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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第三話 ローラン人喰い鬼事件
31/93

その4 二人目の犠牲者

 翌朝、衛兵隊の詰め所に出勤したリジャールは、夜の間に二つの新たな事件が起きていたことを知らされた。


 いずれも、ここのところ続く火事がらみの事件で、そのうちの一件では死者が出ているという。


 もう一件は犠牲者もなく、建物の被害も特にないボヤ騒ぎではあったが、こちらは火付けの犯人らしき人物が目撃されているという話であった。


 ラジンの事件に加え、この二つの火事騒ぎの探索も命じられたリジャールは、まず死者が出ているという現場の方に向かった。


 庶民向けの小さな商店が軒を連ねる地区だった。火が出たのは、そのうちの一軒の商家だという。古物商だと聞いて、リジャールの胸が途端にざわついた。


 到着した現場は、石造りの家だった。


 ローラン新市街の周囲は森林が少なく、木材は貴重だ。だから、この街の家屋のほとんどは石造りか、煉瓦や粘土を組み合わせて作られている。


 この家もそうだし、ラジンの家もそうだった。


 ただ、ラジンの家よりはこちらの方が大きいし、造りもしっかりしていた。店舗と住居が一体となった家屋で、住居部分には店主が家族で住めるようになっている。商店街ではよく見られる造りだった。


 火事が起きたという話ではあったが、表通りから見る店舗部分にはあまり損傷は見られなかった。


 火は裏側の住居部分から出たのかと考え、リジャールは店の裏手に続く隣家との隙間に向かう。


 家の間の狭い通路には、木箱が所狭しと並べられていた。ゴミ入れなのか、あるいは何か道具が入れてあるのか。それらの間を縫うようにして裏手に回り、リジャールは建物を観察した。


 やはり、焼けたのは住居部分のようだ。


 表側と同様、外壁が大きく崩れた様子はないが、窓が割れ、その周囲が煤で黒く汚れている。後に事情を聞いて知ったところでは、炎が鎧戸を焼いて外に飛び出したところで近所の者が火事に気づき、火消しに連絡したのだという。


 店の裏手には、見覚えのある大八車が止まっていた。


 暗鬱たる予感を覚えながら、リジャールは近所の者と思われる野次馬を捕まえて犠牲になった者の名を聞いた。


 死んだのは、やはりデニスであった。


 彼の妻と三人の子供も行方が分からない。室内には複数の遺体があったというから、皆火に巻かれて命を落としたと考えられた。焼死体は、身元の特定が困難なのだ。


「遺体は何人分あったんだ?」


 リジャールは消火にあたったという火消しの男に話を聞いた。男は、面倒くさそうに答えた。


「さあな、わからねえ」


「わからない? なぜ?」


 リジャールは食い下がる。その真剣な様子に、火消しの男は疲れたようなため息をついた後、教えてくれた。


「大人の男と思われる死体が一つあったが、他の死体はみんなバラバラなんだ。五体満足の遺体がない。大人と思われる死体はもう一つ、焼けた頭部があったが、これも体のほうは不明だ」


「棚か何かが倒れたとか天井が崩れたとかして、遺体を損壊したということなのか?」


 火消しの男は首を振った。


「いや、そんな様子ではなかったな」


「じゃあ、なんでバラバラなんだ?」


「さあな。俺に聞かれても知るかよ」


 それを考えるのは自分の仕事ではない──とでも言いたげだ。


 そこでリジャールは訊き方を変えた。


「そういうことは、火事場ではよくあることなのか?」


「どうかな……。お前が言うように何かの下敷きになればバラバラになるし、骨まで灰になるぐらいに焼き尽くされれば、その場合は元の形が分からなくなるだろうが……」


「ここで見つかった死体は?」


「骨は残っているように見えたな。見つかった部分に関しては、形を保っていた」


 それでは、どうしてバラバラなのか。


 遺体の各部位の中には、まだ見つかっていない部分もあるという。一人分の身体がなかなか揃わない。だから遺体が何人分あるのかわからないのだ。


 続いてリジャールは、火元がどこなのかを聞いた。これはすぐに答えが返ってきた。


 寝室らしい──ということだった。


 火は屋内の広い範囲に及んでいたが、特に寝室の被害が大きかった。家具はほとんどが焼け、壁と言わず天井と言わず真っ黒に焼け焦げている。


 次にひどいのが廊下で、これは寝室の火が燃え移ったと考えられた。


 その一方で、寝室から離れた部屋には比較的被害の軽い部屋もあったという。


 この建物は表側を店舗とし、裏にデニス一家が暮らす部屋がある。ただ、裏側には売り物の倉庫なんかもあるから、一家の居住区として使える場所は限られる。


 デニスたち親子は、同じ部屋で寝起きをしていたようだ。


 火事が深夜の寝室で起きたのだとすれば、そこで寝ていた一家全員が被害に遭ったと考えるのが妥当であろう。実際、いまのところ生存が確認されている者は一人もいない。


 知り合ったばかりとは言え、知人の一家に起きた悲劇に胸を痛めながら、リジャールは続いて出火の原因について考えはじめた。


 この火事を失火とするのならば、原因を推測するのは簡単である。夜間の灯りに使用していたランタンか蝋燭が火元だろう。夜中に便所かどこかに行こうとした者が、寝ぼけて倒してしまったのかも知れない。


 この火事が巷で言われるような放火だとすれば、火元が屋内の寝室というのは違和感があると、リジャールは考えていた。


 放火であれば、外から火をつけるのが普通だろう。


 放火で、かつ火元が屋内とした場合、考えられるとすれば、開いた窓から松明か何かを投げ込んだか、あるいは犯人は屋外ではなく寝室の中にいて、火をつけた後に逃げ出したか、である。


 あの部屋で何人が死んだのかは不明だから、実はデニスの家族の誰かが犯人で、火をつけた後に一人だけ逃げた可能性も考えられなくはない。


 そこでリジャールは、近所の者にデニスの家族構成を聞いて回った。


 それによると、一家は五人ということだった。デニス、デニスの妻、そして子供が三人である。この子供たちはまだ小さく、一番上の男の子でも十に満たないとのことだった。


 この家族の中で、犯行を実行できそうな者は二人だけだ。幼子である三人の子供たちには難しいであろう。可能性があるとすれば、両親のうちのどちらかである。


 しかし、火事場からは大人の遺体が二つ見つかっていた。普通に考えれば、これがデニスとその妻だ。


 二人のうちのどちらかが犯人なのだとしたら、火をつけた後に逃げるのに失敗したか、あるいは初めから逃げる気などなかった──つまりは、無理心中がこの火事の真相だということになろう。


 その他に可能性があるのは、盗賊ではないかと次にリジャールは考えた。


 デニス家に忍び込んだ盗賊が一家を殺し、証拠隠滅として火をつけた。つまり、強盗殺人ではないかと考えたのだ。


 こう考えれば、死体がバラバラである理由も一応は説明がつく。彼らは火事で焼け死んだのではなく、殺されて──そのような猟奇的なことをした動機は不明であるが、バラバラにされた後に焼かれたのだ。


 そこでリジャールは近所の者に手を借りて、焼け残った家と店舗の中を捜索して回った。荒らされた形跡や、何かが盗られた形跡がないかを探したのである。


 すると店舗の方に、店の売り上げを入れていたと思しき金庫が焼け残っているのを見つけた。


 鍵はデニスと思われる大人の遺体の近くに落ちていた。それを使って金庫を開けると、中にはたくさんの貨幣が入っている。金貨もそれなりにあったから、盗賊が中身だけを持ち去ったわけではなさそうだ。


 家財道具についても、近所の者が確認してくれた。細かい物は分からないが、少なくとも目立つ物が持ち出された形跡はない。装飾品など、比較的高価な物も残されていた。


 ただ、店の売り物については、何かなくなっている物があるかどうか、はっきりとはしなかった。


 店舗の中には、リジャールの記憶にあるラジンの家の家具も置かれていたが、見当たらない物もある。まず、エバンスの描いた絵が入っていた宝箱がないようである。食器棚も一つしか置かれていない。


 しかし、これらの物は売りに出してすぐに誰かに買われてしまったのかも知れず、賊が持ち去ったと断言できない。他の売り物も同様で、例え近所の者の記憶にある物が見当たらなかったとしても、それは火事の直前に売れてしまったのかも知れない。


 むしろ、装飾品や金庫のような明らかに金目の物が持ち出されていない以上、賊の目的は金銭ではないだろうとリジャールは思った。


 だとすると、これは強盗事件や放火などではなく、やはり失火か、あるいは無理心中なのだろうか。


(現場の状況はそう見える。ただ──)


 リジャールには釈然としないものがあった。


 昨日、殺人現場で会った男がその夜に命を落としたのだ。


 偶然にしてはできすぎていると思う。


 二つの事件は関連があると考えるのが妥当ではないのか。ラジンを殺した犯人が、デニスも殺したのだ。


 そして犯人はデニスを殺した後、このところ続いている火事の一つと見せかけるために、デニスの家に火をつけた──。


 もしかしたら犯人は、ラジンの家にも火をつけるつもりだったのかもしれない。しかしそうする前にアルフォンスに見つかってしまい、火付けを諦めて逃走せざるをえなくなったのではないか。


 あの若い騎士のおかげで、ラジンの事件は火事などではなく、殺人事件として発覚したのである。


 二人の男を殺した動機はまだ不明だ。


 近所の者たちには、デニス一家を恨んでいる者の心当たりはないようだった。家族関係も良好であったらしい。


 しかし、明確にこの二人を狙ったのだとすれば、愉快犯の可能性は低いだろう。ラジンやデニスには犯人に狙われる何らかの秘密があったのだろうか。


 そしてリジャールは思う。


 ここのところローランで続いている他の火事も、もしかしたら同じ犯人の仕業かもしれない──。


 もしそうだとすると、今この街には連続放火殺人犯が潜んでいることになる。そこまで考えて、リジャールの背筋にぞっと悪寒が走った。

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