その14(終) “人喰い鬼”の最後
リジャールを先頭に、三人は粗大ゴミ置き場へと向かった。
前を行くリジャールは、朝からずっと大きな布包みを背負っている。それを指さしながら、いまさらながらにアルフォンスが聞いてきた。
「リジャールさん、その背中の包みは?」
「クロスボウだよ」
オーガ対策に用意してきたものである。衛兵隊の詰め所にある中で、最も強力なものを持ってきた。
「おれも多少は武芸のたしなみがあるし、剣も使えないことはないが……」
それでも、オーガ相手ではいかにも心細い。衛兵である彼の専門は、あくまで対人格闘だ。
そこでリジャールはクロスボウを持ってきたのである。
彼が学んだローラン古流武術には、弓の技もある。だが、比較的新しい武器であるクロスボウに関する技法は伝えられていなかった。リジャールがクロスボウを使い始めたのは、衛兵になってからである。
ただ、リジャールは弓よりもクロスボウのほうが自分には合っている気がしていた。速射は難しいが、狙いをつけての精密射撃はクロスボウのほうがやりやすいし、威力も安定している。
目的地につくまでの間に、三人はオーガを探し出す手順を確認しあった。
ゴミ捨て場に着いたら、まずはオーガが化けられそうな大型の家具を探す。見つけたら、その近くに全く同じものが存在していないかどうかを確認する。
もしも同じ物が二つあれば、どちらかがオーガである可能性が高い。
二つの家具が隣り合っている場合には、まずはエバンスがなにげなく近寄って、そのどちらかに不意に攻撃を仕掛ける手筈である。
彼の持つ炎の魔剣は、木の棒に巻かれた藁を一瞬で火に包む程の魔力を秘めている。二つの家具が隣り合っていれば、そのどちらかを攻撃するだけで両方を炎で巻くことができる。あとは、火に耐えかねて正体を現したオーガをアルフォンスと二人で退治すれば良い。
ただ、もしも二つの家具が離れて存在していた場合には、どちらがオーガなのかは分からないから──エバンスとアルフォンスがそれぞれの家具に近づき、リジャールの咳払いを合図に同時に斬りかかることとに決めた。
そうしないと、もしも普通の家具の方を攻撃してしまった場合に、身の危険を感じたオーガに逃げられてしまう可能性がある。
一時的にエバンスとアルフォンスのどちらかがオーガと一対一で対峙することになるから、リジャールは両者の間でクロスボウを準備して待機し、オーガが姿を現した瞬間に矢を撃ち込んで援護することとした。
そのように入念に打ち合わせをしつつ、三人は粗大ゴミ置き場に到着した。
エバンスが小火騒ぎを起こした空き地と似たような場所に、欠けた食器や木切れ、石ころや粘土のかけらなどが、ところどころにうず高く積まれている。
粗大ゴミ置き場と言いながら、大型の家具類は意外に少なかった。
そのような家具は、修理すれば使えるのですぐに誰かが持っていく。結果、誰もほしがらないようなゴミだけが残り続け、長い年月の間に溜まって山のようになっていた。
その山の間を歩いて行くと、目的の物はすぐに見つかった。
重厚そうな木製の長椅子だ。横に立てれば、高さはエバンスの身長を超えるだろう。オーガが化けるには丁度いい大きさである。
それが塵芥の山の中腹に一つ。少し離れたガラクタの山の中にも同じ物がもう一つ──。
三人は目配せを交わしあった後、配置についた。
塵芥の山の方にアルフォンスが、ガラクタの山の方にはエバンスが近づき、その中間のどちらも見渡せるところにリジャールが陣取る。
二人が充分に長椅子に近づいたことを確認してから、リジャールは咳払いをした。
アルフォンスとエバンスが素早く剣を抜き、リジャールもクロスボウを構える。既に矢は装填してあるから、引き金を引けばいつでも撃てる状態だ。
背中に負った大剣を肩越しに抜き放ったエバンスが、長椅子に向けて赤く光る剣を振り下ろした。重厚な木製の椅子がその一撃で二つ折れになり、次の瞬間には炎に包まれる。
魔剣の力によって燃えだした長椅子の炎は、すぐに周囲のガラクタにも燃え移って、パチパチと音を立て始めた。
しかし、オーガが現れそうな気配はない。エバンスが斬ったのはただの長椅子だ。
ならば──。
リジャールはアルフォンスの方に目を向けた。
彼の持つ剣は、エバンスとは異なり魔剣でも大剣でもない。それでも素早く身体を回しながらの一閃は力強く、威力は充分だ。真っ二つはさすがに無理でも、背もたれ部分ぐらいは完全に破壊し、あたりに木屑が飛び散るだろうと思われた。
しかし、そうはならなかった。
飛び散ったのは木屑ではなく、真っ赤な液体であった。
アルフォンスの剣の一撃を受けた部分がぱっくりと裂け、赤黒い血に染まっている。
ごろり──と、長椅子がアルフォンスから離れるように不自然に動き、うねうねとその形を変えはじめた。
警戒の面持ちで見つめるアルフォンスの目前で、長椅子は巨大な肉の塊に変わり、二本ずつの手足が生え、首と頭が生じ、やがて筋骨隆々とした人間の形を取りはじめる。
垣間見える口の中には乱杭歯の他に大きな牙が見え、これが巨漢の人間ではなく、人喰いの怪物であることを如実に示していた。
アルフォンスが再び剣を振り上げ、地にうずくまるオーガに向けて振り下ろした。
ガヅゥウウンンッ!!
鈍い音が響いた。
それはオーガの身体の一部か、はたまた持ち物も一緒に変身できるのか。オーガの手に持つ棍棒が、アルフォンスの剣をしっかりと受け止めていた。
「グゥルゥォオオォオォッッッ!!」
オーガが雄叫びを上げ、アルフォンスの剣を押し返すように棍棒を跳ね上げた。
剣を飛ばされないようしっかりと柄を握りしめながら、少年騎士は相手の力を逃がすように一度大きく後ろに飛び退く。体格差は歴然だ。オーガの腕の太さはアルフォンスの倍以上もある。力勝負ではかなわない。
棍棒を振り上げる勢いのままにオーガが立ち上がって、アルフォンスを見下ろした。憎々しげな目で彼を見ながら棍棒を叩きつけようとしたその時、
ズドンッ!!
オーガの胸に太い矢が深々と突き刺さった。リジャールの放ったクロスボウの矢だ。アルフォンスとオーガが離れるこのタイミングを狙っていた。
「グギャアァァァッッッ!!」
オーガが苦痛の叫び声を上げる。
痛みに耐えながらアルフォンスめがけて振り下ろされた棍棒が、空を切る。
怪物の攻撃をかわしたアルフォンスは、棍棒を持つオーガの右手にカウンターの一撃をたたき込んだ。
「ギエェェェッ!!」
アルフォンスの剣はオーガの皮膚を、筋肉を切り裂き、骨に当たって止まる。すぐさま彼は思いきりその剣を引いて、もう一度オーガの筋肉を切り裂いていった。
「グガァアッ!!」
たまらず棍棒を落としながら、オーガが傷ついた腕を横に凪いでアルフォンスを跳ね飛ばそうとした。
丸太の一撃のようなオーガの腕を、アルフォンスは下にかがんでかわす。
そうして体勢の低くなった彼に、オーガが野太い足で蹴りを繰り出してきた。やむなく後ろに跳んで、それをよけるアルフォンス。
敵との間合いが広がったのを見て取ったオーガは、
「グルゥウッ、グロオォォオオオォッ!」
唸るようにそう叫びながら、くるりとアルフォンスに背を向けて走り出した。
このオーガは、獲物を襲うとき以外は暴れ回るよりも密かに隠れることを好んでいた。そうやって生き残ってきた個体だ。凶暴であると同時に、臆病なほど慎重な性格なのである。
だからいまも、形勢不利とあらば闘争よりも逃走の方をこのオーガは選択した。
逃げようとする敵の背に追撃をかけようとしたアルフォンスだが、オーガは巨体の割に意外と動きが早かった。全身を覆うしなやかな筋肉が、重量のある身体を驚くほど速く動かす。
アルフォンスの剣は、オーガの背中の皮膚をわずかに切り裂いただけで終わってしまった。
だが、逃げられる心配はなかった。
いつの間にかオーガの前には、大剣を振り上げた人影が立ち塞がっていた。救援にやって来たエバンスだ。
「グルゥウッ!?」
行く手を遮られたオーガの唸りには、焦りと絶望の思いが入り混じっているようにリジャールには聞こえた。
「ラジンさんの……仇だ」
燃えさかる炎を背に、低い声で言いながらエバンスが魔法の大剣を振り下ろす。
「ギガァァァアアアァァァッッッ!!」
オーガの断末魔の叫びが響き渡った。
脳天から縦一文字に斬り裂かれたオーガの身体が、次の瞬間には炎に包まれる。それでも一歩、二歩と歩き、棍棒を振り上げようとする怪物の首筋に、
ズザンッ!!
リジャールの放った二本目の矢が突き刺さった。
それが致命傷のようだった。
全身を真っ赤な炎に巻かれながら、動きを止めたオーガの身体がゆっくりと倒れていく。
それが、ローラン新市街を血と炎で染めた怪物の最期だった。
※
「エバンスの旦那、お世話になりました」
そう言って頭を下げるリジャールに、旅装姿のエバンスが答えて言った。
「いや、拙僧こそ世話になった。ラジンさんの仇をこの手で討たせてくれて、本当に感謝している」
「次は、どちらに向かわれるんです?」
「河を渡り、タラマカン首長国の他の街を見て回るのも良いが……まずは北の辺境へ行こうかと思っている」
ローラン新市街の北方には大きな街はない。
ただ、人里が全くないというわけでもなく、騎士や衛兵のいないそのような場所こそ、オーガのような魔物が現れたときに自分の力が必要とされるだろう──そうエバンスは言った。
「そうですか……」
言った後、リジャールはニヤリと笑みを見せて続けた。
「北の方は乾燥した風土です。山火事には気をつけてくださいよ」
エバンスが苦笑しながら返す。
「そうだな。この魔剣の取り扱いには、せいぜい気をつけるよ」
無事、オーガを倒したリジャールたちだったが、その後の処理は大変だった。
オーガの身体を包んだ魔剣の炎、エバンスが斬った長椅子から出た炎──それらが、周りのゴミに燃え移ってしまったのである。
勝利の昂揚も束の間、彼らは消火作業に追われた。
アルフォンスが火消しを呼びに走り、リジャールとエバンスは近隣の家を回って火事を報せ、水の入った桶を借りて回った。
消火作業が終わり、全ての報告をしたリジャールが隊長から大目玉を食らったことは言うまでもない。
ラジン殺害、およびその他放火殺人事件の犯人を暴き、危険なオーガを倒した功績に対する報奨金は、火事騒ぎを起こした罰金と相殺されてしまった。
エバンスはともかく、アルフォンスにはささやかでも礼金を支払わなければ──とリジャールは思っていたから、結局これは彼の自腹ということになる。
オーガというのは極めて危険な怪物だ。不意を突かれた騎士の小隊が全滅した事例もある。
そのような魔物を、たった三人で討ち滅ぼしたリジャール達の名声は一気に高まったが、一方でそのような危険な仕事を頼んでしまったアルフォンスに、無報酬というわけにはいくまいとリジャールは考えていた。
新市街の城門から街の外へと旅立っていくエバンスを見送りながら、リジャールはため息をついた。
せっかく手柄を立てたというのに、彼の気が重い理由はもう一つある。
リジャールが報告した今回の事件の顛末は、衛兵たちやさらにその上の者たちに大きな衝撃を与えた。まさか危険な魔物が家具や木箱に化け、城壁内に入り込むとは誰も想定していなかったのだ。
そして知ってしまった以上、何も対策をしないわけにはいかない。
城門から街道にまで伸びる、商人や旅人の列をうんざりとした気持ちでリジャールは見つめた。
これからは、彼ら全員の荷物も全て確認しなければいけない。特に、木箱のようにオーガが化けられそうな物は要注意だ。
リジャールが見ている長蛇の列は、荷物の確認を待っている者たちの列である。
「リジャール! 何してるんだ。暇なら手伝ってくれ!」
仲間の衛兵たちの声が聞こえてきた。
──仕事が増えた……。
今まで以上に忙しくなる。
アルフォンスに支払う礼金で、懐具合も寂しい。
(旧市街に帰れるのは、いったいいつになるんだ……)
そこに残してきた愛しい人の顔を想い、リジャールはまた盛大なため息をついた。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
これで、第三話は終幕となります。
次回からは、第四話「妖精の森のコーデリア」を掲載予定です。
古文書の謎の文章 (リドル) をもとに森の中の遺跡を探索するエピソードです。遺跡探索、ということであの男が再登場します。




