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ラグアース大陸の冒険者たち  作者: 浅谷一也
第二話 海竜キッド
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その4 海辺の町

その4 海辺の町


 水浴びを終えたエレナとターニャは、一度二人が出会った山道まで戻り、それから海に向けて道を下りはじめた。


 山の高度が下がると海は近づいてくるが、一方で見晴らしは悪くなる。木々に隠れて海が見えないことに不満を漏らしていたターニャが、街が近づくにつれてしきりに鼻をひくひくとさせはじめた。潮の香りも、彼女がはじめて嗅ぐものなのだ。


 街に着く頃には既に太陽は中天を超えていた。だが、夕焼けの海にはまだ早い。暖かい午後の日差しの中、二人は町の通りを進んでいく。


 ラゴリノは、海辺の漁港を中心に発展した町である。街道の近くに存在するだけあって、旅人向けの施設も充実している。


 ただ、町の中では建物の陰に隠れてやっぱり海はよく見えなかった。港か浜に行きたがるターニャを宥めすかしながら、エレナはまず手頃な宿屋を探した。


 町に入る前にキッドは革袋の中に押し込められていたが、


『ボクも外が見た~い!』


 とうるさいので、袋の上の方に小さな覗き穴を開けて外が見えるようにしている。


 その穴からは、わずかとは言え青い燐光が漏れ出てしまっていた。昼間ならともかく夜になればさすがに目立つだろうから、暗くなる前にエレナは落ち着く場所を決めておきたかった。


 大通りの近くで『はらぺこオーガー亭』という名の宿を見つけて部屋を取った後、エレナはターニャを一人で港に向かわせた。


 日が暮れるまでには必ず宿まで戻ってくることを約束させられたターニャが、念願の海を見に宿を飛び出していく。


 彼女の姿が見えなくなったことを確認してから、エレナは『はらぺこオーガー亭』の店主に訊いた。


「海神・オセアンの神殿に行きたいんだけど……」


 この話はターニャに──というより、彼女の腰の革袋に入っているキッドには聞かせたくなかった。


 警戒させてしまうからだ。


 キッドの解放について、エレナも多少の責任を感じている。直接に封印を解いてしまったのは彼女ではないが、ここまで関わってしまった以上は放っておく訳にもいかないと考えている。


 ただ、悪さをして海神に封印されていたというキッドだが、実際に話してみると、どこか憎めない性格をしていて、実はそれほど悪いモノでもないんじゃないか──という印象を抱きはじめてもいた。


 もしかしたら反抗期の少年のような振る舞いが、海神には”悪さ”として映ってしまったのかも知れない。封印されたのも、祖父から孫へのお仕置きのようなものなのか。


 キッドが最初、彼女たちを祠から逃がそうとしなかったのも、何かを企んでいたというよりは、単に寂しくて話し相手が欲しかっただけのようである。


 だとすると、何が何でも封印し直さなければいけない危険な相手、というわけでもないのかもしれない。


 ただとはいえ、このままでいいのかというと、それはそれで何だかマズいような気もしている。


 キッドの処遇について、正直、エレナは判断に困っていた。


 それでまず、キッドのことをもっと詳しく調べてみようと思った。


 祠として祀られているぐらいだから、近くの街にはきっと祠の由来や海竜・キッドの伝説か何か残っているだろう。キッドがしたという”悪さ”の内容も分かるに違いない。

 

 それで、エレナはまずオセアンの神殿に行こうと考えたのだ。海神がらみの祠であれば、その管理は当然、最寄りの海神の神殿が行っているだろう。


 しかし、彼女の問いに宿の店主は首を振って答えた。


 ラゴリノには、オセアンの神殿はないのだという。一番近い海神の神殿は、街道を数日ばかり東に進んだ先の街にあるとのことだった。


「オセアンの神官に用があるのかい?」


「神官というか……」


 エレナは言い淀んだ。


 彼女の相談事は、オセアンの神官であれば誰でも対応できるのかというと、そこには少し疑問が残る。


 地元の神殿であればきっとあの祠の管理もしているだろうから、万が一封印が解けてしまったときの対処法も伝わっているかもしれないと思ったが、しかし神殿がないということであれば、その望みは薄くなる。


 落胆しかけたエレナだったが、すぐに気を取り直して次善策を考えはじめた。


 神殿でなければ、ではあの祠の管理をしているのはいったい誰なのか。その者を見つけて話を聞くか──。


 それとも、キッドはオセアン神が封印したものである以上、例え地元の神殿でなくとも、やはりまずはオセアンの神官に相談するのが筋道だろうか。


 考え込む彼女に、宿の店主が言った。


「神殿はないが……オセアンの神官ということであれば、心当たりがないわけじゃない」


 どうにも歯切れが悪いのは気になったが、エレナは一応その神官の話を聞いてみることにした。


「どこに行けば、その人に会えるの?」


「それがな……」


 この界隈を牛耳っている侠客の部下に、オセアンの神官がいるという話だった。


 その侠客は、提督(アドミラル)レオンと呼ばれている男で、ラゴリノをはじめとするこの辺りの海沿いの街だけでなく、海に浮かぶ島々も縄張りにしている。特定の場所に住んでいるわけではなく、主に船で暮らして縄張りを巡回しているらしい。


 この船の船長であり、レオンの副官でもある男がオセアンの神官なのだという。


 だからレオンの船がラゴリノに入港してくれば会いに行けるが、ただ彼らが次にいつこの街にやって来るかは分からない。


「それになあ……」宿の店主は続けて言った。やはり少し歯切れが悪い。


「……そのお人は、人間じゃない。魚人なんだ」


 店主が言う魚人とは、人間の体に魚の頭がついたような見た目の亜人である。大地の神・テールがノーム族を創り出したように、海神・オセアンが人間を模して創造した種族だ。


 ノームと違って魚人の頭は魚のもので、種類は個人によって異なっている。提督レオンの副官であるその神官は、サメの頭を持っているという話だった。名は、ギムザという。


 魚人は見た目からして人間とは大きくかけ離れているが、習慣や考え方も人間とは異なるところが多い。人間の創ったルールや法律にも縛られていないから、ギムザも人間の侠客に仕えているからと言って、人間の常識を(わきま)えているとは限らない。


 むしろ最近の侠客はならず者と大差のない者たちが多いから、レオンもそのギムザという神官も、海賊まがいの男たちである可能性すらある。


 神官である以上はオセアンの教えに背くことはしないだろうが、しかし人間の剣士であるエレナが、キッドのことを相談するのに適した相手だとは、残念ながらあまり思えない。


 オセアンの神官に会うことを諦めたエレナは、続いてこの街に海竜の伝説が残っていないかを店主に訊いた。


 これは、「ある」ということだった。


 詳しく聞きたがるエレナに、店主は言った。


「オレもガキの頃に聞いた話だからな。正直、うろ覚えだ。専門の奴に聞いた方がいいだろう」


 この街にいる吟遊詩人なら、誰でもその話を知っているとのことである。


 そこで吟遊詩人がいそうなパブをいくつか教えてもらい、エレナは早速そのうちの一軒に出向いた。


 夕食にも酒を呑むにも早い時刻だったが、ターニャたちがいないうちに話を聞いておきたいと思った。彼女たちは日暮れまでには帰ってくる……はずである。


 一軒目のパブで首尾良く吟遊詩人を見つけた彼女は、チップを支払ってこの街に伝わる海竜の話を頼んだ。


 にっこり笑って応じた吟遊詩人が、リュートを構えながら語りはじめる。


「これは、一頭のドラゴンのお話です。あの大海賊キャプテン・キッドの大切な仲間であった海竜の物語です──」


 そこまで言って、確認するように詩人がエレナに視線を向けた。


「キャプテン・キッドのことは、ご存じですね?」


 エレナは頷いて見せた。


 キャプテン・キッドは、おそらくこの世界で最も有名な海賊だ。


 もっとも海賊と呼ばれてはいるが、略奪や虐殺などは一切行わず、もっぱら世界の海に浮かぶ島々の探検や、海を隔てた遠い国との交易を生業(なりわい)にしていた。


 そんな彼を”海賊”と呼び始めたのは、民衆ではなく権力者の側である。


 キャプテン・キッドは特定の国や集団には属さず、どこの国の法律にも縛られずに自由気ままに生きていた。国家権力を屁とも思わない彼は、ときに権力者の圧政や暴虐に苦しむ海辺の人々のために、国家に牙をむくことさえあった。


 それで、海に面した国々や街の権力者たちから逆賊という意味で”海賊”と呼ばれてしまったのである。


 だが、ときに一国の海軍すら相手にし、世界中の海をまたいで活躍した彼は民衆からは慕われている。伝説もあちこち残っていて、彼の冒険譚は、吟遊詩人の語る物語の中でも特に人気がある題材だった。


 中にはキッド本人だけではなく、その仲間たちに焦点を当てた物語や伝承も各種伝えられている。


 だがキャプテン・キッドの仲間に一頭の海竜がいたことは、あまり知られてはいない。少なくともエレナは初めて知った。


 キャプテン・キッドに惚れこみ、その生き様に憧れたこの海竜は、主に彼らの乗る船を運ぶ役目を担っていたという。


 キャプテン・キッドの船が他のどの船よりも速く、小回りが利いたのは、実はこの海竜のおかげだった。だから彼らは、海軍の軍船から追いかけられても、いつも無事に逃げおおせることができたのだ。


 しかしその海竜の名前は、今となっては誰も知らない。


 その理由として、こういう話が残っている──。


 そう前置きをして、詩人はリュートをかき鳴らしはじめた。

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