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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第三話 ローラン人喰い鬼事件
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その12 リジャールの推理①

「やはり城壁の外の村々でも、いくつかオーガの被害があったようです」


 翌日、新市街に戻ってきたアルフォンスはリジャールにそう言った。


 夜道を一人で歩いていて犠牲になることが多かったが、屋内にいたところを襲われた者もいる。


 度重なる襲撃に、ローランの騎士団に討伐隊の派遣を要請するか、護衛の冒険者を雇うか──。そういう話が出始めた頃に襲撃がやんだそうだ。


「その襲撃がやんだ時期は?」


 リジャールの問いにアルフォンスが答えた。


「ローランで火事が頻発しはじめた頃に一致します」


 つまり、壁の外から内側にオーガが移動したのだ。だから城壁の外での被害はなくなり、かわりに市街地の住民が犠牲になりはじめた。


「オーガが、どうやって壁を越えたのかは分かりませんが……」


 そう言うアルフォンスに、リジャールは訊いた。


「最後に襲撃を受けたのは、近くの漁村あたりじゃないか?」


「ええ、そのようです。……知っていたんですか?」


「いや、そうではないが……。もしそうだとすれば、オーガがどうやって壁を越えたのか、想像がつくんだ」


「え?」


 アルフォンスは驚いたようにリジャールを見た。


 物問いたげな表情の彼に、しかし今はまだ何も答えず、リジャールは立ち上がった。


「色々と説明したいことはあるが……もう一人、話を聞いてもらいたい人がいる。その人を迎えに行ってから、ラジン氏の家で話そう。実際の現場で話した方が、わかりやすいだろう」


 そう言ってリジャールは歩き出した。アルフォンスも慌てて彼について行く。


 二人が向かった先はオウル神殿だった。


 リジャールはそこでエバンスを呼び出してもらい、彼に言った。


「ラジン氏を殺した者の居場所が分かるかも知れません。それで、エバンスの旦那に協力してもらいたいことがあるんです」


 その言葉を聞いたエバンスの表情には様々な感情が入り乱れていた。


 驚きと、悲しみと、怒りと──そして最後に決意に満ちた顔を見せて彼は言った。


「わかった。拙僧にできることなら、何でも協力しよう」


 では──と言って、リジャールはまた歩き出した。


 事件現場の家に向かいながら、彼はエバンスにこれまでの経緯を説明する。


 ラジンの事件に引き続いて起きたデニス家の不幸、ここのところの火事がただの放火ではなく、殺人を隠蔽するために火をつけた疑いがあること。その火事に先立って、ローランの壁の外の集落でオーガによる襲撃事件が相次いでいたこと──。


「オーガ?」


 リジャールの話を聞いたエバンスが眉をひそめた。


「ええ、オーガです。そしておそらく、ラジンさんを殺したのもこのオーガでしょう」


 リジャールに促され、アルフォンスが自身の目撃したことをエバンスに説明する。


 それを聞いたエバンスが言った。


「こんな街中に……ましてや家の中に突然にオーガが現れるなど、にわかには信じがたいが……」


「ええ、おれも同じです。だから最初はアルフォンスの目撃談を疑った。大柄な体格の人間を見間違えたのではないか、と」


 その疑いが向けられた先がエバンスだったとは、さすがに口にはしなかった。


「だけど、結論を言えば彼の証言は正しかった。アルフォンスが見たものは──やはり、正真正銘のオーガだったんですよ」


「しかし──」


「続きは……ラジン氏の家で話しましょう」


 そう言ってリジャールは一度話を切った。


 大家から鍵を借りた後、玄関の扉を開けながらリジャールはエバンスに説明を再開する。


「一番の問題は、アルフォンスに追われたオーガがどこに逃げたか、です。外に逃げるのならば、この玄関の扉しかありません」


 しかし、玄関をずっと見ていた向かいの家の老婆は、ここからは誰も出てきていないと証言し、玄関マットにも乱れはなかった。


 オーガは、玄関から外に出たわけではないのだ。


「玄関から出ていないとすると、可能性は二つです。隣の倉庫に逃げたか、台所か。ただ、どちらもそこから外に出て行くことはできない」


 アルフォンスの追跡を一時的に撒くことはできても、この家から逃げることはできないはずだ。それなのに、朝になって衛兵たちがこの家に入ったときには、既にオーガの姿は消えていた。


「もう一つの問題は──」


 言いながらリジャールは、玄関から真っ直ぐ奥に見える台所を指さした。


「あの、台所の扉です」


「扉?」


 エバンスが怪訝そうに問い返す。彼もリジャールと同様、その場所に扉がある光景は見たことがない。


「ええ。あの夜、アルフォンスが見たときには、あそこに扉があった。それが、朝になって衛兵が突入したときにはなくなっていた」


 そのリジャールの言葉に、アルフォンスが驚いたように聞き返してきた。


「衛兵の方々が入ったとき、あの扉は既に消えていたのですか!?」


 リジャールは頷いた。この話は、アルフォンスにも初めて聞かせる。昨夕、同僚の衛兵をつかまえて確認した事柄だった。


「すると、あの扉は私が外で見張っている間に消えたことになりますが……」


 朝、衛兵たちが入ったときに、扉がまだそこにあったのならば、その後に何者かが密かに扉を取り外すことは可能である。何故そんなことをしたのかという理由はともかく、現象としては不思議ではない。


 しかし、アルフォンスが見張っている間に扉がなくなったのだとすると、これは途端に不可思議な現象になる。夜の間に扉を取り外すことはできても、オーガと同様、その扉を家の外に持ち出す方法がないのだ。


「燃やしたのでしょうか?」


 アルフォンスの言葉に、リジャールは首を振った。


「あの家で、夜の間に何かを燃やしたような痕跡はなかった」


 衛兵たちは皆、続発する火事騒ぎで過敏になっていた。だから、そこは誰もが意識して観察していた。リジャールだってわずかな痕跡も見逃すまいと、注意を払っていたつもりである。扉のようなそれなりに大きなものを燃やした形跡はなかったと断言できる。


「どういうことだ? 扉が消えたなどと……」


「しかし、そう考えないことには……」


 困惑した様子の二人に、リジャールは言った。


「消えたのではなく、現れたのかも知れない」


 なおも困惑したままアルフォンスがリジャール見る。


「現れた、ですって?」


「そう」台所の入り口まで歩み寄り、戸枠を見ながらリジャールは言った。「ここに、蝶番を外された痕がある。でもこれ、少し時間が経っているように見えないか?」


 アルフォンスとエバンスとが、リジャールの指さす戸枠を見た。


 彼の言うとおり、釘の跡と思われる穴が並んでいた。


 少なくとも扉は、力任せに壊されたわけではないのだ。丁寧に、工具を使って取り外されている。


 よく見ると釘跡の穴の縁はややすり切れ、中には細かな塵や埃も溜まっているようだった。


「確かに……」


「そう、見えなくもないが……」


 アルフォンスとエバンスがそれぞれに呟いたのを待って、リジャールは続けた。


「扉を外したのはラジン氏か、あるいはさらにその前に住んでいた者か……。いずれにしろ、あの事件の夜にはここに扉なんてなかったんだ」


「では、私が見たあの扉は……」


「そのときだけ、一時的に現れたんだろう」


「現れた……。そんな、魔法みたいに?」


「魔法……のようなものかも知れない。おれも、原理はよく知らないから」


「待て待て、リジャール」エバンスが口を挟んだ。


「百歩譲って、何者かが彼に幻を見せていたのだとして、何の理由があってそんなことをしたんだ?」


 割って入ってきたエバンスの問いに、リジャールは答えて言った。


「それはもちろん、彼の目を眩ますためです。そうして、逃げ切るためですよ」


「逃げ切る、だと?」


「ええ……」うなずいて、リジャールは言った。「おれの推測では、あの夜、ここに扉を出現させたのはオーガだ。というより、オーガが扉に化けていたんです」


「化けていた!?」


 アルフォンスが反駁した。


「いや……でも、リジャールさん。いくらあのとき、そちらに目をやったのは一瞬だったとは言え、オーガが扉のふりをしていたら、さすがに分かりますよ」


「もちろん、君の観察力の高さは知っている。オーガは扉のふりをしていたわけじゃないんだ。扉に変身していたんだよ。その姿形を変えたんだ」


「変身……?」


 そう呟いたアルフォンスに、リジャールは昨日オウル神殿で調べたことを説明した。


 オーガがただの魔物ではなく、神々と比肩する古の巨人の末裔であるらしいこと。


 邪神の眷属となったことで皮肉にも退化し、祖先に比べて随分と卑小な存在になってしまったが、それでも先祖の形質を受け継いだ──あるいは先祖返りしたオーガが存在しうること。


「きみが聞いた吟遊詩人の話に出てきた巨人のように、身体が大きなオーガほど先祖の巨人に近い性質を持っているようだな」


 俗に「大男、総身に知恵が回りかね」などと言うが、オーガの場合は逆なのだ。知能が高い個体や魔法を使う個体ほど体も大きく、 ”オーガ” というよりは ”巨人” と呼称されることが多い。


 だから、 ”オーガ” にこのような個体がいることはあまり人の口には上らない。別種の怪物だとみなされてしまうのである。


 アルフォンスが目撃した魔物は、見た目は普通のオーガのように見えたと言うから、彼らの種族の中では身体がそれほど大きいわけではないだろう。


 つまり、知能はそれほど高くはない。普通のオーガと同程度と思われる。


 ただ、普通と違って変身能力を持っている。


 もしかしたら動物や人間に変身することもできるのかも知れないが、知能が低いから、すぐに化けの皮が剥がれる。


 そこで、無機物に化けることにしたのであろう。それであれば、ただ動かずにじっとしていれば、それですむ。


 あるいは好んで無機物に化ける個体だからこそ、今まで生き残ってこれたのかも知れない。適者生存の結果である。


「オーガに……変身能力を持つ者がいる……」


 呆然とした様子で言うアルフォンスとは対照的に、エバンスが少し考え込みながら言った。


「確かに、そのような話を以前に聞いたことがあるな。だが、まさか実在していたとは……」


「変身能力を持ったオーガの仕業と考えれば、これまで不思議だったことの全てに説明がつくんです」


 そう前置いて、リジャールは時系列に沿って自身の仮説を話しはじめた。

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