて、イライザは少し考え込んだ。
幼い頃に何度も聞かされた話だから、話の概要は覚えている。
しかし、「詳しく」と言われるとどうだろう? お伽話の細部というのは、大人になると結構、忘れてしまっているものだ。
そのイライザの様子に、ファルコは片手を挙げて店の片隅に控えていた吟遊詩人を呼んだ。
「何かご用ですか?」
席の所までやって来た詩人に一枚の硬貨を渡してファルコは言った。
「すまんが、俺がこの像を調べている間、彼女に『シドとティア』の話を聞かせてやってくれないか?」
詩人がにっこりと笑って言った。
「『シドとティア』ですか? 承知しました。もうすぐ、星祭りですもんね」
言いながらリュートを構え、イライザの視線が自身に向いたことを確認した後に、詩人は曲に合わせて語り始めた。
それは、この国の夏の恒例行事である星祭りの由来となった話だ。悲恋に終わった哀しい夫婦の物語である。