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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第三話 ローラン人喰い鬼事件
32/93

その5 聞き込み

 デニスの家の探索に半日ほどを費やし、続いてリジャールはボヤがあったという街外れの空き地に向かった。


 そこは城壁の内ではあるが、まだ開発が進んでいない地域で、何十人分かの家が建ちそうな広い土地に、むき出しの土の大地が広がっていた。


 元々ローラン新市街が建設された一帯は、枯れた荒野であったらしい。


 この空き地も樹木のようなものはなく、短い雑草がところどころに生えているきりで、リジャールはかつてのこの辺りの景色の縮図を見せられているような気持ちになった。見通しがよく、火元になりそうなものはあまり見当たらない。


 昨夜、ここで火が燃えているのを見つけたのは、近所に住む隠居老人であったという。暇に任せて自宅の庭先から何とはなしに外を見ていて、空き地に炎を見つけたそうだ。


 隠居したとはいえ足腰はまだまだ元気だったから、近所の者に火事を知らせつつ、水桶を持って現場に駆けつけ、自分で火を消し止めた。


 幸い怪我人はなく、周囲の家屋も無事だったという。


 リジャールはその老人に会い、その時の詳しい話を聞かせてくれと頼んだ。


 暇を持て余していたのだろう老人は、わざわざ彼を現場まで案内してくれた。隠居の必要などないだろうと思うほど、矍鑠(かくしゃく)とした足取りだった。


 道々、リジャールは老人から話を聞いた。


 妻を亡くし、息子夫婦に商売を譲って隠居はしたものの、趣味らしい趣味など持たずに仕事に精を出してきた人生だったから、今は暇で暇でしょうがないのだという。


 昨日も何もすることがなく、庭先でぼーっと空き地を眺めていたら、そこに赤い光が見えることに気がついた。光はどんどん大きくなり、煙も見えはじめたところで火事だと気づいたのだと老人は言った。


 自身のちょっとした武勇伝を嬉々として話し続ける老人に、リジャールは尋ねた。


「それは、時間としてはいつごろなんです?」


「夕暮れですのう。光は最初、夕焼けを反射しているのかと思いました」


 それを聞いて、リジャールは少し意外に思った。


 てっきり深夜の出来事かと思っていたのだ。その時間帯なら、例え老人が火に気づかなくても、行き交う人々の誰かが火事を見つけたことだろう。


 デニスの事件や他の火事とは、少し性質が違うようにリジャールは思った。


「燃えていたのは何だったんです?」


「それが、よう分からんのですな。燃えた木の棒のようなものが、転がってはいましたが」


「焚き火跡のような感じですかい? 薪とか、松明のようなもの?」


「いや。そんな感じじゃああ、なかったですな」


 老人に案内されて、リジャールはボヤの現場を検分した。


 土の地面が丸く焼け焦げて黒くなっている。老人の言うように、真ん中に木の燃えかすのようなものが残っていた。炭化しているが、長い棒状の木であったように見える。


 周囲の雑草も一部が焼け焦げているが、もともと草がまばらな場所であったために、火は大きく燃え広がらずにすんだようだ。


「ご隠居は、逃げ去る者も見たとか?」


 焦げた地面に立ち入りながら、リジャールは聞いた。


「現場に着いたとき、走り去っていった男がいましてなぁ。とても慌てている様子でした」


「どんな男でした?」


「かなり大きな男でしたなあ……。手に抜き身の剣を持っていました。赤く光っているように見えたが、夕日を映していたのかもしれません」


 空き地とは言え、抜き身の剣を持って街中をうろついているとは、確かに怪しい。老人が襲われなくて良かったと、リジャールはつくづく思った。


「服装は?」


「鎧を身につけているようでしたな」


 剣に鎧。


 となると老人が目撃したのは、戦士風の男だということになる。そしてかなり大柄──。


 リジャールは最近、殺人現場で似たような男に会っている。


 ただ、まさかなとも思う。大柄な戦士風の男など、巷には溢れているだろう。それこそ、冒険者の宿や傭兵団の詰め所にでも行けば、一山いくらでいるはずだ。


 そう考えながら火事場を調べ歩くリジャールの足が、カチリと何か小さくて硬いものを踏んだ。


 何だろうと思ってかがみ込み、拾い上げる。


 首からかけるタイプのロザリオだった。


 その形に、リジャールは見覚えがあった。昨日、エバンスが身につけていた英雄神・オウルの聖印をかたどった首飾りだ。


 老人に礼を言い、火事場の検証もそこそこにしてリジャールはオウル神殿に向かった。


 まずはラジンの人となりを聞くという口実で、生前の彼と親交があったという神官を紹介してもらい、話を聞かせてほしいと頼んだ。


 現れたのは、まだ若い女性神官だった。ラジンの知り合いだから、もっと年配の者が出てくると思っていたリジャールは、少し驚きつつも来訪の理由を告げた。


「ファティマと申します」


 褐色の肌をしたその女性神官は、そう名乗った。ラジンの最後の弟子のような間柄だったらしい。


 司祭を引退し、隠居のためにこの街にやって来たラジンだったが、経験豊富な神官として、この神殿のご意見番のようなこともしていたという。


 ファティマは特に彼から可愛がられ、色々なことを教えてもらっていた。


「清廉潔白を絵に描いたような方で、本当に素晴らしい人でした……」


 少し涙ぐむように、ファティマはそう言った。


 彼を恨みに思うような者がいないか尋ねるリジャールに、彼女はかぶりを振って答えた。


「そのような人はいないと思います。あの方を、恨みに思うなどとは……」


 そう言って目尻の涙を拭った彼女に、リジャールはそれまで気になっていたことを聞いてみた。


「ラジンさんですが、日々の糧はどうしてたんです? 神殿の手伝い以外に、何か仕事をしていたんでしょうか?」


 どんなに偉い神官だって、(かすみ)を食べて生きていけるわけではない。日々の食事は必要だ。


 そして農村や漁村ならばともかく、この街では食料を得ようと思えば金で買うしかない。自給自足ができるような畑を持つのは、壁に囲まれて土地が限られるこの街では、とても贅沢なことである。


 それなのに、ラジンの家にはあまり現金がないことが気にかかっていた。ラジンが赤貧なのではなく、犯人が盗っていった可能性もあると思ったのだ。被害者が日頃、どの程度の金を持っていたのか──。その辺りをはっきりとさせておきたかった。


「ラジンさんの仕事……。そうですね、定職とはいえないかも知れませんが、家具職人の真似事をすることがありました」


「家具職人?」


「といっても、一から作っていたわけではありません。ゴミ捨て場などから家具を拾ってきて修理したり、組み合わせて新しいものをつくったりして、それを古物商に売っていました」


 孤児院のようなことをしていたときから、趣味と実益を兼ねてラジンは日曜大工をしていたのだという。


 その話を聞いて、リジャールは考えた。


 殺人現場となった部屋の隣の、あのがらんとした部屋は、もしかしたら倉庫ではなく作業場だったのかも知れない。その部屋に木屑のようなものが落ちていたことを、彼は思い出していた。


 あの日はたまたま修理すべきものが何も無かったから、がら空きの倉庫に見えたのであろう。


「ただ、ラジンさんは少し蓄えができると、すべて当神殿や街の孤児たちに寄付していらっしゃいました。ですから、日々の生活は質素だったようです」


 一方で、彼を慕う者たち、彼に感謝する者たちから食べ物や日用品などが差し入れられることも多かった。ラジンは、それらで食いつないでいたのだ。


 その話を聞いて、リジャールはラジンに少し親近感がわいた。


 旧市街にいた頃の彼の暮らしぶりが、似たような感じだったのである。


 役人とはいえ、橋守の給金は安い。彼一人でも、まともに暮らしていくのは辛かったほどだ。


 だから多くの橋守は──特に家族のいる者は、別に副業を持っていることが多かった。あまり大きな声では言えないけれど、ちょっとした不正に手を染めたり、犯罪者や町人に賄賂を要求したりする者もいた程である。


 独り身のリジャールは、さすがにそこまでせねばならぬほど生活に窮していたわけではないが、それでも見かねた近所の小母さんたちが飯を食わせてくれたり、差し入れをしてくれたりすることも多かった。


 ラジンもきっと同様だったのだろう。


「エバンス殿も、ラジンさんを慕っているようでしたが……」


 リジャールがそう話を振ると、ファティマはうなずいて言った。


「ええ、そうみたいですね。だいぶ悲しまれているようでした」


「エバンス殿は、こちらにはよく来られていたんですか?」


「いや、初めてです」


「ラジンさんに会いに来た?」


「いえ、そうではないようですね。ローランに立ち寄ったのは、たまたまだそうです。この街にラジンさんがいらっしゃると聞いて、驚いているご様子でした」


 その話は、エバンス自身の言と一致はする。


「エバンス殿がこの神殿に来たのは、いつ頃です?」


「五日前です。旅の神官戦士様ということで、ご挨拶に見えました」


 その時にラジンのことを知り、訪ねたのが昨日ということになる。


「あの人は、どういう方なんですか? まあ……あなたから見て、ですが」


「私もそれほど深い付き合いではありませんので……」


 そう言った彼女の目が泳ぎ、リジャールはおやと思った。何かエバンスに思うところがあるようだった。


「敬虔な信者であることは間違いないとは思うのですが……」


「奇跡を行使できる?」


「いや、まだそこまでではないようです」


 英雄神・オウルの神官は、他の光の神々とは大きく異なるところがある。神官の多くが、奇跡を行使できないのだ。


 一般に光の神々の神官たちは、生まれたときから神の祝福を受けている。この世に生を得た瞬間から、神官となることが宿命づけられているのだ。


 彼らは身体のどこかに聖痕があり、この聖痕を通して神から力を借りて奇跡を行使する。それができる者が、神官と呼ばれる。


 だから、神官だからといって神殿に勤めているとは限らない。


 聖痕を持ち、神官でありながら別の職を選ぶ者もいる。冒険者などはその典型だ。


 しかし、神殿に勤めて司祭となるには奇跡を行使できる必要があるから、土地の神殿の多くは、聖痕を持つ者が生まれたと聞けばすぐに司祭が駆けつけ、その子が将来、神殿に勤めてもらえるよう親を説得しはじめる。


 ときにはそのまま神殿に引き取って、物心つく前から教育を施す。そうやって神殿の司祭を維持していくのだ。


 ところが、オウル神殿だけは他とは少し事情が異なっていた。


 オウルの神官は、聖痕を持っていなくてもなることができる。


 彼らが信奉するオウル神はもともと神ではなく、かつて、この世に復活した邪神を滅ぼした英雄・オウルが、死後に天に昇って神格化されたものだ。


 便宜的にこのオウルの名を冠してはいるが、英雄神の神殿で祀る神々は複数いて、オウル以外にも同様に死後に神となった英雄たちが列席している。


 英雄神の神官たちは、自身も同様に現世で人々のために奉仕し、死後に神々の末席に連なることを目指しているのだ。


 他の光の神々の教会と異なり、オウル神殿では生まれついての宿命ではなく、人々や神々のためにどのような功績を成したかが重要となる。


 だから聖痕がなくてもオウルの神官にはなれるのだ。ただ、神官になったからといって、すぐに奇跡が使えるようになるわけではない。


 オウルの神官が奇跡を行使できるようになるには、相当の修行と徳を積み、生前から神々に英雄や聖人の候補であると見なされる必要があるのだ。オウルの神官に限っては、むしろ奇跡を行える者のほうが少ないのである。


 ちなみに、ラジンは簡単な奇跡を使うことができたという。多くの孤児を助け、育て上げた功績が神に認められたのだろう。ただ、その彼でも行使できる奇跡は、他神の神官にとっては初級といえる程度に留まっていた。


 だからラジンが死後に神になったかというと、おそらくは違うだろうとファティマは言った。


 神の末席に加われるような者は、奇跡を起こせるオウルの神官たちの中でも、さらにほんの一握りなのだ。伝説に残るほどの英雄か聖人でなければ、なかなかに難しい。


 ただ、それでもラジンは満足しているだろうとファティマは言った。


 長くオウルの神官をしていると、神の使徒として人々に奉仕することそのものに、喜びを見いだすようになるという。そしてそうなると、本来の目的であった”自分が神になる”ということは、比較的どうでも良くなってしまうのだ。


 そして皮肉なことに、そういう境地に至った者が奇跡を使えるようになることが多いのである。


 エバンスは、残念ながらまだそこまでの徳は積んでいないのだろう。彼の場合には、まだ野心のようなものが残っている様子だった。


 ただ、敬虔な男であることは間違いがなく、神官としても戦士としても、日々の修行を欠かしてはいないようだから、将来的には奇跡を起こせるようになるかも知れない──。


 それが、ファティマのエバンスに対する評価だった。


「ただ……」


 そこまで言って、彼女は突然に口を閉ざした。失言をしそうな自分に気づいてしまった、という風だった。


 すかさず、リジャールは突っ込んだ。


「ただ、なんです?」


「いや、その……」


 ファティマはそれでも言い淀んでいる。


 やはり何かあると直感したリジャールは、しつこく彼女に先を促し続けた。そういった情報を聞き出すことが、彼の仕事なのだ。


 そしてついに観念したように、彼女は重い口を開いた。


「……私から聞いたとは、言わないでください」


 そう言ってファティマが話してくれた内容を聞いて、リジャールはしばしの間、考え込んだ。


 やがてある閃きが訪れた彼は、ファティマにエバンスへの言伝を頼んだ。


 明日の朝、ラジンの家で会いたい──と。

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