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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第一話 歩き巫女イライザと泣き女の石像
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その4 影の男

 ファルコがその話を聞いたのは、イライザにあの像を渡した者が住むナバタ村からさらに二日ほど山奥に行った場所にある、ヒコリという村でのことだった。


 その辺りは古代の遺跡が多い地域で、ファルコは暇があればヒコリをはじめとする付近の村に滞在し、探索済みの遺跡も含めて中に入ってみるのだという。


「探索済みの遺跡は、罠や守護者がすでに排除されているからな。俺一人で潜っても、危険は少ないんだ」


 仕事というよりは休暇を兼ねた行為だそうで、一度潜った遺跡でも、気に入れば何度でも訪れると言ったファルコに、イライザは、


(……変人よね、はっきり言って)


 と思ったが、もちろん口には出さない。素知らぬ顔でやり過ごす。


 ヒコリは小さな村で旅人向けの宿はないが、何度もこの村を訪れているファルコはすでにほとんどの村人と顔見知りで、最近は彼が訪れると村長一家が無償で家に泊めてくれる。


 ファルコの話す各地の土産話や最新の首都の情報が礼金代わりであるから、その時もファルコは集まった村人の前でひとしきり話をした後、村のほうには変わりがないかと問うた。


 すると、渋面で村長が話しだしたのが、ある遺跡に関わる奇妙な話であった。


 いつの頃からか、夜になると山のほうから不気味な音が聞こえてくるようになったのだという。


「おぉん、おぉん──という低い唸り声のような音じゃよ」


 村長はそう言った。


 単調な音ではなく、抑揚がある上にその調子は日によって違いがある。獣の唸り声か、男の泣き声のようにも聞こえたという。


 その「泣き声」という言葉にイライザの肩がピクリと反応したが、何も言わずに彼女はファルコの話を聞き続けた。


 その音──というより声を聞いたヒコリ村の住人は、最初はどこかから大型の獣か、あるいは魔物が山の中に迷い込んだのではないかと危惧したという。


 危険な魔物であれば、首都に連絡して魔物討伐の騎士団を要請するか、それが駄目なら冒険者を雇わねばならない。


 しかし幸いなことに狩人などが山中に分け入っても、魔物の犠牲になるような者は現れなかった。


 それに魔物や獣の鳴き声とするには、その声にはおかしなところがあった。


 移動しないのだ。


 その声は、常に一定の方角から聞こえてきた。


 風向きによって若干の差はあるものの、音の大きさもほぼ同じくらいだ。つまりは、距離も一定ということになる。どこか、特定の場所から発せられる声のように思われた。


 ある夜、勇気ある村の若者が数名、声の出所を探して山中に分け入った。


 松明の明かりを頼りに声のする方へと歩き続け、ついに彼らは山頂の近くにある一つの遺跡の前に出た。半年ほど前、とある冒険者の一行が探索していった遺跡だ。


 その入り口はぽっかりと開かれており、声はその遺跡の中から轟いているようだった。


「そこまで聞いたとき、俺は遺跡の中を風が通る音が聞こえているんじゃないかと思った」


 イライザに向けてファルコが言った。


「人が入れるような入り口は一つでも、風が通るような穴はいくつか開いていることが多いからな。崖の近くの遺跡だというし、崖に面した壁の隙間から風が入り、複雑な遺跡の中を通るうちに獣の唸り声のような音となる──。笛の原理と同じだよ」


 その彼の説は、風の神・ヴァンの神官であるイライザにはよく分かる話だった。珍しくはあるが、奇妙な話とまでは言えない。安眠を妨げられる者には迷惑かもしれないが、他に特に実害があるわけでもない。


 ところが、話はここで終わりではなかったのだ。


 続きがあった。


 暗い山中で遺跡の入り口を松明で照らす村人たちに、遺跡の中から声がかけられたのだという。


 慌てて入り口から離れる村人たちを追いかけるように、遺跡の中から人影が現れた。


「それは、文字通りの『人影』だったという」


「……? どういうこと?」


「遺跡から出てきて、男たちの持つ松明の明かりに照らされても、そいつは真っ黒のままだったそうだ。男の形をした、影そのものだった」


 光の中にいるにも関わらず、影の状態を保っていたのだ。その影の男が、あろうことか村人たちに声をかけた──。


 イライザの腕に、鳥肌が浮き立った。


「……シャドウ・ストーカーという魔物がいる」


 ファルコが言った。


「遺跡の守護者なんかをしていることが多いから魔法生物なのかも知れないが、こいつは暗闇の中に住んでいて、影に潜んで犠牲者に近づき、突然に襲いかかる」


 遺跡探索の際にファルコが警戒する魔物の一つだという。


「だが、話に聞く限りその遺跡に出たのはシャドウ・ストーカーではない。シャドウ・ストーカーならば、影のない光の中では生きていくことができないからな。松明に照らされた時点で、退散しているだろう」


 しかしヒコリ村に出た“影の男”は、むしろ自ら松明の光の中に積極的に出てきたのだ。


 恐怖におののく村人に、男はこう言ったのだという。


 ──返してください。次の、夏至の日までに、どうか……返してください。


 そこまで聞いたところで、男たちは我先にと逃げ出した。影の男は、それ以上は追ってこようとしなかった。


 その話を聞いた翌日、ファルコは早速その遺跡に出かけてみた。中に入ることまではしはなかったが、入り口から遺跡の中を覗き込んでみたという。


「村人たちが踏み荒らした跡を除けば、誰かが、あるいは獣か何かが出入りしている様子はなさそうだった」


 昼間だからか、謎の声も聞こえないし、影の男も出てきたりはしなかった。


 中に入ってみるべきかしばらく逡巡したファルコだったが、結局やめて、その日はヒコリの村に帰ったという。


「どうして中に入らなかったの?」


「探索済みとはいえ、よく知らない遺跡だったからな。まずは情報を集める方が先だと思った。実際に探索した冒険者の話を聞ければ、ベストなんだが」


 どのような遺跡で、中に何があったのか。守護者や罠はあったのか。あった場合、それらはすべて排除したのか、あるいは残っている可能性があるのか──。


 特に、もしも遺跡の守護者が残っている可能性があるのなら、一人でその遺跡に入るのは極めて危険だ。だから、事前に安全な遺跡かどうか情報収集をしておく必要がある。


 幸い、この遺跡を探索した冒険者の名前を村長は覚えていた。


 エバンスという名の男をリーダーとする、リヴェーラに拠点を置く冒険者だ。この辺りまで遠征してくるのは初めてだ、と彼らは言っていたらしかった。


 村長がエバンスから聞いた話によれば、遺跡の中はほぼ一本道だったという。罠や守護者の類いもなく、拍子抜けするほど簡単な探索だったが、一方で得られた物も少なかった。エバンスたちが遺跡から持ち出せたのは、一体の古びた石像だけだったという。


「遺跡から出てきた”影の男”が『返してほしい』と言ったのは、まず間違いなくその石像のことだろう。村人が毎晩聞いたという音も、石像を失った男の慟哭の声なんだろうな」


 遺跡で起きている怪異は、すぐに村人に害をなすものではないと判断したファルコは、石像の行方を聞くためにエバンスを探すことにした。そしてリヴェーラへと帰る道すがら、エバンスたちがナバタの村民に像を売ってしまったことを知る。


 その村人が、さらにイライザという歩き巫女に像を譲り渡したことを聞いたファルコは、リヴェーラに戻ると、あちこちの酒場や冒険者の店にイライザ宛ての張り紙をして回ったのだ。


 イライザは像を手に入れた後も、リヴェーラに戻る道の途中で歩き巫女としての仕事をこなしていた。歩みはどうしても遅くなるから、ナバタからリヴェーラに直帰したファルコにはどこかで追い越されてしまったのだろう。


 ファルコが張り紙をしたのは昨日のことだと言うから、まさにすんでの差であった。


「君がリヴェーラに戻るのか、そのまま街道を反対方向に進むのかは賭けだったがな……」


 イライザが像を手に入れた街にファルコは立ち寄らなかった。ナバタ村に続く道と街道の交差点からその街に行こうと思えば、リヴェーラとは反対方向に進まねばならない。


「もし、その石像が何か怪異を起こしているのなら──。そして君がそれを解決できいとしたら……まずはモールの神殿に石像を持ち込むと思った」


 イライザは歩き巫女だ。


 歩き巫女の多くは風の神・ヴァンの神官であり、幽霊がらみの怪異には対応できないだろうとファルコは踏んだのだ。


 であれば、遅かれ早かれ彼女はモール神殿を訪ねるためにリヴェーラに戻るに違いない。この近辺でモールの神殿があるのはこの街だけだからだ。


 そこで、リヴェーラに戻ったファルコはまず、モールの神殿でイライザのことを尋ねた。


 彼女がまだやって来ていないことを知ると、神官にイライザへの言伝てを頼んだのだが、ファルコの身なりを怪しんだのか、あるいは単に申し送りに不備があったのか、イライザの耳にその伝言が届けられることはなかった。


 彼女がエバンスを探そうと冒険者の店を尋ね歩いてくれたのは、ファルコにとっては幸運だったのである。


「……あの石像が怪異を起こしていると知っていたのね?」


 半眼になってイライザは言った。ファルコが、ナバタ村で石像に関わる怪異のことを聞いていないはずはなかった。


 案の定、彼女の問いにファルコは何食わぬ顔で首肯する。


「ナバタ村で概要は聞いた。君が引き取ってからも起きているんだな?」


 イライザは嘆息した。


 どいつもこいつも、知っていながら知らぬふりで彼女から情報を聞き出そうとする。まったく、冒険者というのは油断がならない。


 それでも正直にイライザは答えた。


「ええ……起きているわ」


「ナバタ村と同じように……女の霊が出てきて泣くのだな?」


「ええ」


 そしてイライザは、この石像を手に入れてから今日までのことをファルコに話した。モール神殿で、「死霊がついているわけではない」と言われたことも含めて。


 彼女の話を黙って聞いた後、ファルコが言った。


「遺跡は『返してほしい』と言い、その石像は『帰してくれ』と言う。やるべきことは、明白だな」


 その言葉に、イライザは頷く。この石像を元々あった場所に戻すのだ。そうすれば、怪異は収まるだろう。


「では……まず、その石像を見せてもらえないか?」


 言って、ファルコが手を差し出す。


 しかし、イライザはまだ逡巡していた。石像を取り出すことはせず、ファルコに言った。


「ごめんなさい……。それはまだ、待ってほしいの」


 ファルコが真っ直ぐとイライザを見返す。


 とても真摯な瞳だった。


 ──この男なら信用してもいいだろうか。


 そう思いながらも、イライザはそれ以上は何も口にせず、黙っていた。


 先に口を開いたのはファルコの方だった。


「……君の気持ちも分かる。つい今しがた出会ったばかりの男を容易に信用できないのも当然だ。幸い、ヒコリ村で起きている問題は、緊急で解決すべきものでもなさそうだからな。まあ、ゆっくり考えてみてくれ」


 その言葉に、イライザは答えて言った。


「一日だけ待って頂戴」


「いいだろう。どうせ俺も、遺跡に行く前にエバンスの話を聞きたいと思っていたところだ。明日の同じ時間、この場所で落ち合うのはどうだろう?」


 イライザが了承の意を伝えると、ファルコは立ち上がってテーブルに広げていた書物や紙束を片付け始めた。それらをしまい、「エバンスを探しに行く」と言い置いて店を出て行く。


 それは、彼なりの気遣いであるようにも思われた。彼がこのまま店内にいては、イライザは店主や他の客にファルコの人となりを尋ねることができない。


 偏屈な男だと聞いていたが、そういう配慮はできるのか。少しだけ、彼女はファルコという男を見直した。

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