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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第四話 妖精の森のコーデリア
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その4 妖精王

 コーデリアと邂逅してすぐに、マテオ達はテネアの村に戻った。


 あれ以上森の中を探索しても益はなく、むしろ妖精達の不興を買ってしまうかもしれないと考えたからだ。


 コーデリアとヴェルデの言うオーヴェルという妖精の許可が出るまでは、森の中を探索するのは待った方が良いだろうと判断していた。


 小屋に戻ってすぐに、ファルコはまた出かけていってしまった。村の古老から、もう少し話を聞いてきたいのだという。


 ルキウスがこの遺跡を造る際、彼の命を受けて工事に携わった者たちは、この村かその付近に駐留したと考えられるから、きっと何かその名残りのようなものが残されているはずだと彼は言った。


 ヴェルデの話から、遺跡を造ったのがルクレツィアの息子であるルキウスだということを、ファルコは確信したようだった。


 アンジェリカもまた、小屋に戻るとすぐに散歩に出かけると言った。村の様子を見て回ることで、王都から離れた土地で暮らす人々の生活ぶりを知ろうとしているようだった。


 マテオもアンジェリカの従者として彼女に付き従い、村の中やその周囲を歩き回って、村人達から色々な話を聞いた。王都にいては得られない、それなりに貴重な経験ができたと思うが、遺跡の手がかりになりそうなものは結局得ることはできなかった。


 そして夜──。


 寝床としている部屋でマテオとファルコがめいめいに過ごしていると、部屋の扉がノックされる音が聞こえてきた。


「──私だ。二人とも、まだ起きているか?」


 扉越しにアンジェリカの声がする。隣の部屋を寝室としている彼女が訪ねてきたのだ。


「先輩っすか? どうしました?」


 言いながらマテオは扉を開けた。そして、そこに立つアンジェリカの姿を見て、胸がドキリと高鳴った。


 就寝前だったのだろう。彼女はすでに鎧を脱ぎ去った夜着姿だ。普段はまとめている髪も下ろし、金色の豊かな髪が肩から背中に掛けて優雅に波打っている。


 その、騎士としてではない素のままのアンジェリカの姿に、マテオは完全に目を奪われていた。


 昼に森で出会ったコーデリアも美しいと思ったが、今のアンジェリカはそれ以上だと心を打たれていた。


 いかにも儚げなコーデリアと違い、活き活きとした生命力の発散がアンジェリカの最大の魅力である。真っ赤な血の通う、情熱的な美しさが彼女にはある。


 コーデリアが宵闇に静かに浮かぶ銀色の月のような女性であるのに対し、アンジェリカは黄金色に輝く太陽のような人だとマテオは思った。暗い廊下にいるにも関わらず、なんだかそこだけが急に明るくなったように感じていた。


「アンジェリカ、どうした? こんな時分に」


 言葉を失ったマテオに変わり、部屋の中のファルコが訊いた。彼の方は普段と違うアンジェリカの姿にも、心を動かされた様子はない。


「窓の外を見ろ」


 マテオの脇を通り、ずかずかと部屋の中に足を踏み入れながらアンジェリカが言った。すれ違いざまにふわりとしたいい臭いがマテオの鼻をくすぐり、胸の鼓動がまた早くなる。


「窓?」


 ファルコが窓に近づいて鎧戸に手をかけた。マテオもようやくアンジェリカから目を離して、そちらの方を見る。


 開かれた窓の外の様子を見て、彼は目を丸くした。


「なんすか? こりゃあ?」


 真っ暗な夜空に、ゆらゆらとした淡い光の帯がカーテンのように折り重なって揺れていた。緑、黄色、桃色──。様々な色に変わりながら、宵闇に包まれた屋外をほのかに照らし出している。


「夜風に当たろうと窓を開けて気がついたんだ」


 アンジェリカが言った。


「話に聞く、オーロラというやつか……?」


 自身で口にしながらも、彼女の言い方はいかにも懐疑的だ。


 オーロラというのは、もっと北の方の寒い土地で見られる自然現象だと聞いている。王都リヴェーラより北に位置にするとはいえ、雪もそれほど降らないというこの地でそんなものが見られるとは、どうにも信じがたいのだ。


 光の帯は、やがて揺れながら徐々に高度を下げてきて、彼らのいる小屋をすっぽりと包み込んだ。


 闇夜に隠されていた戸外の木々がほのかに照らし出されて、淡い緑やピンクの色に変わる。それは、なんとも幻想的な光景だった。


 様変わりした屋外の景色を呆然と見ていると、やがて木々の間から一匹の猫が姿を現した。


 見覚えのある柄だ。


 そしてただの猫にしては大きく、人間の子供程もある。


 やって来たのは、ケット・シーのパットであった。


 それでマテオは理解した。窓外の不思議な光は自然の悪戯などではなく、妖精達が創り出したものなのだ。


 刻々と色が変わる淡い光に照らされながら、とっとっとっ、とパットが小屋に近づいてくる。やがてマテオ達と目が合うと、彼女は二本足で立ち上がって前足を上げ、こちらを手招きするように振って見せた。


 それを見たマテオ達は、「どうする?」というように目を見合わせた。


「呼んでるん……すかね?」


「そのようだが……」


 考え込むようにファルコが顎に手を当てる。


 逡巡する男二人に業を煮やしたのか、アンジェリカが口を開いた。


「何を考えることがある? 呼ばれているんだ、行こうじゃないか」


 窓枠に手をかけ、片足も乗せるアンジェリカ。まくれ上がった夜着の裾から素足の太ももが見えそうになって、マテオは頬を赤らめながら慌てて言った。


「ちょっ……ここから出るんすか?」


「玄関まで回っている間に見失ったらどうする」


 言いながら、アンジェリカが窓の外に飛び降りた。


 仕方なくマテオとファルコも続く。


 三人が出てきたことを見たパットは、猫の顔のまま一度ニイィッと笑ったように見えた。四足歩行に戻ると、ついて来いというように何度か振り返りつつ、もと来た木立の方に歩いて行く。


 街灯などない辺境の村の夜だったが、不思議なオーロラのおかげで明かりがなくても足下を見ることができた。


 並んで立つ二本の木のところまで来ると、パットがその幹の間にぴょこんと飛び込んだ。


 その彼女の姿が突然に消えて、マテオとファルコはまた目を見合わせた。


 暗闇に紛れたようには見えなかった。オーロラの光は、木立の向こうにもしっかりと届いている。


 それなのに、パットの姿が突然に消えた。消える寸前に、一瞬だけその体と周囲の空間が揺らめいたようにも見えていた。


「異界の入り口か……」


 呟くようにファルコが言った。


 おそらくは二本の木が”門”になっているのだ。その門の先は異界──妖精達の暮らす世界か、精霊界そのものなのだろう。


 そのファルコの推測を聞いて、マテオは一瞬たじろいだ。しかしアンジェリカは気にする様子もなく、ずかずかと木の間に近づいていく。


「先輩……行くんすか?」


 思わず怖じ気づくような言葉を口にしてしまったマテオに向けて、アンジェリカが言った。


「何を怖れている? 招かれているのだから、堂々と行けばよい」


 その言葉にファルコが苦笑した。


「まったく……。きみはいつも向こう見ずだな。昔から全然、変わってない」


「変わる必要を感じないからな」


 片方の眉を上げて言った後、アンジェリカは挑発的な笑みを浮かべた。


「どうする? お前達はここで待っているか?」


「……いや、行こう」


 嘆息してファルコが応じた。マテオも慌てて口を開く。


「俺も行きますよ!」


 ただ、せめて武器を──。


 言いかけてマテオはやめた。昨日聞いた注意を思い出したからだ。


 妖精達の中には金属を嫌う者がいる、と。


 その理由ははっきりと分かっていないが、一説には彼らの祖である精霊達は、物理的な肉体を持たぬ存在だからだという。


 金属は、彼らの対極にある”物質”というものが凝縮された存在であり、だから祖先の性質を色濃く受け継いでいる妖精たちは金属を忌避するのだ、と。


 その説が正しいのがどうかはわからないが、いずれにしろ金属を嫌う妖精がいることが事実である以上、彼らの領域にはあまり金属製品を持ち込まぬ方がいいと、マテオは注意を受けていた。


 そしてこの木々の先は、高い確率で妖精たちの領域なのである。


 いかにも不安ではあったが、金属の塊である大剣などは持って行かぬ方がいいだろうとマテオは考え直した。


 覚悟を決めるように一度奥歯を噛みしめた後、彼はアンジェリカとファルコに続いて二本の木の間に足を踏み入れた。


 一瞬、空間がぐにゃりと歪んだ気がして、一歩進むとそこはもう、村でも森でもなくなっていた。淡く光る靄の漂う、なんとも不思議な空間だった。


 数メートルほど先で、パットがちょこんと座って彼らを待っていた。三人がやって来たことを確認した彼女は、またニイィツと笑った後、振り返って歩き出す。


 ほとんど先が見通せぬ靄の中を、彼らは先導する巨大な猫の姿を頼りに歩いて行った。


 やがてパットが立ち止まり、三人の方を振り帰る。


 二本足で立ち上がった彼女は、芝居がかかった一礼をして三人の前方にある靄を片手で指し示した。


 その部分だけ、どういうわけか他の場所よりも燐光が目立っていた。靄の向こうに何か強い光源があるようだ。


 パットの姿が徐々に靄に包まれて消えていき、代わるように前方の燐光が人の形を取り始めた。


 淡く光る靄に包まれているため、その人影の詳細は分からない。


 霧の向こうに立つ巨人の姿を見ているようにマテオは思った。


『よく来た。人間達よ』


 突然に声が響いた。


『私はオーヴェル。この森の妖精達をまとめる者だ』


 重く、腹の底に沈み込むような声だった。目の前の巨人が話しているようにも、心の中に直接話しかけてきているようにも感じる。


『お前達のことは、ヴェルデから聞いた。パットを助けてくれたようだな。感謝する』


 霧の向こうの巨人が、少しだけ頭を下げたように思えた。


『お前達は、ルキウスが造った遺跡を探しているそうだな?』


 その問いに、アンジェリカが代表して答えた。


「我々は、ヴァロア王・フェルディナンド三世の命を受けてここに参った。この森に、我が王家の宝が隠されているという情報を得たからだ。その真偽を確かめるのが、我々の任務だ。あくまで遺跡の中にある物が目的で、森を傷つけたり、この森に住む者たちを害したりする意図は全くない。だからどうか我々に、あなた方の森に立ち入って遺跡を調査する許可を頂きたい」


『宝、か……』


 アンジェリカの言葉に、オーヴェルは少し考え込むように言葉を切った。


『……まあ、よい。森を荒らさず、妖精達に危害を加えぬと言うのなら……お前達自身の目で、ルキウスの遺した物を確認するがよい』


「感謝いたす」


 アンジェリカが丁寧に頭を下げ、マテオもそれに倣った。


「それから、実は貴方にお願いしたいことがもう一つある」


 顔を上げて言った彼女に、妖精王が返した。


『コーデリアのことか』


 ヴェルデは、そのこともオーヴェルに話してくれていたらしかった。


「ああ、そうだ」アンジェリカが頷いた。


「我々は、この森には不案内だ。自分たちでも気づかぬうちに森を荒らし、妖精達を傷つけてしまうことがあるかも知れない。そうならないためにも、森に詳しい者に案内を頼みたいのだ。”妖精の森の巫女”と呼ばれるコーデリア殿ならば、その役に適任ではないかと愚考している」


 巨人は重々しく頷いて言った。


『よかろう。コーデリアには、私から言って聞かせておく』


 その返事を聞いて、マテオ達はほっと胸をなで下ろした。とりあえずの懸案が一つ解決した。


 しかし、続くオーヴェルの言葉に再び彼らの顔は緊張に包まれた。


『ただし、一つ条件がある──』


 そう言ってオーヴェルが出してきたコーデリアに関する条件を聞いて、アンジェリカは眉をひそめて訝しげな顔をし、ファルコは思案げに指で唇をなで始めた。


 マテオも妖精王の真意が分からず、困惑した表情を浮かべながら靄の向こうの巨人を見つめ返していた。

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