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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第二話 海竜キッド
26/93

その15 二大海獣、浜辺の決戦!

 えっ、と自分を見つめる少女に、キッドはさらに呼びかけた。


『ボクを投げて! 革袋ごと、できる限り海の近くに! 早く! エレナが殺されちゃう!』


「う……うん!」


 戸惑いながらも、ターニャがキッドの入る革袋を腰から外した。


 振りかぶり、足を大きく上げて、彼女はその袋を海に向かっておもいきり投げた。キッドに言われたとおり、できる限り遠くに、できる限り海の近くに──。


 空中で、キッドは袋から外に飛び出した。そしてそのまま精一杯、海の方へと飛んでいく。


 もう少ししたら、キッドは空を飛べなくなる。地上に落ちてしまったら海竜の動きは鈍く、移動にも苦労する。できるかぎり海の近くまで飛んでいく必要がある。


 そう考えながら宙を舞うキッドの身体が、みるみるうちに大きくなっていった。


 食べ物を喰いあさったり泉の水を飲んだときのように、魂のまま膨張しているのではない。


 大きくなるにつれ、その体がどんどんと質量を得ていった。重力に引っ張られる感覚をキッドは久しぶりに味わう。


 魂だけの存在であるはずだった海竜が、受肉しているのだ。大量に摂取した食物が、物質としての性質を変えて海竜の肉体へと変化していた。


 ズシィンッ! ゴロゴロゴロ、バッシャァーーーン!


 一度砂浜に落ちて少し転がった後、キッドは無事、水の中に入ることができた。


 起き上がって長い首をもたげ、海竜はナックラヴィーを見据えた。


「なんだぁっ!?」


「海竜っ!?」


「でかいぞっ!」


 突然に現れた巨大な海竜の姿に、人間達が戸惑いと驚愕の声を上げる。


 エレナも叫んでいた。


「まさか……。キッド!?」


 その言葉に、レオンが反応する。


「……キッドだぁ? 名前を知ってるってことは……やっぱりお前、海竜と知り合いだったんじゃねえか!」


「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」


 言い合いをはじめた二人と、その周囲のギムザやレオンの手下達に向けて、キッドは叫んだ。


『エレナもレオンも、他の奴らも、みんなどけえぇっ! 邪魔だぁっ!』


「何ぃっ!?」


 気色ばむレオンに、エレナが言った。


「言う通りにしましょう! 何かやろうとしてる!」


「ちっ、分かった。……全員、退けぇっ! ナックラヴィーから離れろ!」


 慌てて人間達が怪物から離れていく。そのことを確認してから、キッドは大きく口を開いた。


 大量の食物は、海竜の身体を受肉するために必要だった。


 では、真水は──?


 海で生活していたとき、キッドがいつも飲んでいたのは海水だ。海で暮らすドラゴンに、真水は必要がない。


 それなのに、どうしてあのときは、あんなにも淡水が飲みたくなったのか。


 いま、この時のためだ。


 ナックラヴィーを倒すためなのだ!


 大きく開かれたキッドの口から、大量の水が勢いよく吐き出されてナックラヴィーに降りかかかった。それは、あの泉で飲み込んだ真水だった。


 皮膚のないナックラヴィーの体組織は、海の潮水の中で生活するように適応している。その身体に降りかかった淡水は、塩分濃度の濃い怪物の身体にどんどん染み込んで細胞を膨張させ、やがては破裂させるのだ。


「グギャアアアァァァッッッ!!」


 身体中の細胞が破壊される苦しみに、ナックラヴィーが吠えた。


 赤い一つ目が海竜をギロリと睨む。その馬の体の部分の大きな口を開け、怪物は波打ち際のキッドに向けて瘴気のブレスを吹きかけてきた。


 キッドは一度水を吐くのを止め、目の前の海水を操って分厚い水の壁を形成した。ナックラヴィーのブレスがその壁に当たり、水を黒く染め上げていく。


 瘴気と海水の壁の、じりじりとしたせめぎ合いが続いた。


 それに勝ったのはキッドの方だ。


 ナックラヴィーの口から出るブレスが止まり、それより少し遅れて水の壁も崩れ落ちる。


 バッシャァアアアン!!


 黒い水は海竜の体を避けるように沖へと流れ、海水の中に溶け混じって消えていく。キッド本体は無傷だ。


 海竜は再び口を開け、お返しとばかりに大量の真水をナックラヴィーに吐きかけた。


「グゲゲェェエエエェェェェッッッ!!」


 苦しげに叫びながら、ナックラヴィーの足が一歩、二歩と波打ち際に向かう。


 海水で、降りかかった真水を洗い流すつもりだ。


 せっかく浴びせかけた弱点の淡水を洗い流されては、たまらない。


 ──でも、近づいてきてくれたのは……ありがたい!


 ナックラヴィーが充分に寄ってきたところで、キッドは水の中から怪物に飛びかかった。


 蛇のように長い体をナックラヴィーの上半身に巻き付け、そのままぐいぐいと締めつける。同時に口を開いて、まだ残っている淡水を、怪物の馬の頭の部分にどぼどぼと吐きかけてやった。


 そして、とどめが電撃だ。


 海竜は魚を獲るとき、身体から電流を発して遠くの獲物を殺す。


 その電撃を、締め上げているナックラヴィーの身体に直接、送り込む。さらに周囲に発生した幾条もの稲妻が、馬の体の部分に次々と落ちていく。


 ビリビリッ、ビビビッ!! ビカァッ、ドンッ! ドドン!!


「ギグァガァァァアアアァァァッッッ!!」


 ナックラヴィーの足が止まった。


 それでも、キッドの締め上げと電撃は止まらない。


 ガクンッ、とついに怪物の膝が折れた。細い首の上に乗った重そうな頭がグラグラと揺れている。


 その首の後ろに、大口を開けてキッドは噛みついた。


 鋭い牙を怪物の剥き出しの筋肉に突き立て、顎に力を込める。


「グギッ!? ガギャガァッ……!」


 ナックラヴィーが苦しげに呻くのも構わず、キッドは力一杯、顎を噛む。


 ゴギンッ!!


 やがて鈍い音がして、ナックラヴィーの首がガクリと落ちた。巨大な体がゆっくりと倒れていく。


 ズシィィィン!!


 上半身を海竜に締めつけられたまま、怪物は砂浜の上に倒れた。もはや、その体はぴくりとも動かない。


 海竜の勝利を悟ったギムザが近づいてきて、オセアンに祈りの言葉を述べた。


 その両手から青い光が生まれ、ナックラヴィーの体を包む。


 光の神々の神官に与えられる奇跡──邪神の眷属の亡骸をこの世から滅する光だった。


 やがて光の中でナックラヴィーの死体は崩れ、塵となって消えていく。


 後に残ったのは、怪物ごと砂浜に倒れた一頭の海竜だけだった。


 持てる力の全てを使い果たしたキッドは、もはや波打ち際に這っていくこともできなかった。


 ハァハァ──と荒い息を吐きながら、キッドは呟いた。


『やったよ、爺さん……。アンタの眷属としての責を果たしたよ。……みんなを、守ったよ……』







「終わった……のね」


 そう呟いたエレナが、その場にぺたんと尻餅をついた。


「はぁ~っ! 疲れたわ!」


 その彼女に、目を真っ赤にしたターニャが駆け寄り、抱きついた。


「さすがに……死を覚悟しましたね」


 ギムザも槍を両手で持って支えにしながら、その場に片膝をついた。


 他の手下達もめいめいにその場にへたり込んでいる。


 そんな中、一人立っていたレオンが、ゆっくりと歩いて倒れ伏すキッドに近寄っていった。


「……お前さん、キッドって言うのか? 俺の尊敬する海の男と同じ名前だな」


 海竜の顔の前に立ち、レオンはそう話しかけた。


「ありがとうよ。お前さんのおかげで、みんな助かった」


 その言葉を聞いた海竜の口の端が、弱々しくも確かに持ち上がった。笑っているようだった。


 そのキッドに笑みを返したレオンに、槍を杖にして立ち上がったギムザが声をかけた。


「提督……。私は皆の治療に行きます。瘴気を浴びて熱病に冒されてしまった者もいるようだ。すぐに、治癒しないと……」


「ああ、頼む」


「あとは……お任せします。例のワンドを……」


「ああ。……分かってる。任せとけ」


 厳しい表情でレオンは言い、ギムザは倒れ伏す手下達の方へと歩いていった。


 その後ろ姿を見送った後、再びキッドの方に向き直ったレオンは背負っていた包みを下ろし、布にくるまれていたワンドを取り出した。


 その短い杖を見たキッドが、覚悟を決めたように目を閉じる。


 レオンが言った。


「オセアン神のお告げがあった。オセアンの眷属と協力して危機を退けろ、と。この眷属とは──お前さんのことだったんだな」


 レオンは最初、その眷属とは魚人であるギムザのことだと思っていた。


 しかし、そうではなかった。


 あの祠に封印されていた海竜と協力しろと、オセアン神は言ったのだ。そのためにキッドの封印は解かれたのである。


 その証拠に、オセアン神は祠にあったワンドを”()()()()()()()()”眷属に対して使え、と言っていた。


「この杖は……オセアン神から託された杖だ。あの祠にいた者を再度封印する力があるらしい」


 エレナに抱きついていたターニャがその言葉にはっと顔を上げた。エレナもレオンの方を見る。


「この杖を右に回しながらオセアンの名を唱えれば、お前さんは再び封印される」


「そんなのやだっ!」


 そう叫び、尚も何か言いかけたターニャの言葉を片手をあげて制止し、レオンは続けた。


「そして左に回せば……お前さんは、望むものの姿に生まれ変わることができる」


 その言葉に、キッドは目を開けてレオンを見た。


 それはきっと、責務を果たした眷属に対するオセアン神の恩賞なのだ。


「ただし、そうなったらもう海竜としては生きられない。寿命も……変化したものと同じになるそうだ」


 ドラゴンの寿命は長い。海竜のままであれば、キッドは永劫に近い時間を生きられる。しかしレオンの言う”望むもの”の姿になってしまえば、キッドはその寿命を失ってしまうのだ。


「どちらを選ぶかは……お前さん次第だ」


 レオンのその言葉に一度目を閉じた後、キッドは自身の希望を述べた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回が、第二話のエピローグになる予定です。

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